雨 「短編」

薄野穂香

「あたしは、彼に捨てられた……。」

 女は雷雨の中、一人自宅マンションの屋上にいた。女は、十七。彼女は男の子供を身ごもっていた。そのことを男に相談したが、男は動揺するだけで何にも答えてくれなかった。……彼女に宿った命は、既に法律上中絶を行えない所まで成長していた。

 

 私が死ねば、彼に迷惑をかけなくて済む。


 女はそう勘違いしていた。だが女はこの時点で冷静な判断能力を失っていた。この事を両親に話すわけにもいかない。だからと言って友達に相談するわけにもいかない。

 誰かに相談すれば、最終的に両親に話が行くに決まっている。誰も信用できない。

 そう考えていると、おなかの中でけられた感触。普通の母親ならこれほどうれしいい感触はないだろう。でも、私は……。

 女は、屋上の柵を越えようとする。だが、この忌まわしい命のせいで越えようにも、越えらえれない。

「、、、、あんたのせいよッ!あんたさえできなかったらこんな思いをしなくて済んだのにッ!」

 何にも考えずに男を誘った女。

 それを受け入れた男。

 この事を知らない互いの両親。

 女は、どうにかして柵を越えた。今から飛び降りようとしている所を覗き込む。

「……ここからなら確実に死ねる。フフフ…。」

 地上八階建てのマンション。管理は両親がしているため、私は屋上の鍵の在処を知っていた。鍵をとったときの両親に対する罪悪感は計り知れなかった。その罪悪感は、自分が知らないうちに、両親に対して助けてほしいという強い願いを誤魔化すためのものだった。

「良子ッ!待ちなさい!」

 唐突に後ろから、母親の声が聞こえた。


 死ぬなら今しかない…今飛び込まなかったら彼に迷惑をかけてしまう。彼のためなら、私は…。

「待ってくれ!良子、俺が悪かった。良子の母親に全てを話した。だからそんな事をしなくていいんだ。」

 …なんでここに来たの?なんで全部話しちゃったの?なんであなたはいつも勝手なの?なんで、なんで…。

 男の声を聴いたときに、女の男に対する思いは、愛から恨みや憎悪といったものになっていた。そして、女は男に復讐するために死ぬことを固く決意してしまった。

 女は、わざと柵の向こうにいる二人にゆっくりと笑顔で振り向く。だが、その笑顔は安心したというよりは諦めに近い笑顔。そして女は最後にこう言った。

「さようなら、母さん。さようなら、仁。

また、どこかで会いましょ、ね?」

「待てッ…!」

 女は男を見つめながら、自由落下し始める。最後に女が見た男の姿は、女を掴もうと必死に女の所へと向かっている男の姿だった。その男の表情は、絶望と後悔と罪悪感などの感情で、真っ青になっていた。

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