第7話 神々の修羅場



 ひとまず『謎の女』の行方は置いておく!

 あの後二人は、先に『神さまサミット』をどうにかすることに決めて、それぞれの集合場所に分かれた。

 弥生は候補者達の中に紛れていった。ともすると、『神さまサミット』の方に入り込む方法を探しているのかもしれない。


 だがまぁ、それよりこっちの方が大変だ!

 束の間の回想から戻ってきたイザナギは、いまだに説教モードの文殊菩薩の気をそらすことにした。

 いい加減ほっぺが引きちぎられそうだからだ!

 文殊えもんの腕をふんぬっと引き離す。やればできる子イザナギ!


「な、なあ、文殊えもん、とりあえず神さま候補生800万人集めたけど、このあとどうするんだよ。人間の霊魂だけじゃ、神にカウントされないぜ」


 イザナギの急な抵抗に目をぱちぱちさせていた文殊菩薩だが、もっともな疑問だと思い直したのか、すんなりと教えてくれた。


「あ、あぁ。言ってませんでしたか? 我々が彼らの氏子(うじこ)になって、信仰することで神にするのですよ。我々のほどの神力があれば、神一人あたり人間五千人くらいは氏神に仕立てることができると思います」


 神が、人間を崇め奉る?!

 イザナギの目が点になった。


「……できんの? そんなこと」

「できるみたいですよ? 一年前、神道のヤマトタケルが成功しました。自らが崇めることで、ただの人間の男性を神にして、自身の眷属にしたそうで」


 ヤマトタケル。……あの問題児か。

 イザナギは、うーんと思案顔になった。確かヤツは俺以上の変人だったはず。

 自分の事は棚上げして、言いたい放題のイザナギであった。

 

 ちなみに、ヤマトタケルとは、日本神話に出てくる『大和朝廷の敵絶対殺すマン』である。

 いや、熊襲征伐でノリノリで女装したので、『絶対殺す男の娘』かもしれない。

 ちなみに日本最古の女装でもある。

 彼は、父王の命で、九州から東北まで征伐遠征を行い、朝廷にまつろわぬ土豪を、ちぎっては投げちぎっては投げ……。最後には神殺しまで手を染めかけた挙句、その神に祟られて病死してしまった。

 その後、死して自らも神となったが、その経歴からか高天原でもなかなか浮いた存在である。

 男性を自身の眷属にしたっていうのも、なんか怪しい……。

 下手すると、新たな趣味に目覚めたのかもしれない。アッー的な意味じゃないといいけど……。

 ともかく、日本の神々が全滅するかもしれないこの時に、人間を神にするなんていう起死回生の方法を発見したことは褒められるべきだろう。

 あとで、奴には男の娘ベスト写真集送っとこう。

 イザナギはうんうんと頷いた。


「それにしても、よくみんな承諾したな」


 神が人間を信仰するなんてプライドの高い神なら憤死ものだと思う。


「だって、我々の首が掛かってますからね、一時的なことなので、神話とも反しませんし。ならためらう理由はありませんので」


 文殊菩薩は、薬にも毒にもならないプライドなど問題にもならないのか、けろりとそうのたまった。

 まぁ確かに、プライドの問題さえクリアできれば、あとはどうとでもなる。

 この際、神の自尊心とやらには目をつむってもらおう……。


「それで、八百万(やおよろず)の神々(即席)のお披露目式として、正義の女神殿たちを呼んで宴会しましょう。どうせ彼女は実際に800万人数えなければ、気が済まないでしょうから」

「それで女神が800万人確認し終わったら、晴れて無罪。即席でつくった現人神たちを人間に戻して、元通りってか……」


 そううまくいくのかねー、とイザナギは、櫓の手すりに頬杖をついて眼下を見下ろした。

 800万人がわらわらしている。これ全員神にするってだけで、最低四日は潰れそうな……。

 

 イザナギがげんなりしていると……

「あ、因みに宴会は明日ですよ。そろそろ先日提出した資料を検察側が解析し終える頃ですので。結局人数足りなかった事がバレて裁判に呼ばれる前に、八百万(やおよろず)の神々が実在するって証拠を固めてしまいましょう。既成事実ってやつですね」

 文殊菩薩はサラリと爆弾発言を落とした。


 な、なん……だと……。一日で800万人を神に……?

 イザナギは、あまりの衝撃にたっぷり固まった後、油を差し忘れた機械のごとくギギギギ……と振り返った。


「これ……」

 といって、櫓の上から指を指した先には800万人の人間達。

 ……地平線までびっしりだった。

 イザナギは子供のような口調で必死に訴える。


「これ全部神様にするの? 明日までに? いちにちで?」

「いえ、今から明日までなので、事実上半日もありませんね」


 文殊菩薩は、ためらうことなく平然とさらに爆弾発言を落とした。

 ここまで来ると、もはや地球破壊爆弾レベルである。

 文殊えもんェ……。


「ふふ、今夜は寝かせませんよ。ビシバシ働いてくださいね……」


 寝かせませんよなんて、文殊菩薩にはあんまりにも似合わないセリフだった。

 つい反射的に笑おうとしたイザナギ。だが、その笑顔が凍り付いた。

 ポンと肩に置かれた手が重い――というかそのまま力がこもりミシミシと握りつぶされそうである。

 今わかった。この仏さん、野暮用で遅れたのまだ怒ってる。激おこ状態だーー。

 ほっぺ引き延ばしをうまくごまかせたつもりだったが、まだ怒りはくすぶってたらしい……。


「も、もんじゅぼさつさん……」


 イザナギは青い顔で恐る恐る文殊菩薩を見上げた。


「ふふふ、あなた遊んでて10人しかスカウトしてませんでしたよね? その借り、ノルマ上乗せして返してもらいましょうか?」


 見事なアルカイックスマイルで、インテリヤクザ文殊菩薩は微笑んだ。


「そうですね。貴方だけノルマを400万人にしておきましょうか。日本最古の神様の意地、見せてくださいね?」


 ひえぇ! とイザナギは表情で精一杯拒絶した。

(いやああああ! 全体の半分がノルマとか、デスマーチじゃないですかー! 死ぬるー! 神様なのに過労で死ぬるううう―!)

 福島名物赤ベコのごとく首を高速で横に振るイザナギ。だが――。


「あっはっはっは、そんなに喜んでもらえるとは嬉しいですよ。まぁ私も手伝いますから、一緒に頑張りましょうね」


 にっこり。

 イザナギの必死の抵抗も、インテリヤクザモードの文殊菩薩にはあっさりと黙殺された……。


 この仏さん修羅場くぐり過ぎである。

 ちなみに修羅場とは、昔仏さまたちが血みどろの争いを繰り広げた場所を意味する仏教用語だゾ☆


 神も仏もねぇな……。

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