内政と王家のゴタゴタ ~王位継承~

 俺が摂政に就任して半年ほどが過ぎていた。北と東の国境付近に普請を始めた要塞は駐留軍の編成も完了し、大規模な軍が攻め寄せても近隣からの援軍が到着するまで持ちこたえられる備えができていた。また、街道整備と、東部諸侯で決めた商業税の仕組みを国内全てに適用し、街道整備と拡張で、物流の活性化が促進され、経済発展の兆しが見え始めていた。

 トモノリとナガマサは一度故郷に戻り、一族を引き連れてフリード付近に入植した。フェリアース地方4国の各国に分散していた諸氏を集結させたのである。もともと有力な氏族を率いる一族の出であったことと、安住の地を確保した功績もあり、指導者の一員としての立場を確立したようだ。んで、ともに嫁をもらったらしいので、今度王都に来るときに連れてくるよう伝えた。

 さて、彼らのもたらした大きな影響として農業技術の供与があった。フリード付近は大きな川が流れており、豊富な水量を活かして彼らの故郷の作物、コメの栽培が始まった。いままで麦が主要な作物であったが、同じ広さの畑から取れる収量がかなり多くなるらしい。収穫が楽しみだ。また、ソバという作物は荒れ地でも育ち、短い期間で収穫できることもあり前線の屯田兵へ生産を命じた。かの一族は武勇を尊び、質実剛健を旨とする。機を見て俺の直属として取り込んでしまおう。

 ファフニル王国の北方は海に面しており、海産物の輸入を始めた。同時に物流の活性化で出来た余剰物資や食料の輸出を行い、両国の交流を始めた。まあ、当然情報収集がメインお目的である。

イーストファリアには国境付近の小領主に揺さぶりをかけつつ、寝返り工作を徐々に進めている。春先の敗戦が響いており、戦死した領主の跡目争いや派閥抗争に手一杯のようだ。西の盟主と呼ばれる大貴族の首が物理的に飛んでおり、王家を含め影響力の確保に余念がないようだ。内輪もめしてる場合なのかね?と疑問符がつくが、近いうちに内乱に発展してくれたらうちとしては笑いが止まらない展開ではある。


 など言うことを報告として受けつつ書類を片付けていた。そうそう、イリスに子供ができた。体の負担を考えて公務は少なめにしていることもあり、執務室に専用のソファーを持ち込んで編み物や縫い物をしつつ、にへら~と笑っている。フリード兵を中心に俺直属の兵を王宮においている。いつの間にか親衛隊と呼ばれていたので、正式にそのように任命した。俺やイリスたちの命を狙う暗殺者の数がやたら増えていることもあり、身辺警備を中心としている。

そんなこんながあって、俺は日々を過ごしていた。


「おい、息子よ。この前の処分を不服に思ってる貴族どもが騒いでいるようだ」

「ほう、あの領民から重税を取り立ててた阿呆どもですか?」

王とテーブルで向かい合って食事をとっていた時に唐突に話題を投下してきた。

領民から規定以上の比率で税を取り立て、政府への上納金としてきた。私腹を肥やしたわけではないし、愛国心が暴走したのだとか訳のわからん言い訳をしてきたので、金は突き返し領民への返還と謹慎を命じた。その時の俺のセリフがどうもいかんかったらしい。


「貴公らはなにを勘違いしているのか。貴族とは民に食わせてもらっているに過ぎぬ。彼らのなんの憂いもない暮らしを守ることこそが貴公らの最も重き役目だ。そのようなことも理解せぬ阿呆は出仕に及ばぬ。よく考えなおすが良い!」


我ながらいいこと言ったと思ったのだが、どうも理解してはもらえなかったようだ。貴族が至上であり、領民は家畜だとか思ってるようなのはとりあえずいっぺん平民にしてやろうとか考えていると、王がニヤニヤしながらさらに爆弾を投下してきた。

