第53話:遅刻すぎる、刑事。②
「どっちだ?どれが陽動おとりで、どれが本命ねらいだ?」
凜の動悸が高まる。それに気づいたゼルが凜を諌めた。
「凜、落ち着いてください。とりあえずアシュリー家の皆さんの無事を確認するのが先決です。」
凛は深呼吸をする。
「そうだった。ゼル、ナベちゃんを呼んでくれ」
「了解。キング・アーサーシステムにリンク。こちらレベル9リンカー。アザゼル。召喚要請。オーソリティコード、序列第24位ナベリウス。」
すると、床に転送陣ゲートが描かれ、緑色の髪をショートカットにした少女が現れる。
「召喚了解。ソロモン七十二柱、序列第24位ナベリウス、見参しました。」
グレーのパーカーにデニムのショートパンツ、という少年っぽいコスチュームだが、偵察業務を一手に引き受ける有人格アプリである。
「命令受諾しました。」
ナベリウスはアイソトープ・ビンガーという微量放射能をレーダーの用に使う。
「生命反応、確認しました。確認作業に移行します。」
ナベリウスはフォルネウスからドローンを呼び出すと偵察を開始する。やがて、そこに生存者を確認したようだった。
「はい、2階奥のゲストルームで多数の人間が拘束されています。映像、網膜投射型ラティーナモニター に転送します。」
凜とマーリンのモニターに何人もの人間が拘束されて転がされている様子が映し出された。
「さすがナベちゃん、仕事が早い。賊はまだこの建物の中にいる?」
「いいえ、ここにいる皆さんだけです。ほかに室内犬2匹の生存も確認されていますが、そちらの映像もご所望ですか?」
「いや、拘束された人間が先だ。」
凜とマーリンはその部屋のドアの前まで転移ジャンプする。ドアを開けると、カーテンを閉ざされた薄暗い部屋に映像のまま10人近い人たちが拘束され、転がされていたのだ。幸い、空調はつけられていたので熱中症の心配はないだろう。
凜が部屋の灯りをつけると人々は恐怖のあまりうめくよような悲鳴を上げた。
「安心してください。助けに来ました。」
そういって人々の拘束を解いた。その中にはロナルドの姿があった。
「ロナルド、何があったんです?」
凜が尋ねるやいなや、ロナルドは凜の手を握った。
「凜、リズ(妻)とリーナがさらわれた。」
ロナルドは震える声で訴えた。息子のロバートはベビーシッターのアデラに抱かれていて無事だったのだ。
「防犯カメラの映像など、いただけませんか? ロナルド、管理システムに勝手に繋がせてもらいますよ。ゼル、解析を頼む。」
その映像は衝撃的だった。ヴェパール級の飛空艇でアシュリー邸の上空に至ると、ラペリングで次々と犯人グループが庭に降り立つ。そして、スタングレネード弾で室内を一斉攻撃。突入して、護衛用のマリオネットを破壊。そして次々と中の家族やスタッフを拘束し、エリザベスとリーナを攫っていったのだ。
「もはやテロリストと言うより軍隊、いや特殊部隊だね。しかも飛空艇まで持っているとは。」
しかし、スフィアで建造される重力制御式の軍用飛空艇は、ガイアに対しては輸出規制品なのであり、彼らが何者なのか、見当も付かなかった。
「ダメです。情報が錯綜し過ぎています。」
ゼルが珍しく根を上げた。
「すまん、ナベちゃん、引き続き、この事件に関する偵察及び情報収集を頼む。」
「了解しました。」
ナベリウスはさらに街へ出て偵察を続ける。
「やはり、スフィアのようにはいきませんね。」
マーリンもぼやく。スフィアなら市井の人々が持つ義眼ラティーナデバイスの映像を集めて再構築すればたいていの事件の全容はわかってしまう。しかし、権限のない他国では、防犯カメラの映像すら集められないのが現状だ。
「ようやく、警察と連絡がつきました。」
待たされること数十分、『駆け付けた』とはいいがたい時刻にようやく現れたのは装輪装甲車であった。おそらく、軍隊も出張ってきたのだろう。
中から出てきたのは、背の高い細身の男であった。
「ああ、暑い、暑い。いや、クーラーの効きが悪いんですよ。この『戦車もどき』は」
