みじかいお話
くまみ(冬眠中)
第1話 ぼくとぼくらと詩人の話
旧い友人が、詩人になった。
彼はいつものように莫迦笑いしながら、新しいインクのにおいを漂わせた処女作を、ぼくらに押し付けていった。ぼくらはパラパラと頁をめくり、あまりに抒情的で、繊細で、渇望の叫びに満ち溢れた言葉の海に溺れそうになる。
「随分と猫を被ったものだなあ」
「こいつは出版社をうまく騙したものだな」
ぼくらのうちの何人かが、からかうような調子で彼にそう言った。
「……だろう?」
彼は、妙に静かな声で、そう答えた。
違う。
騙されていたのはぼくらのほうだ。
何も考えずに悪戯を繰り返し、学校をさぼり、誰かとつるんで騒ぎを起こしてはその写真を見せびらかして、そんな風にいつまでも、くだらない日々を消費していくのが人生だなんて思っていたぼくらのなかで、ただひとり、彼だけがずっと、詩人である自分をひた隠しに隠し続けていたのだ。
人生を、風景を、宇宙銀河の真理を。ぼくらには気づくことさえできなかった、世界のあらゆることを、彼はいつだって自分に寄り添わせて、きっと苦しみながら、血を吐くみたいに、言葉にしようともがいていたんだ。
ぼくらが、それでいいと思っている間、彼はずっと、ずっとずっと、それじゃあ駄目だったんだ。もっと、もっともっと、その先に行かなければならなかったんだ。
彼は笑っている。ぼくらも笑っている。
だけど、彼だけがひとり、確かな地面の上に立って見下ろしている。
ぼくらは――ぼくら同士の区別もつかないほど一緒くたに、はんぶん地面に融合しあったような形で、そのくせ、まるで彼と同じ場所にいるかのように錯覚している。
ああ、だけどせめて、ぼくは、
――そう思おうとして、「ぼくら」の中にはもはや「ぼく」なんて居ないことに、とうとう気が付いてしまって、ぼくらはどうしようもなく、ただぼんやりと、彼を見上げた。
(おしまい)
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