待機
分娩が終わった直後、傍に夫と姑が駆けつけてくれました。
開口一番「吉○家の牛丼食べたい。あ、いや、やっぱり○スのシェイク、珈琲味」と言った私をぽかんと呆気にとられて見ていた二人の顔を忘れられません。
よくドラマなどの出産シーンで「おめでとうございます。赤ちゃんですよ」なんて赤ん坊を差し出される風景がありますよね。私も一瞬だけ腕に赤ちゃんを乗せてもらえました。
けれど、子どもはすぐに身体を綺麗にしたり処置されます。私はそのままの姿勢で胎盤を取り出して、裂傷などを縫い、2時間、分娩台の上でそのまま過ごしました。赤ちゃんは綺麗にされたあと、コット(新生児用のキャリーベッド)に寝かせられて隣に置かれます。
息子はあくびを連発、白目気味で寝ておりました。白目気味で寝るのって、私もなんです。しょっぱなから変なところで自分のDNAを感じて苦笑しました。タオルケットや袖を唇にちゅぱちゅぱあててうっとりしているところも同じですね。
顔はふよふよしてて、薄紫がかって、こんな大きい存在が自分の中から出てきたのかと思うと不思議な感覚。
他人の赤ちゃんを見たときは、今まで「小さい」としか思わなかったんですけれど、自分の子どものときは何故か「大きい」と初めて感じました。
息子は実際に頭がものすごく大きかったせいもあります。まるでドラゴンボールのナメック星人みたいだなと笑いを堪えておりました。
そのとき、名前の候補がいくつかあったのですが、その中で『賢い』という意味合いを持つ名前に決めたのは、頭が大きかったからです。
息子の気配を隣に感じる中、命を産むというのに、死にそうになるというのも不思議なものだと、分娩室の天井のシミを見ながら思いました。
なんだか、あぁ、自分はこのために産まれたんだなという気がしたのです。今まで『自分はなんのために生きるか』なんていちいち考えたことはありませんでした。けれど、自然とそう思えたんです。それは、『母』という自分を精神世界に産み落とした瞬間だったんだと思います。
そんな中、隣の分娩室に二十歳そこそこの女性が入ってきました。
「痛い〜! もうやだぁ! なんでこんなに痛いの?」
叫び方も若い。口調も若い。なんだか暴れているようで、おさえつける看護師さんたちはもはや「痛くて当たり前なの!」などと、自分の娘を叱り飛ばす勢いで声をかけている。過ぎ去ったばかりの陣痛が思い出されて、身震いしました。
けれどその彼女、たった十数分で産み落としました。それも若さゆえ? いいえ、個人差です。けれど、体力のあるなしは関係しているのかもと、苦笑してしまったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます