第9話 おはぎとトラウマ

 

 着替えさせられたのだろう狩衣姿に、紅白幕を巻いたものを担いで、のしのし歩く弥生。

 宴会会場の設営の手伝いをさせられているらしい。

 そこに天幕から出てきたイザナギがフラフラと歩いてきた。

 弥生はイザナギに声をかけようとしたが、……イザナギ顔を見て唖然とした。

 ほ、ほっぺたが、おはぎみたいになってる。

 ちなみに、もち米を半分だけつぶしたおはぎを徳島では『半殺し』というらしい。だがこれとは特に関係ない情報だ、いいね。


「……一体お前の顔に何があったんだよ」


 イザナギは、よくぞ聞いてくれた! とサムズアップした。


「ぶっちんとキレたのは、文殊菩薩の堪忍袋の緒だったよ……! 俺のほっぺは致命傷で済んだ! やったね、弥生ちゃん……!」

「致命傷て……」


 つい反射的に突っ込んだ弥生だったが、結局ため息ついて無言で首を振るにとどめた。

 ハイテンションのイザナギのほっぺたはみるみるうちに治っていったので、突っ込むのも野暮だと思ったのかもしれない。

 むしろほっぺより精神が致命傷じゃないのかーーとは言わぬが花である。

 弥生の内心の葛藤をよそに、イザナギは無邪気に尋ねた。


「んなことより、弥生はなにしてんの?」


 あぁ、と弥生は肩に俵担ぎにした紅白布の塊を揺すった。


「宴会会場に紅白の垂れ幕張れとよ。こんな体力仕事、年寄りにやらせるわけにはいかねぇしな」


 ほおーとイザナギは感心して頷いた。

 今どき珍しい敬老精神に溢れた、立派な青年である。

 しかし、引っ掛かるものを覚えて人間より遥かに年寄りのイザナギ(御年3000歳以上)は真顔になった。


(敬老精神……ん?……んんん? あれ、俺こいつに出会い頭に水ぶっかけられたような……。敬老精神のかけらもなかった気がするゾ? あれれ~、おかしいな~?)


 見た目は大人、頭脳は子供! なイザナギ様は、立派なお年寄りには程遠いかったのだ。しょうがないね!(酷)

 ※今更だがこの話はフィクションで実在?の神様には関係ありませんので!


「んなことより、お前の方こそ何してんだ?」


 色々と危ない橋を渡ってるとはつゆしらず、空気を読まない弥生はあっさりと話題を変えた。


「えー? なにって……」


 不意を突かれて、子供のような瞬きをしながらイザナギは小首をかしげた。


「んー、ガチギレした文殊えもんに天幕たたき出されて『ここはいいからほかのところ手伝ってきなさい、このスットコドッコイ饅頭エクストリームファンタジーが!』……と。なあ、弥生、俺なにか手伝うことある?」


(そんなバラエティにあふれる罵詈雑言初めて聞いた……あの仏さんできるな)


 妙なシンパシーを感じている弥生だったが、手伝いと聞いてちょっと考え込んだ。


「んー、手伝いね。つっても会場設営の方は、もう終わりそうなんだよな。あれは800万人近くで一気にやれば、時間はそれほどかからねぇし。まぁ、料理の方は別だがな」


 といって、弥生は、かやぶきで出来た臨時の炊事場をくいっと親指で示した。

 白くたなびく煙から何やらいい匂いがしてくる。

 イザナギは口内に湧いてくる唾液を呑みこんだ。

 おそらく、調理は食物の神である大宜都比売神オオゲツヒメが仕切っているのだろう。彼女の腕は天才的だから楽しみですらある。


「どうも現人神候補生になんでか巫女が少なかったらしくてな、人手が足りなくて、てんてこまいらしい。手伝うならあそこだろうな」


 イザナギは、んー、炊事場かー、と気が進まない様に頭を掻いた。


「お前、オオゲツヒメって知ってる?」


「あの炊事場仕切ってる女神だろ? 詳しいことは知らないが」


「うんまぁ、オオゲツヒメって、男神にトラウマがあるんだよ。彼女、神話の時代にスサノオをもてなしたときに、自分の体から出てきた魚や穀物で料理作ったんだけど、スサノオに汚いものを食わせるとは何事か! って殺されちゃって……。まぁ後でいろいろあって復活したんだけど。あれ以来、彼女は、男神見かけるとカタストロフィハルマゲドンを起こして高天原が次元の消失にあって……。この高天原も一体何度目の高天原なんだろうな」


「……神話を一気にSFにもっていくのやめてくれない? つまりお前も男神だからオオゲツヒメの手伝いにいくのはまずいってことか?」


「いや、女装すればいけるかもしれないけど」


「性別判定ガバガバじゃねぇか」


 弥生は煙草を吸いたそうにため息をついた。


「まぁ、女装はしないにしても、配膳の手伝いくらいはできるんじゃないか? 巫女から料理受け取って宴会場に並べるだけなら、オオゲツヒメに直接会わなくてもいいだろうし……ってお前何してんの?」


 イザナギは、目をカッと見開いていた。この奇行、ツッこまずにいられるか。


「秘儀! 神式アイプチ!」


「は?」


「一応女装だよ。クシナダヒメに聞いたんだけど、女神はカッと目を見開くと女子力が働いて自動で二重瞼になるんだと。男神でもちょっとできるっぽい」


「お前は女子力をなんだと思ってるんだ……」


「居酒屋で大皿から料理を取り分けるのに必要な力のことだろ? ……神レベルになると目にもとまらぬ速度で配り終えて、その速さ故にソニックブームが起き、半径2㎞のガラスが割れるとか。唯一張り合えるのはベテランの給食のおばちゃんだといわれている」


「お前が何もわかってないということがわかった。……まぁ適当に行ってこい。間違ってもオオゲツヒメには会うなよ。男だって見破られて、次元の消失なんてよくわからんものに巻き込まれるのはごめんだからな」


「ほーい」


「じゃあな、ほどほどに頑張ろーぜ」


 そういって、若造は山へ会場設営に、おじいさん(?)は炊事場へ料理の配膳の手伝いに行きました。

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