第50話:なめらかすぎる、ワルツ。①

[新地球暦1839年4月29日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]

[スフィア時間:星暦1550年7月14日]


「ねえ、お兄ちゃん、今日は私の部屋に遊びに来て。」

リーナが凜の腕を引っ張る。


「レディの部屋に男性一人が夜更けに行くのは良くないと思うよ、リーナ。」

凜にたしなめられてしまったリーナだがめげない。

「大丈夫だよ、ゼルがいるもん。ティンクもゼルとおしゃべりがしたいのだって。それに、姉や(ベビーシッター)のアデラもいるから大丈夫だもん。ねえ、早く早く。」


リーナは今度は凜の腕に取り付くと、無理矢理自分の部屋にひっぱっていく。ドアの前にはベビーシッターのアデラが待っていた。

「やあ、アデラ。」

「どうも(ハイ)」

アデラも同じ『年代』の凜に親近感があるようだ。

「どうぞ。」


「今晩は凜様。そしてゼル。ようこそいらっしゃいました。」

ティンカーベルの口調は元々が業務用に開発されているため、硬い。


部屋に通された凜が目にしたのは、たくさんの縫いぐるみの数々であった。

(うわあ、さすがは女の子)

「わあ、色々な種類があるね。リーナは縫いぐるみが好きなんだね。」

凜の言葉にリーナは首を振る。


 「違うよ、お兄ちゃん。これは傀儡マリオネットだよ。」

(あの、外部操作兵器のことか⋯⋯。)

ガイアの兵器は脳波で外部操作するタイプのものだ。目的はスフィアの「天使」と同じく、戦争における兵士の死亡者数を減らすためだ。


ガイアにおける戦争は、この傀儡マリオネットを兵士として用いるのがルールとなっており、それが300年前のアポロニアの独立戦争で彼らを苦しめた原因でもあった。というのも、資金が十分で無い彼らは、マリオネットの数を揃えることが困難だったのである。


その不利な状況をひっくり返したのは、カーライルの盟友であり、独立戦争で参謀総長も務めたジョージ・ヒューストンであった。彼はカカシを作るような安い素材にワイヤーをいれ、簡単なマリオネットを大量に作り、爆弾を抱えて敵のマリオネットに特攻させたのである。その戦法は「カミカゼ・アタック」と呼ばれ、その不利な戦況を挽回したのである。


それで建国以降、各家庭に護身用のマリオネットを置くことが憲法によって保障された権利となっている。また、縫いるみ型マリオネットを練習用として子供にも、幼い時からもたせるようになったのである。

縫いぐるみの中には幾つかの関節と脳波の受信機が仕込まれている。

 リーナはメガネを掛けた。このメガネは視力補正のためではなく、眼鏡型デバイスとなっている。スフィア人の義眼型ラティーナモニターと一緒である。彼らも旧移民船が作った生体型コンピュータをクラウド・ユース・コンピュータとしてつかっているのである。ただ、すべての移民船のコンピュータをクラスタ化(束ねた)したキング・アーサー・システムほどでは無い。


「キャル、起動スタンダップ!」

リーナが猫のぬいぐるみに命じるとそれはすっくと立ち上がった。


「ほうら、お兄ちゃん、ネコちゃんダンスだよ。」

ドレスを着たお姫様風の猫の縫いぐるみが踊りだす。

「凜、これは大したものです。二足歩行はかなりの高度なテクニックなのです。」

ゼルが感心する。

「こいつは、ていの良い戦闘訓練だね。」

凛が苦笑した。アポロニアは今や惑星ガイアの戦闘型マリオネットの半数を有する軍事大国なのである。こう言うところに、国防の基本が隠されているのであろう。


「上手だね〜、リーナ。」

凛が褒めるとリーナは頬を赤らめた。

「うん、実はティンクが手伝ってくれるのよ。」

リーナは種明かしをした。

「しかし、リーナもだいぶ上達しています。私はほんの補助程度です。」

ティンクは謙遜して見せた。


凜もゼルが試したがっているのに気づいた。

「リーナ、僕もやってみても良いかな?」

「うん。」

 

