第9話 ティオの戦い

 ティオは焦っていた。先ほどのブラックウルフの行動、明らかにソルチェの血の匂いに反応していた。すぐに洞窟まで押し寄せてくるのは明白だろう。ブラックウルフがいると分かった時点で、いや、出血があった時点でこの可能性を考えるべきだった。


 また油断した、ティオはそう自分を責めていた。それが更にティオを焦らせる。そして焦りは判断力を鈍らせ、状況を更に悪くしていく。


「くそっ」


 ティオは4頭のブラックウルフに囲まれていた。先ほどのウルフ達と同じ様に血の跡を追っていたものと、ティオの魔術の音で呼び込んでしまったものもいる。


 ブラックウルフ数頭程度であれば、ティオなら剣技だけでどうにか出来る。この状況は焦って派手にやらかしてしまった結果といえる。


 ティオが目の前のブラックウルフに斬りかかる。焦っているのかフェイントも何も無い、直線的な攻撃だ。それをブラックウルフはあっさりと避ける。そして他の3頭は示し合わせたように同時にティオに迫る。


 何とか剣で逸らしながら対応するものの、明らかに押されていた。普段のティオであれば苦戦する相手ではないのだが、今は明らかに精彩を欠いている。それはティオも自覚しているようで、苦々しい表情だ。


 一度深呼吸でもして落ち着ければいいのだが、そんな隙を与えてくれる訳も無く、ブラックウルフは連携し、休みなくティオに襲い掛かる。


 ティオも必死に対応するが、御しきれず、少しずつ体に傷を刻まれていく。そしてその事実が更にティオを焦らせるという悪循環に陥っていた。


(こんなことしている間に母さんがっ!!)


 自分でも分かっているが、どうしようも出来ない。焦りが焦りを生む。そんな状況で場が硬直していた、その時だった。


 夜の森を照らす、強い光がティオの視界の端に見えた。ハッとしてそっちを見るが、直ぐに光は収束して消えてしまう。だがそれで十分だった。


 シャイニングの魔術であることは一目で分かった。そしてこんな森の中で魔術を使えるのは自分を除いて一人しかいない。


 ソルチェは生きている、その事実がティオを冷静にさせた。焦らせる一因になっていたソルチェの安否が判明したこともあるが、それ以上に今なら間に合うという事実がティオの心を照らした。


 それから先は一瞬だった。


 ティオと同じくシャイニングの光に気を取られていたブラックウルフに今までと違う力強い踏み込みで間合いを詰め、瞬時に首を落とす。一瞬の出来事に他のブラックウルフも硬直するが、直ぐに唸り声をあげて構える。だがティオにはその一瞬で十分だった。最初の切り込みと同時に詠唱していた魔術を発動させる。


「突き通せ、グレイブランス!」


 ブラックウルフ達の足元から硬質化した土が槍の様に突き上がる。2頭はそれで貫かれ、そのまま息絶えた。残り1頭は何とか回避するも、ティオはそれを分かっていたかの様に避けた先に剣を振るい、切り裂く。即死はしなかったようだが、追い討ちのストーンバレッドを食らい、そのまま息絶えた。


 これがティオの本来の戦い方である。高速の魔術と剣技を併用して相手の隙を作り、その隙をついて倒す。元々、ルミナ・ロード抜きでも相手の動きの先を読むことに長けているティオには合った戦法だった。


 ティオは横たわるブラックウルフ達には目もくれず、先ほど光が見えた方へ走り出す。しかしその内心は実のところ困惑していた。


 光は確かに洞窟の方から発せられたし、ソルチェのものでおそらく間違いないだろう。だが、ティオの知る限り、ソルチェは魔術を使えないはずである。能力的に使えないという意味でなく、魔術を習ったことが無いため、技術的に使えないという意味である。


 ティオの知らないところで覚えていた可能性もあったのだが、ソルチェ自身が魔術を習っていないと言っていたことをティオは知っている。嘘を言う必要はないので、事実だろう。


 ティオという例外を除けば、ひとつの魔術を一朝一夕で覚えられるものではない。単純な魔術とはいえ、数回ティオの後ろで見ていただけ、しかもそれから数時間しか経っていないのだ。本当に今覚えたのであれば、その才能はティオを超えるかもしれなかった。


 ティオはそれを成し遂げたソルチェの覚悟や想いを察し、決意を新たにする。


(絶対に……守る!)


 光が見えた方へ、最短距離で駆けてゆく。そしてついに、ソルチェの姿を捉えた。足に噛み付かれており、倒れ伏していたところに飛び掛る影が見えた。ティオは最悪の事態を想像し、それを防ぐために魔術を放った。


「貫け! ライトニングスピア!!」


 ティオの周囲に2つ、雷球が顕現する。そのうちの1つがソルチェに襲い掛かっているブラックウルフに向かって解き放たれ、貫いた。


「母さんっ!!」


「っ! ティオッ……!」


 ソルチェの直ぐ後ろまで駆けつけ、安否を確認する。何箇所かに多少の傷が見られたが、おおむね無事のようだ。


「良かった!」


 命に別状が無いことを確認し、安堵する。そしてもう一つの雷球も解き放ち、足に噛み付くブラックウルフを貫いてそのまま群れに突っ込ませる。不意をつかれたブラックウルフ達はそのまま2頭、3頭と貫かれた。


 ザンギ戦では不発に終わったが、中級魔術らしく凄まじい威力である。


 ティオはすぐさまソルチェの前へ出て、ブラックウルフ達と相対する。ソルチェとすれ違う際に軽く治癒魔術をかけておき、止血だけはしておいた。


 剣を抜き、片手で構える。剣を持つ半身だけ前に出し、どこから攻められでも対応できるようにする。


 ブラックウルフ達もソルチェのようにいかないと理解したのか、不用意に動く気配はない。


 ティオは深く呼吸する。深く、鋭くなっていく己の集中力を自覚しながら、誰にも聞こえない声量で、呟いた。


「――僕が……俺が・・、守る……!」

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