第90話:はるかすぎる、月世界。③

同じ頃、短剣党はアポロニアの西海岸に面した国内第二の都市ゴールドラッシュに新たなアジトを構えていた。そこは「原理パリサイ派」と呼ばれる地球教の一派の本部であり、巨大教会メガチャーチの付属施設であった。

そこにはボランティアで宗教活動に勤しむ若者たちが住んでおり、身を隠すにはうってつけであった。


「ルイ、ラッセン牧師がお呼びです。」

フランソワにそう告げられたルイは、懺悔室に入る。

大幹部セフィラ栄光ホド』⋯⋯じゃなかった、牧師パスターラッセン。御用向きは何でしょうか?」

ルイのボケに『栄光ホド』は苦笑する。

「ルイ、出張だ。それも長期でな。」


「どこへ?」

ルイはホッとしていた。せっかく得たリーナをみすみす凜に奪われてしまった。心にぽっかり空いた穴を埋めるために、任務を欲していたのだ。

スフィアだ。そこでとある騎士団に入ってもらう。やってくれるな。」

栄光ホド』の指令は予想外であった。そしてそれは、ルイの心を踊らせる。

「はい、ご命令とあれば。」

「詳細は『ティファレト』⋯⋯じゃなかった、牧師パスターレンブラントから聞いてくれ。」


これでまたリーナを取り戻す機会に巡り会えるだろう。懺悔室から出たルイの足取りは軽かった。


[スフィア時間:星暦1553年5月5日]


「で、そのリーナって子、うちの旅団で預かることになったの?」

ビアンカが凜に尋ねた。カフェ・ド・シュバリエで、歓迎会を兼ねて一同と顔を合わせることになっていたのだ。

「うん。本人と親御さんのたっての希望でね。今、団長の透さんが宇宙港ヨコハマまで迎えに行ってるよ。」

凜が答えるとリックがビアンカをからかう。

「おやおや、ライバルが増えちゃいますね。心配ですか? アン。」

ビアンカが笑う。

「いやいや、相手は12歳ですよ。まだまだライバルとはいわないでしょ。きっと由布子とどっこいどっこいじゃない?ここはお姉さんの貫禄と余裕をばーんと見せちゃうんだから。」


その時 、ドアが開く。ドアに付けられたベルがカランカラン、と音を立てた。

「よお、みんなお待たせ。」

透さんが入ってくる。

「どうしたの? みんないい奴らだから心配ないよ。」

どうやらリーナは恥ずかしがっているようだ。ナディンさんが大丈夫よ、と励ましている。

「なんだよ。遠慮すんなよ。高級レストランじゃあるまいし。こんなボロい店なんだから遠慮なんて無用、無用!」

リックが迎えに行く。

「おいリック、ここは俺の城だ。ボロいとか言うな。」

店主のヘンリーは不愉快そうに甥っ子に言う。


リックがドアまで行くと、マリオネットがにゅっと入ってくる。2mを超える大きさにリックは驚いて尻餅をついた。

「うわ、なんじゃこりゃ?」

「リック、それがガイアの戦闘用傀儡マリオネット・アーマーです。現地では単純に機体ギアと呼んでいます。」

ゼルの説明に、

「そうか、こいつで戦うのか」

リックは目を丸くする。


「あの⋯⋯。」

皆が『クリス』に気を取られている間に、リーナもすでに店に入って来ていた。リーナは白いレースのワンピースを着ていて、手には革製のスーツケースを持っていた。

つばの広い帽子を取ると彼女の長い赤毛の髪が現れる。彼女は頭を深々と下げた。

「紹介しよう、この子がメアリーナ・アシュリー。今日から君たちの旅団に参加してくれる新顔ニューフェイスだ。彼女は日中はナディン研究室ゼミで医学を学ぶ留学生だ。なんと、国費留学生だぞ。お前らより歳は若いがオツムの出来は半端ないからな。」


透さんの紹介にリーナは顔を上げる。

「え?」

ビアンカもメグも、そしてロゼもリーナのプロポーションに目が釘付けになる。

「確か12歳、⋯⋯って言ってたよね。」

「うむ。そう聞いたはずだが。」

「うわあ、ボーーーン、キュ、ボンやでえ。」

三人娘は顔を見合わせた。


「こりゃ凄い。」

ヘンリーはそう言ってから咳払いをした。

リックとトムが生唾を飲み込む。


「 メアリーナ・アシュリーです。リーナと呼んでください。今日からこの騎士団で、またこの旅団でお世話になります。よろしくお願いします。」

リーナは視線の先に凜を見つけると緊張した表情を崩し、あどけない笑顔を見せた。


「お兄ちゃん!」

リーナは嬉しそうに凜に飛びついた。

「良く来たね、リーナ。」

凜もリーナを抱きとめて頭を撫でる。リーナは目を瞑り幸せそうな表情を見せた。


「な⋯⋯⋯⋯!!!!!」

メグとアン、そしてロゼは息を呑む。

(あの巨乳であのあどけなさ。12歳だけど12歳だけど12歳だけど⋯⋯⋯)

アンの手がワナワナと震える。

(嫉妬しちゃだめだ、嫉妬しちゃダメだ。嫉妬しちゃダメだ。⋯⋯⋯⋯)

メグも小刻みに身体を震わせる。

(アカン、あれは反則や。あんな立派な⋯⋯いや、危険なもんつけよってからに、……イチコロにならん男はおらんがな。)

ロゼの身体に衝撃が突き抜ける。


「それでアン、お姉さんの余裕と貫禄は⋯⋯?」

リックがイジワルそうに聞いた。

「だめえええ。やっぱり、だめええ。」

アンも凜に飛びついた。

「『張り』だけは負けへん⋯⋯はずや!いや、負けてたまるか!」

ロゼも即参戦する。


「やせがまんは毒だぞ、メグ。」

透さんに心を見透かされてメグはキッと透さんを睨みつける。

「よ⋯⋯よろしい。ならば私も参戦だ!」


「ちょっと⋯⋯メグまで。」

凜は4人に押しつぶされる格好になる。

「面白そう。凜、わたしもわたしも!」

さらに父親について来た由布子=アンリエッタも乗っかる。 もはや、ただの『おしくらまんじゅう』であった。


「⋯⋯リア充め。」

リックが恨めしそうに舌打ちをする。やれやれといった感でヘンリーが首をすくめた。


「さあ、リック、トム。歓迎会の料理、出すぞ。」

「へいへい。」

ヘンリーの言葉に男子二人は厨房へと向かった。


 リーナの『月世界旅行記』はここから始まる。竜騎士と精霊と、そして愉快な仲間たちとの一緒の旅が始まるのだ。抜けるような夕刻の空に浮かぶ「ガイア」は青い光をたたえていた。

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