 リーナは恥ずかしそうにタキシードを着たネコの傀儡マリオネットを手渡した。きっと、リーナが今操っている傀儡マリオネットと対になっているものだろう。


「鼻の頭が セットアップキーになってるんだよ。お兄ちゃん、眼鏡、いる?」

リーナは勧めたが凛は断った。

「いいや、大丈夫だよ。」

凛が人形の鼻の頭に触れると凛のラティーナモニターにセットアップ画面が立ち上がる。

「私が若干操作しやすいようにプログラムを改変します。」

ゼルがやおらやる気を見せた。

(リックの憑依ポゼッセオに活かす気満々だな。)


「ねえ、リーナ、このネコくんの名前は?」

「チャーリーよ。そしてこの子はキャロライン。キャル、って呼んでるの。」


「ではキャル、私と1曲、踊っていただけますか?」

チャーリーがキャルの前に跪く。


「え?」

リーナは驚いてしまった。傀儡マリオネットの初心者がまず動かすのは、ミニカーのような4輪車を前後に真っ直ぐに動かせるかどうか程度であるのに、難易度の高い二足歩行の人形を初見で動かせるとは思ってもみなかったのだ。

(私が動かし方を教えてあげるはずだったのに⋯⋯。)

リーナは少し落胆したが、気をとりなおした。


「あ、はい、喜んで。」

すると今度はリーナの部屋のオーディオからワルツが流れはじめた。ゼルが浸入したのだ。リーナはびっくりしてあたりを見渡した。

「私、音楽なんかつけてない⋯⋯けど。」

凛は微笑んで言う。

「リーナ。これも、月の魔法だよ」

凛はそう言ってリーナの頭を撫でた。

「よかった、とっても素敵なワルツね。お兄ちゃんはなんでもできるのね?」


重力子矢グラヴィティ・ミサイルは脳波誘導式、これぐらいの芸当はたやすいことです。」

ゼルはさも当然のように言った。


[新地球暦1839年4月30日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]

[スフィア時間:星暦1550年7月15日]


「ガイアでは脳波誘導式の兵器の開発が盛んなのですね。」

凛はアポロニアに集まって来た、先進国首脳とのサミットに出席するため、カーライル郊外のリゾートホテルに向かっていた。車内はマーリンとグレイス、そしてロナルドが一緒であった。


ロナルドは答えた。

「ああ、もともとはVR(ヴァーチャル・リアリティ)技術の延長から始まったのさ。最初は工作機械や、建設重機の操縦が主だった。しかし、災害救助ロボットまで行くと、軍事転用の話になるのはすぐだった。


ただ、戦争だけはゲームで終わらすわけにはいかなくてね。そこはおたく(スフィア)の天使システと一緒だね。だから、人がなるべく死なないように、そして誰もが結果に納得がいくように、今の技術が進歩してきた、というわけさ。


でも本当はこのルールで縛ってしまえば金の無い国は戦争もままならなくなる。強国が弱小国を押さえつけるための方便にすぎんよ。」

ロンが簡単に説明する。


「しかし、兵器で互いにオペレーターを攻撃する、ということは無いものですか? それに、妨害電波 などは影響しないのですか?」

マーリンが尋ねる。


「そうだね。それは問題になったよ。だから生身の人間に対する直接攻撃は禁止になった。しかし、そんな約束、戦場の現場で守られる訳がない。だから、後方の基地にこもって戦い会うようになった。

そして、また元の戦争に戻った。ようは攻撃兵器と防御兵器に人は乗っていないが、叩くところは有人施設に逆戻り。歴史はまさに繰り返す、というわけさ。」


(結局のところ、戦争の無い世界を創る、というのは難しいものだな。)

凜はその話を聞きながらそう思った。


サミットにオブザーバーとして参加した凜は各国の首脳に対して、次回の訪問の際に実施される惑星防御システムの実証実験への参観を要請した。


一方、参加諸国からの要請も多かった。彼らはアポロニアがスフィアとの交易を独占して大きな利益を得ていることに、不満を抱いていたからである。とりわけ重力制御システムのヴァイタル・チップの取引の自由化を求める声が大きかったのである。


「自由往来をすぐに、という訳には行きません。今のところ、交換留学生や騎士団への人員の受け入れを検討しています。私が士師の任にある間に、かなりの進展をお約束できるでしょう。

しかし、それも「生きた犬は死んだライオンよりもましである(命あっての物種)」と申します。このメテオ・インパクトの危機からの脱出が何より大切です。」


こうして、凛に残された今回の訪問は僅かになった。

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