第15話 小学校6年生 修学旅行5 二日目

「あっ。お前。もう毛はえてる!」

「うっさいなぁ。いいじゃんよ!」


 みんなで大浴場に入っていると、どうやら下の毛が生えてきている奴を誰かがからかっているようだ。ちなみに俺も少し生えてきている。


 体を洗って湯船に入っていると、啓介が隣に座ってきた。ちなみに宏は正面の湯船の真ん中でくつろいでいる。

 大人数の同級生と風呂に入る機会って修学旅行ぐらいしかない。みんなのはしゃぐ声が浴室に響いている。


「夏樹。あのさ……」

 隣から声をかけられてきた。啓介の方を見ると、何か言いたそうに口ごもっている。


「どうした?」

「そ、それがさ。ちょっと相談したいことがあるって言うか……」


 おや? 珍しいな。いつもはっきりと物を言うこいつが迷っているとは。

 まあ、今日は大部屋だから部屋に戻ったところでみんながいる。それならここで内緒話をした方が周りに気取られないだろう。


「なになに?」

 ちょっと楽しくなってきた俺は、声をひそめて聞いてみる。


「お前。誰にも言うなよ。……実はさ、俺さ。優子がさ好きなんだよ」


 おおお! まさかのまさか! 告白の相談か? ……でもおかしいな。前に修学旅行に来た時はこんなイベント無かったはずだが……。それに啓介と優子は中学でもカップルでは無かったはず。


 ちょっと疑問にも思ったが、昼の蝋人形館を思い出している。あの時、優子は確かに啓介にくっついていた。そのせいかな?


「お、おお。誰にも言わないぜ」

「ありがとう。んでさ、お前から見てさ。どう思う? この機会にさ、こ、告白しようかって思うんだけどさ」


 むふ! これはこれは! 俺は努めて表情が変わらないように気をつけた。


 でもそうか。優子か。確か前の中学の時には別の小学校から来た奴とカップルだったはず。昼のことがあるとはいえ、告白が成功するかどうかは未知数だ。

 ……ただ、確か優子は押しに弱いって聞いたぞ?前の時も、結局、優子は告白に押されてつきあってたって春香が言っていたな。

 啓介は、今はがきんちょだが、中学になると野球部に入って急に背が伸びて、確かこいつも別の小学校から来た女子に告白されてカップルになっていた。性格も面倒見がいいし、優子とは相性がいいかもしれない。


 俺は、湯船から右手を出すと親指を立てた。

「啓介。絶対いける。優子は押しに弱いから。強い気持ちで言えばきっとうまくいくぞ」


 そういって啓介と話をしていると、急に、


「ふ~ん。啓介は優子か。……ちょうど良かった」


 という声が正面から聞こえてきた。啓介と二人してあわててそっちをみると、にやにやした宏がいた。


「ひ、宏。黙っててくれよ」

 小声でありながら荒げるような声で啓介が話しかけた。


「おう。もちろんだ。何しろ友達の啓介のことだもんな!」

 宏はそういうと、自分の胸を叩くふりをした。俺は、

「そういう宏はどうなんだ?」

と尋ねると、急に宏は気まずそうに視線を漂わせた。


「いや、俺はさ。その、なんだ。和美がいいかなって」


 宏の言葉に俺は驚いた。おお! うちの班だけで2つのカップルが生まれそうじゃん! すごい偶然。……それに宏と和美は中学でカップルになっていたから、ほぼ間違いなくうまくいくだろう。


 そう思っていると、少しあわてたように宏が言った。


「ほらさ。何て言うか、お前と春香を見ていてさ。正直、うらやましいかなってさ」


 それを聞いて、俺はまさかの自分のことに、うっと声を漏らした。そうしたら啓介も、うんうんとうなづいている。

「お前もか。宏。俺もだ」


 それを聞いた宏と啓介は、無言で右手を握るとがしぃっと互いの腕を組ませた。「「同士よ!」」


 二人は、ぐりんっと俺の方を向く。啓介が口を開いた。

「というわけで、夏樹、俺たちを手助けしてくれ」


 うむむ。そう言われるとイエスと返事をするしかない。

「わかった。ただ、俺ができるのはせいぜい春香を通じて呼び出すくらいだぞ?」


 そういうと、二人は俺の肩をそれぞれ捕まえた。

「「たのむぞ! 夏樹!」」


 どうやら最後の声が思いのほか大きかったみたいで、周りのみんなが?を浮かべながら俺たちも見た。

「ま、まかせろ! 二人とも」



 さてと、それから二人に確認したところ、どうしても今晩中に告白したいとのことだ。……まあ、明るい日中よりは、修学旅行の夜の方がムードがあるかもしれない。しかし、そうなると困ったことに男子と女子とフロアが違っていて、女子のフロアに行くのは難しいってことだ。


