1話 魔王ノ幼女



「殺すか、こいつ」



 そう呟いて、俺は攻撃コマンドを押した。画面の向こう側で乱暴に剣が振るわれ、それまで棒立ちだったキャラが悲鳴をあげて倒れた。


「なかなかいい反応するな」


 俺はファンタジーオープンワールドRPG「innocent」という新作ゲームをプレイしていた。


 このゲームは壮大なオープンワールドといく通りにも分岐する精巧なシナリオが売りの、今年最も注目されているゲームだ。


 発表から発売までの期間が長く、さんざん焦らされたが、つい一昨日やっと手に入れることができた。


 高校はさぼり、親にも黙って昨日からひたすらやり続けている。



「特にストーリーには影響ない、か」



 こういうゲームをするとき、俺はどうしても登場するキャラを殺したくなる。


 ただその辺を歩き回るただの一般人だろうが、ストーリーの核をなすメインキャラだろうが。


 この人物がいなくなって、この世界がどう変化するのだろうかという疑問を抱いてしまうのだ。頭おかしいのだろうか。


「さすがに眠くなってきたな。今日はこのぐらいにするかー」


 発売日翌日の夜から徹夜していた俺は襲ってきた眠気に負け、ゲームの電源を落としてそのまま眠ることにした。


 明日は起きれたら学校にでも行くか。……起きれたら。






「起きろ少年!」


「うわあ!」


 突然耳もとで呼び声……というには叫び声といった方が相応しいボリュームの声がして、心臓と一緒に跳ね上がってしまった。


 辺りは薄暗く、そこには恐怖と苦悶と怒りで歪んでいるであろう俺の顔を見て、ケラケラ笑っている幼女の姿があった。


 腰のあたりのやわらかい感触が伝わってくる。


 なんなんだ一体。全く状況が呑み込めてない俺をよそに、その幼女は笑いを押し殺すのに必死なようだった。耳をくすぐる声が言う。


「くっくっく。私を……っふ、守るのじゃ。少年、んっ」


 めちゃくちゃかわいい幼女だからってなんでも許されると思うなよ。


 確かに俺はロリコンな節があるかもしれんが、それとこれとは別のお話だ。


「冗談じゃない。何が何だかさっぱりなんだが。大人の人と話をさせてくれるか?」


 目の前にいる幼女に、できるだけ落ち着いた風を装って話しかけてみる。


「ここは魔王城じゃ。おまえはこれから魔王たる私のしもべになってもらう。そのために召喚させたのじゃ」


「うんうん、そうだね。とりあえずお父さんか、お母さんはいるかな?」


「父上は先日天寿をまっとうした。……とても立派な方だった。母上は私の記憶にはないが私に似て素敵な女性だったと聞いておる」


 魔王と名乗る幼女は物憂げな顔でそう語った。


 まずい質問をしてしまったかなと少し後悔していると、辺りに松明の光が灯る。


 松明? そんなもの管理のめんどくさそうなものを飾った覚えはないぞ。


 明るくなったその部屋は玉座の間と呼ぶのがいかにも似合いそうな雰囲気の石造りの部屋だった。

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