不死の獣 

くると

第1話 理不尽な出来事



「これはないでしょ?」


 目の前に突っ込んでくる飛行機を前に、俺は呆然と呟く。

 ちょっと待って欲しい。ちょっとだけでいいから待ってくれ。


 確かに、あぁ確かに今日は朝から色々とおかしかった。おかしいと言うか、俺を殺しにきてんじゃねぇの? って言いたくなるくらいにはおかしかった。


 なにせ――――――――――――





 漫画の新刊が出たから買いに行こうと家を出て。

 近場の本屋に向かう途中、信号が青になるのを待っていれば――――飲酒運転のおっさんが突っ込んできた! 反射的に体が固まってしまいこれは死んだか? どこか冷静な俺がそう考えていたら、偶々近くで鳴った電話の音で我に返り、全力で横に飛んだ。後先の事なんて考えてない、ただ生きる為に俺は飛んだ。


 当たり前だが下はコンクリだ。体中擦り傷だらけになるだろうが、命には代えられない。



 ――――――――やばかった。後一歩遅、俺は死んでいた。


 ……スマホを鳴らしたと思われる人物は、赤いザクロの実と化していた。

 俺と同じように信号が変わるのを待っていた誰か、なのだろう。


 可哀想ではあるが、別に俺が悪いわけじゃないし。

 つか……うっ。血の臭いが……きっつぃ………。ぐちゃぐちゃに散らばってるあれ、臓物とか人の肉片だろ? やべっ、本気で吐きそうなんだけど……。

 

 口と鼻に手を当て、少しでも臭いを防ぐ。しかしいくら臭いを誤魔化しても吐き気は消えない。臭いよりも精神的にキツイものがある光景だった。


 ここから離れよう……。このまま此処にいたら――うぷっ。




 まだ気分が悪いなぁ。

 急いで離れたのだが、いまだ血の臭いが鼻に残っている。


 まさか普通に生きていて、あんなショッキングな光景に出会う日が来るとは……思いもしなかった。いや予想できる奴なんていないだろ。むしろ、こんな事が予測出来るような生活は送りたくない。




 ――――カンカンカンカン


 


 電車の踏み切り音が煩い。

 なんでこう、耳障りな音なのか……。

 さっきの光景が頭に残っているんだ。あまり煩くされると、吐き気がぶり返してくる――――。


 ――――うあぁ、喉が焼けるっ。無理やり飲み込んだけど……喉が痛い。



 くそっ煩いなぁ。


 憂鬱な気分でふと線路を見やれば、線路から外れた電車が凄い勢いでこちらに突っ込んできていた!

 ――――はあっ? なに、どう言う事? 事故? テロ? 


 地面を擦っているからか、激しい火花を散らしながら猛然と進んでくる。後、数十秒もしないうちにここまで到達するだろう。


 ―――――――ふざけるなよっ。


 1日に、二度目の命の危機だ。想像すらしていなかった!

 体は――動く。

 さっきので慣れたのか? いやどうだっていい。

 今重要なのは走れる、と言う事だ。


 だいぶ距離があると思われるが、今から走りだせば助かるっ。つか助かってみせる!!


 全身に気合を入れて走り出した。

 さっきは運が良くて助かった。なら――――今回は自力で助かってみせるっ。



 

 ズガガガガガガガッ


 電車は、周囲の柵や敷き詰められた石を吹き飛ばしながら近づいてくる。

 そして――


 ――――キンッ


 電車に弾かれ飛んできた石が足元にめり込む。凄い威力だ。

 

 ――――――や、やばいっ。天然の散弾みたいになってやがる!

 当たったらひとたまりもないぞっ。さっきのザクロと化した人よりも悲惨な死に方になっちまう! それは嫌だ!!



 キンッカンッキンッ



 うおおおおお!? 

 めちゃくちゃ飛んでくるんだけどっ? あれって俺の事狙ってるわけじゃないよねっ? ないんだよねっ? くそがああああああああ。


 飛んでくる石を掻い潜りながら、電車の突っ込んでくる場所から距離を取る為命懸けで走る。


 ――――――あと少し。あと少し、で――――っしゃああああ! 横に抜けたぞおらあああ。これで助かったぞ!!


 

 電車の大きさから考えても、ここまで走ればぶつかる事はない。

 予想通り、俺のすぐ横を通り過ぎていった。その直後、強い風に体が煽られる。蛇のようにのた打ち回り、横転する。


 ――ギリギリの所で回避に成功した。

 後数秒気付くのに遅れていれば、助からなかった。


 ……………ついているのか、ついていないのか、判断に困る。

 いや、こう言うのは悪運が強いって言うのか?