 春香とうまく会えれば。そう思いつつ風呂を上がった俺は、啓介と宏と一緒に自分の部屋に戻って一息ついてから、一人で恐る恐る階段を降りていった。




「あら? 夏樹くん。ここは女子のフロアよ?」


 タイミングが悪いことに律子先生に遭遇してしまった。先生は、一瞬、おや? っという顔をしたが、次の瞬間に一人で納得したようにうんうんと頷いた。


「あっ。そうか。春香ちゃんに会いに来たのか。……よし、ちょっと待ってて」


 そういうと、俺が何かを言う前に律子先生は歩いて行ってしまった。俺は階段の所で取り残されたが、律子先生が春香を連れてくるだろうことを信じて待っていた。……下手に廊下を歩いていると女子連中に何を言われるかわかったもんじゃないしね。


 待つこと5分くらいで、律子先生が春香を連れてきた。春香は、いつも俺の家に泊まりに来る時と同じサクランボ柄のパジャマ姿だ。


 余談だが、いまだに春香と俺は泊まりっこをしていて、一緒に風呂に入ったりしてたりする。贔屓目ひいきめかもしれないが、年の割には大人っぽい体つきになってきていると思うのは内緒だ。


「やっほ。なっくん」

 春香がいつもどおりに俺に声をかける。律子先生は面白そうに見ている。


「いい? 二人とも。家が近所で幼なじみだろうけど。こういう時の話は手早くね。……間違いは無いと思うけど」

 後半は小さくつぶやくように言っていたが、俺の耳にはばっちり聞こえた。ともあれ、律子先生はそういうと廊下を歩いて行った。


俺と春香は取り残された。ここじゃ目立つと思った俺は、春香の手を取って上の踊り場まで行く。


 春香は何故か妙に緊張した面持ちで立っている。

 あれ? 何だか春香の様子がおかしいな?


 俺は首をかしげながら、

「あのさ。春香にちょっと相談があってさ」

「う、うん。どうしたの? なっくん」


 春香は何かを期待しているかのように、緊張で顔が赤らんでいるようだ。

 変だなと思いつつ、


「実はさ、啓介とさ宏の奴がさ……」


 と言った瞬間。春香の顔が、えっ? というようにポカンと口を開け、急に目をつり上げてほっぺたを膨らませた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 俺は、突然のことに戸惑いつつ、


「啓介が優子、宏は和美のことが好きらしいんだ。それでさ。どうしても今、告白したいらしくってね」

「…………」


 なんだろう。今日の春香は妙に迫力があるっていうか、ちょっと怒っているよね。


「春香にさ、優子と和美を別々に呼び出してもらえないかって思ったんだけど……」

「…………」


「あ、あの。……春香、さん?」


「…………。ねえ、なっくん。なっくんは私のことどう思ってるのかな?」

 春香は目だけ笑っていない笑顔で俺に訊いてきた。なんだ一体?


「もちろん大好きだよ。」

 わけがわからないままで俺はそう言うと、春香が急ににへらぁっと笑顔になった。……うん。なんだかよくわからないが、機嫌を直してくれたようだ。


「……それでさ。どうかな? 友達のために手助けしてやりたいんだ」

「うん。わかったよ。なっくんの友達なら、私の友達でもあるしね」


 春香はうんうんとうなづき、

「じゃあ、5分したら最初に優子を連れてくるから。啓介くんにここに来てもらって」

「オッケー。さすがは春香だ。頼りにしてるよ」


 俺はそういって上の男子のフロアに向かって階段をのぼった。下から、「んもう。私だって……」とつぶやく声が聞こえたが、とにかく啓介を呼びに行こう。



…………とまあ時間をおいて、啓介と宏が告白をした。俺と春香は呼び出すだけ呼び出して、現場に近寄らなかったが、どうやら両者ともに上手くいったみたいだ。階段から戻ってきた啓介も宏もどこか浮かれたような表情だった。


 宏が部屋に戻っていった後で、俺は再び女子のフロアまで下りていくと、ちょうど春香がやってきた。


「あ、なっくん。……どうやら上手くいったみたいね」


 そういって微笑む春香に、

「ああ。そうみたいだね。春香。ありがとうな」

「ううん。いいよ」

 俺は両手で春香の両手を包み込むように握りしめた。

「修学旅行も明日で終わりだな。……春香。明日もよろしくね」


 そういうと春香は、やれやれといった風にため息をつくと、にっこり笑う。


「うん。なっくん。明日も最高の一日にしようね。……おやすみなさい」

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