ショートケーキソング
ですます
ショートケーキソング
純白のホイップクリームに真っ赤なイチゴを乗せた可愛らしいケーキを右手と左手に一切れずつ乗せて、後は歌を歌うだけ。
ショートケーキ、ラララ。
ショートケーキ、ラララ。
ショートケーキソングの効用を得るには、ポーズが肝要。
二の腕は横に伸ばし、肘はそこから天に向かってに90度。手首は外側に90度。
ちょうど、アメリカ人が大げさに「why?」ってやるポーズで、手のひらにはショートケーキ(できれば、買ったばかりのものがいい)。足は肩幅に開くだけ。
ショートケーキ、ラララ。
ショートケーキ、ラララ。
歌を歌えば不思議と気持ちがハッピーになる。
そんな世界の話だ。
2015年にヨウガ―シ博士がこのショートケーキソングを見つけ出し、翌年同氏がショートケーキソングの効用を最大限に引き出すポーズを発見して、わずか1か月でこの歌とポーズは世界を席巻した。
誰もがケーキ屋さんに駆け込み、ショートケーキを買った。
家に帰り着くのを待っていられない人は、路上でポーズをとり、ショートケーキソングを歌った。
ショートケーキ、ラララ。
アメリカの大統領もイギリスの首相もローマ法王もアラブの石油王もイヌイットもシェルパも皆歌った。
登山家たちは如何に高い場所でショートケーキソングを歌えるかを競い、ダイバーたちは如何に深い場所で歌えるかを競った。競ってはいたけど、みんなハッピーだった。
ショートケーキソングで世界は不思議な幸福感に包まれた。
戦争や紛争は無くなった。兵隊は銃を置いた。少年兵も銃を置いた。
経済格差や移民問題は無くならなかったけれど、争いという争いは軒並み無くなった。さまざまな社会問題・国際問題が無くなるのも時間の問題だろうとメディアは取り上げた。皆が幸せになれば問題視する動きそのものが無くなるに違いない、というのが専門家の意見だった。
世界のすべてが良い方向に動いたように思えた。ショートケーキソングが作り上げたユートピア。すべての人がハッピーで、誰も傷つかない。争わない。
そんなショートケーキソングが世界を席巻してから、半年後。
ある問題が起こった。
「わざわざ働いてお金を貰って良い飯を食わなくたって、高い車に乗らなくたって、ショートケーキソングがあれば俺はハッピーなんだ。ショートケーキソングがあればそれでいいんだ!……そうだ!働いた金でケーキを買わずに、持っている奴から奪えばいいんだ!」
人々がそう考えるようになった。
町のケーキ屋さんが襲われ、群衆がショートケーキを奪い合うようになった。
自分でショートケーキを作っていた人たちは、ショートケーキを求める人に暴行され、酷い時は殺された。
自らの手でショートケーキを作ることができない国は、ショートケーキを生産・輸出する国に戦争を仕掛けた。兵隊は再び銃を取った。
ショートケーキを生産・輸出するショートケーキ的先進国は、ショートケーキ的発展途上国に報復をした。少年兵も再び銃を取った。
さまざまな争いが息を吹き返した。
ショートケーキの奪い合いには思想が付き纏った。
宗教的思想。政治的思想。人種的思想。
「あいつらは俺たちと宗教が違うから、ショートケーキはあいつらから奪おう」
「支持する政党が違うから、ショートケーキはあいつらから奪おう」
「肌の色が違うから、……」
ショートケーキソングの生みの親、ヨウガ―シ博士はとても悲しかった。
みんなのために。
みんながハッピーになるために生み出したショートケーキソングが、みんなの争いの種になったからだ。
自分の生み出した術が、すべての世界の問題の中心になってしまったことを悲しみ、自分を責めた。
それからさらに半年経って、ショートケーキソングは世界から消えた。
世界中のみんなが、あることに気付いてしまった。
「ショートケーキソングで争いが無くなったけれど、ショートケーキソングによって生み出された争いというのは、以前まで自分たちがやっていたものと変わらないではないか!」
ショートケーキソングは、世界から消えてしまった。
人はショートケーキソングを忘れてしまった。
誰も。
ショートケーキ、ラララ。
とは、歌わなくなってしまった。
ショートケーキソング ですます @kanadome
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