 止まった電車に視線をやり、うわぁ。と呟く。


 あの中を想像したくない。どう考えても最悪な事になっているだろ。少なくとも窓に張り付いた赤い液体を見るに、ろくな事にはなっていないはず。……だってあちこちひしゃげてるし、捻じ曲がってる箇所すらある。


 まぁ電車の速度を考えても間違いなく生き残りはいないだろう。あれだけの勢いで急ブレーキを掛けられたのだ、電車内の慣性圧力はやばい事になってただろうし、それを耐えたとしても鉄の塊の中でピンボールにされたのだ。

 助かる余地なく、確実に死んでいるだろう。



 いったいなんだって言うんだ?

 今まで生きてきた中でとびっきり最悪な日だ。間違いない。


 ため息を吐き出し、家に帰る事を決めた。これ以上外にいては、取り返しのつかない事になりそうだ。

 もはや漫画とかどうでもいい。ここまであれな事が続いているのだ、このまま行っても漫画を変える気がしない。絶対途中で死ぬだろ。

 今日の経緯を考えても無理っぽい。いや死なずに本屋まで辿り着ける気がしない。




 家に辿り着いた俺は、部屋の中に篭った熱を抜く為に窓を開ける。


 ――――――――――そして冒頭に戻る




 空に浮かぶでかい点を見て、呆然と呟く。


「これはないでしょ?」

 いっそ笑える。

 これはない。これはないでしょ。ホントにさぁ。


 今日1日で一生分の不幸を味わった気がする。


 いや、その不幸もこれで終わりか? ……終わりってか、死ぬよね? これって間違いなく死ぬよな?

 これはどう足掻いても助からないんじゃないかなぁ。


 

「――――――近づいてくるなぁ……」


 ――――激しい閃光と爆風による衝撃が周囲を埋め尽くした。

 俺の視界は、あまりにも強く赤い光が世界を満たし五感が消えてなくなる。


 そして悟った。――あ、終わったわ。


 痛いのはやだなぁ……――――

 





 


 ――――――ん?

 あれ、なんで生きてるの俺?


 意識を取り戻した俺は、周囲を見回してみる。すると……白い部屋にぽつんと置かれたノートパソコンが一台。机や椅子すらなく、ただノートパソコンが置いてあるだけだ。――置いてある、のだろうか? ダメだ、よくわからない。

 ……つか、頭が痛くなってきた。


 どこまでも境界線のない白い部屋。……まるで見覚えがないぞ。


 ここはどこだ? と言うかなんだ、俺は死んだんじゃなかったのか? いや、飛行機が墜落して爆発を起こしたのは見てた。で赤くなって強い風に飛ばされたと思ったら意識が途切れたんだけど……そこから先は覚えてない。


 

 立ち上がり、ぺたぺたと周囲を触ろうとしてみるが……触れないな。やばいな、立っているのか立っていないのか、それすら分からない。自分の体は認識できるのに、それ以外ではパソコンしか分からない。

 倒れていた体を起こした――気はするのだが……曖昧だ。自分の体は見えているのに、すべての色が消えうせるとこんな事になんのか――――知りたくなかった。



「くそっ、気持ち悪いなぁ……」

 体を動かしている感覚はあるのだが、パソコンに近づいてる気がしない。見えているのに近づけない――これはイラってくるなぁ。誰だよ、こんなモノを考えた奴は……。

 

 うえぇ。明らかに怪しいのに、そこまで辿り着けないとかマジか。なんのギミックだよ! じゃあ、あのパソコンは何の意味があんの?

 辿り着けない実験……チンパンジーのあれを思い出したわぁ。バナナを天井からぶら下げる奴。



 ――――水の中で溺れた時を思い出す。

 足掻いても、足掻いても、どんなに足掻いてもどうしようもないこの感じ。

 ……最悪な気分だ。

 今日1日でどれだけ最悪な事が続くのか……あれ、俺ってどれだけ意識がなかったんだ? まだ今日に入るのか? …………いやどうでもいい事だけど。



 ――――なんか諦めるのもムカつくしなぁ。


 バタバタと手足を動かし続けるが、やはり意味がない。

 どれだけ足掻いていたか分からないが――――腹も空かないし疲れもしない。たぶん、自分で自覚できていないがかなりの時間をここで足掻いていた気もするし、数時間しか足掻いてない気もする。


 完全に時間の感覚がなくなっている。……特に困る事はないが、俺はどうなってしまうのだろうか。



『――なにしてるんだい?』

「!?」


 ――――――え、なに、だれ? え、どこにいんの?


