卵巣皮様嚢腫

 卵巣皮様嚢腫らんそうひようのうしゅが発覚したのは、市が実施していた無料検診に行ったときでした。

 さっそく、地元の個人病院から紹介状を書いてもらい、札幌の大きな病院で内視鏡手術を受けることになったのです。


 紹介先の産婦人科医は私のカルテを見て、快活に言います。


「あ、結婚したばかりなんだね。どのみち妊娠したら切除しないといけない大きさだから、今からやっちゃいましょう」


 まるで「ドライブ行こうよ」とでも言うかのようでした。

 そのときの『妊娠する予定はないけど』と顔を引きつらせた私の心中は、医師に伝わらなかったようです。


 当時働いていた職場では、結婚すると新婚旅行などのために一週間の休暇が無条件でもらえたのですが、私の場合、すべて入院で消えました。

 「入院するなら、もう少し休みをあげるからゆっくりしなよ」と言うような優しい職場ではありませんでしたから、新婚旅行は諦めざるを得ませんでした。むしろ、新婚旅行先は病院ということになります。ある意味、海外旅行よりも思い出に残っています。


 さて、手術は腹腔鏡下手術でした。おへそや下腹部など四箇所ほど小さく切って、ガスで膨らませ腹部をドームのようにし、切除した嚢腫を挿入した器具(袋のようなもの)に取り込んで引っ張り出すというものだったと思います。

 術前の麻酔の点滴がものすごく痛くて、「これ、耐えられるかな」と弱音を吐きそうになった瞬間に、意識がブラックアウトしました。一気にがくっと真っ暗闇です。

 目が覚めたときには、手術は終わっていて、呼吸器をつけて病室に寝ていました。そして、目の前に私をのぞき込む前夫の顔がありました。


「これ、手術室から返ってきたよ」


 彼がひらひらと見せびらかすのは、ビニール袋に包まれた私がはいていた下着。『そんなの、今見せなくていいから。てか、第一声がそれなの?』と、笑いたかったけど、呼吸器が邪魔だし眠いしで、結局何も言えませんでした。


 手術で切った箇所は本当に小さくて、縫うわけでもなく、単にテープで留められるだけでした。テープが自然に剥がれたらもう傷はふさがっています。医学は日進月歩と聞きますが、すごい時代だなと感心しました。切っているには切っているので痛みはありますが、翌日からもう立って歩けるんです。いえ、むしろ翌日から病院内を歩き回るように指示されました。そのほうが治りが早いんだそうです。


 経過は順調でしたが、手術後の医師の病状説明で思いがけないことを言われました。


「卵巣には卵子を作るところがあるんだけど、君の場合は人より多くて、『お前が作れ』『お前だろ』って怠け合ってしまうんだ。つまり妊娠しずらい体質なんで、ちょっとレーザーで焼いておきました。これで少しは子どもができやすくなると思うけど、数年しか効き目が続かないと思います」


 かみ砕くと、こんな感じです。怠け者なのは性格だけではなかったのだなと苦笑しました。

 今思うと『卵胞』などといった専門用語を使わないようにわかりやすく説明してくれたんだと思います。


 実は前夫と結婚する前に、「この人の子どもが欲しい」と思える男性がいました。

 彼もその考えに肯定的でしたが、二年の間に子どもができることはなく、そうこうするうちに別れることになりました。

 そのため、その説明を聞いて「道理で二年も出来なかったわけだよ!」となんだか納得したのでした。


 無事に退院して後遺症もなく暮らしていたわけですが、前夫の子どもを育てきれないという自信のなさは変わりませんでした。

 そんな彼との暮らしの中で、子どもが欲しいのに避妊をされることがどんどん辛くなっていきました。


 せっかく手術でできやすくしてもらったのに。せっかく結婚して子どもがいてもおかしくない環境もできたのに。

 彼は自分の夢を優先して、私の願望は見向きもしない。


 そう思い詰めていったのです。

 まぁ、今思えば私も彼の願望を無視していたようなものですよね。でも、あのときはそこまで考えが及ばないまま、視野が狭まっていくばかりでした。


 夫婦生活って、妊娠の喜びのためだけじゃないとは思うのです。お互いの気持ちを寄り添わせるためでもあります。けれど、その意味を見失うほどに俯瞰できない状況に陥ってしまったのでした。

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