連邦捜査官ケビン・スイフトと名乗った男は、遅れた詫びを口にしようとはしなかった。彼はようやく落ち着きを取り戻したロナルドに敬礼した。
「遅くなって申し訳ない上院議員。すぐに駆け付けたかったんですがね。まさかの同時多発テロですよ。」
言い訳がましかった。
「こちらは……そうそう、月の王子様と魔法使い、でしたな。ところで月の女王陛下は?」
やはりグレイスは警察こちらでも人気らしい。
「彼女はアナスタシアで休暇です。」
「そうでしたか、それは残念。」
そう言うとポケットからタバコを取り出して咥えた。
「ところで『迅速スイフト』とはとんだ看板倒れですね、刑事さん。」
マーリンはちくっと皮肉を言ってから続けた。
「犯人の目星はついているのですか?賊はスフィアの飛空艇を使っていました。かなり大がかりな組織のようですが。」
ケビンは悪びれる様子は無い。
「いやあ、できればケビン、と呼んでほしいね。スイフトの名字はよくつっこまれるんだよね。こういう場合みたいな時に。まあ、冗談はさておいて、この荒っぽい手口から見ておそらくは、『短剣党シカリオン』とみて間違いないでしょうね。」
「シカリオンといえば、去年の暮れにデジマでラドラー卿を襲撃したテロリストだね?」
凜はマーリンに尋ねる。
「ほう、彼らをご存じで?いやね、最近どうにもヤツラの動きが活発なんですよ。やつらはいわゆる『離脱主義者』でしてね、人類の故郷である地球に帰る、などとほざいている連中ですよ。なんでも最近は地球教の裏の連中ともつながりがあるとか、ないとか。」
飄々とした語り口のケビンにややいらだった口調で凜は尋ねた。
「ケビン、さらわれた要人、もしくはその家族。リーナだけではないのでしょう?」
そこまで聞くとケビンは話しづらそうにしている。
「凜、わたしたちはここでは異邦人エイリアンなのですよ。」
マーリンが凜を押しとどめようとした。
「まあ、こちらとしては協力はしていただきたいのですがね。」
ケビンは要領を得ない。
「じゃあ、こちらはこちらで何をやっても好い、ということになるけどそれでもいいの?」
凜が意地悪く尋ねる。
「いや、それは困る、そんなことしたらブタ箱に入ってもらうよ?」
ケビンの方も多少いらだっていた。
「残念ながら、その前に君の方がそうなるけどね。僕は外交官だ。不逮捕特権がある。それに、リーナに約束したんだ。月へ帰る前に、必ず会いに行くってね。これは騎士としての約束だ。」
ケビンがニヤリとする。
「なるほど、貴婦人レディとの約束は絶対だったな。騎士道では。」
「凜、ただいま戻りました。」
そこにナベリウスが帰ってくる。
「ケビン、それだけじゃない。僕のスタッフはとても優秀なんだ。」
「誰だい、この子は?」
ケビンは突然『男の子』が現れて驚く。
「私はナベリウス、偵察用員です。凜、報告を続けます。」
ナベリウスからデータで情報を受信する。ゼルがそれを解析する。
「飛空艇の型番が割れたか? 」
ケビンがチラチラとこちらを見る。彼らには得ることの出来ない情報だからだ。それを承知した上で凛はもう一度ケビンに尋ねた。
「スフィアの飛空艇の情報を持っているのは誰だと思う?」
ケビンはやれやれっと言った表情を浮かべた。
「OK、OK。どうやらここは僕の負けのようだね。ただ、勝手気ままに動かれてはこちらも困る。俺たち「サラリーマン道」にだって面子、ってもんがあるんだぜ。どうだい、僕らは相棒バディってことでどうだ? ここはギブアンドテイクといこうじゃないか。」
「ちょっと違うな。今回どれだけ僕が働いても、手柄はすべて君のものだ。win-win、ってことだよ。」
ケビンは首を傾げる。
「じゃあ、君は何を得たいんだい?」
「貴婦人レディの是認の微笑み、と言ったところかな。」
凛の不敵な表情を見て
(いやいや『青い』ねえ。)
ケビンはそう思ったが、それを口にするほど彼はもう『青く』なかった。
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