『どこにいるって、ボクはこの空間そのモノだよ』

「返事した!? なにあんた、話せんの?」

『話してるわけじゃないよ。ボクは君と直接意識を交わらせているんだ』

「なにそれ。え、意味わかんねぇ」

『そうかい? まぁ気にしなくてもいいよ。意思疎通できてるんだし、問題はないよね』

 いや、そうだけど。

 思わず、納得してしまった。


『そんな事よりさぁ、さっきから君は何をしているんだい?』

「…………あのパソコンの所まで行きたいんだけどなぁ、全然進めないんだよ」

『へぇ。そんな事をしたいの? なら、歩いていけばいいじゃない』

「出来たら最初から苦労してないよ。お前さ、あれを俺の近くに引き寄せられないの? この空間がお前なんだろ、できねぇの?」

『出来るよ』

 ……………くっそ。最初から頼めばよかった!


「――頼めるか?」

『いいよ』

 ふわふわとノートパソコンが浮き、俺の手元に引き寄せられる。

 おぉ、ホントに近くにきた!


「さんきゅ。……なにこれ?」


 礼を言い画面を見てみると、パソコンの画面には意味の分からない事が表示されていた。




 今日という不幸な日に死んだ君達1000人を、異世界へとご案内しま~~~す。

 感謝してくださいね~~~♪


 不安ですか? 不安ですよね? でも大丈夫ですよ! 今から行く先は戦争ありモンスターありのファンタジー世界! とても面白い世界なんです。好きなだけ自由に生きられますよ。

 君達の活躍を心から望んでいます。


 そ・の・た・め・に――――――面白いものを用意しておきました!


 力なき弱者は死ぬのが運命、そんな過酷な世界へと旅立たれる君達に能力を1つだけあげますっ。泣いて喜びなさい!

 嬉しいでしょう? 嬉しくないわけがないですよねぇ。

 あぁ能力の会得は早い者勝ちですので、なるだけ早く選ぶ事をお勧めしますよ~。残り物に幸せはないでしょうし。だって良さそうなモノから選ぶのが普通ですからね~。

 たま~に、極々たまに弱いのを選ぶお馬鹿さんもいますけど、そういう人はすぐに死んじゃいますからお勧めしませんよ?


 そもそも試練を超えられなかった人達は消滅するので、あんまり関係ない事ではあるんですけどねぇ。

 ま、それでも早い者勝ちである事変わらないので、早く選んだ方が得ではありますけど!

 

 ふふふ。何人の方が試練を超えられますかね? 少なくとも100人は超えて欲しいところです。いつも10人残らないので、頑張ってくださいよぉ。


 この画面を見れてる貴方は――――無事試練を突破できた方なので心配する事はありませんよぉ。


 ち・な・み・に、異世界では能力の事をスキルって呼びますからその辺は気をつけてくださいね~。下手に能力って言っちゃうと面倒な事になりますので。


 ではでは~~~皆さんお待ちかねの~~選択タ~イム!


 一度選ぶと、能力の変えは利かないので慎重に選んでね。






 すべてを読み終わった俺は思わず呟いた。

「1000人も死んでたんだな……」

『違うよ? 上から死んだ順に1000人が試練を受けるんだ。ちなみに、残りの人達は消滅した人の補充に使われるんだ』

 や、やるせねぇ。つかほとんど消滅するんじゃねぇか。どんだけ恐ろしい試練なんだよ……。


『それと――君が試験を乗り越えた1番乗りさ! これから試練を乗り越えた人達にはもれなく君の名前が伝わるよ、良かったね!』

「良くねぇよ……つか、試練ってなんだったんだ?」

 そんな事をした覚えがない。クリアしたって言われても実感ないぞ。



『この空間に耐える事さ。君は自覚してないだろうけど、あの空間に時間換算で336時間もいたんだ。普通ならとっくに狂って消滅してるよ。耐えられても途中で諦めてしまうんだ。目の前にある物が例えどんなに大切なモノだとしてもね』

「いや、そこまで大事じゃなかったけど」

 ただのノーパソだし。別に大事にしてたわけじゃないんだけど。


『じゃあ、その程度しか大切なモノがなかったんだろうねぇ君。……それにしても、まさか試練で泳いでる子を見つけるとは思わなかった』

「お、泳いでたんじゃないし! 溺れてただけだし!!」

『あはははっ。もっと分からないよ、別になにもないでしょ? なんで水すらない場所で溺れるの?』

 その言葉に俯くしかない。めっちゃ恥ずかしいんだけど!? なにこれ、新手の嫌がらせ?





 








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