「おぬしの言葉は正しい。少なくともわしはそう思っておるよ。だからの、いっそお主が王になるか?」

「はっはっは。ご冗談を」

「冗談で言うには流石に内容が重すぎると思うぞ」

「・・・・正気ですか?」

「イリスの子がおるのでな。婿養子が王になっても問題はなかろうよ」

「前例がないでしょう?」

「無いなら作ればいい」

「・・・確かに」

「だろう?」

「ところで、王って引退したら年金って出るんですかね?」

「・・・しらんわ、そんなのはおぬしが決めるが良い」

「いいんですか?」

「要するに、そういうことを決める事ができるのが王の権力というものだ」

「なるほど・・・」

「つーか年金もなにも、王家の財産がおぬしのものになるんだぞ?」

「王家じゃなくて国家の財産でしょう?」

「なにが違う?」

「自分で稼いだ金しか使いたくないんですよ」

「臣下が上げた功績や、成果はおぬしのものになるぞ?」

「では、失敗や損失も同じことでしょう」

「おぬしのような者が我が息子となってくれたは天の配剤。この国にとって僥倖としか言えぬな」

「買いかぶりですよ」

「ところがの、玉座というのは座ってるといくらでも金が湧いてくる魔法の壷だと考えるたわけが跡を絶たんのだよ」

「幻想持ちすぎです。国という巨大な生き物を管理するにしても、極わずかの軌道修正も難しい。正直、今からでも王都から出て放浪に戻りたいですよ」

「それは困るな。少なくとも、おぬしの妻と子供に対しては責任をとってもらおう」

「そう思ってるから私は今ここにとどまっているんですよ」

「重しは二人分にしておいてよかったわ」

「まあ、せいぜい感謝しておきますよ」

「そういえば、クレアのことだがの」

「はい?義姉上がどうされたのですか?」

「さすがにずっとこのままというわけには行かぬし、なんか知恵はないか?」

「・・・陛下、そうきましたか」

「まあ、あれだ。王位の移譲の際には恩赦を出すのが通例じゃ」

「それにかこつけて、義姉上まで私に押し付ける気ですか?」

「いや、どうもあれにも好いた相手ができているようでの」

「では、その縁談は私の名前で進めるということで?」

「話が速くて結構」

「はあ・・・わかりましたよ」

「ハッハッハ、よろしく頼むぞ」

俺はこの人達には敵わんなと、わずかにため息を付いて書類へのサイン作業に戻ったのだった。


 年の瀬が近づく頃、イリスが産気づいた。同時にエリカとミリアムも大きなお腹を抱えて病室の前に待機しているが、この二人の出産は春先の見込みである。それはさておき、俺はリンを抱っこして扉の前を右往左往していた。気を使ってか、政務は王が全て引き受けてくれている。既に内々には王位の移譲の準備が始まっており、諸侯への根回しも始まっている。宣伝的な意味合いとしては、ここで王子が生まれるのが一番良い。まあ、そんなことを考えんと行かんというのが自身の肩書の因果さを感じさせるが、今はそんなことはどうでもいい。子どもと母親の無事を、普段は脳裏の片隅にもない神に祈り続けていた。

ペシペシと顔を叩かれる。リンがニッコリと笑いかけていた。やべえ、かわいい。俺はこの子が結婚相手を連れてきたとき正気を保てるのか不安になる。とか益体もないことを考えていると、ホギャアアアアと産声が響き渡った。

 王に知らせを出し、病室の扉をくぐった。ん?何で声がハモって聞こえるんだ?

「殿下、およろこびください!王子と姫君、双子です!」

「お?」頭がフリーズした。

「早くお顔を見て差し上げてください」

「ああ、ありがとう」

赤ん坊が産湯を使い、お包みに包まれるところだった。イリスの額に浮いた汗を拭き取りながら声をかける。

「よく頑張ったな。元気な子たちだ。ありがとう」

「・・・へ?たち??」

「ってまて、自覚なかったのか?」

「あー、そういえば。2回何かが出てった記憶がかすかに・・」

「うん、男の子と女の子だ。子供の顔を見たらゆっくりお休み」

「うん、そうさせてもらうわ・・・おやすみ」

子どもたちとイリスの寝顔を見ながら、ぼーっとしていると、王がやってきた。

王子が生まれたことを殊の外喜び、双子と聞いて目を丸くした後、目の幅で涙を流しながら満面の笑みを浮かべていた。なんだ、腹黒王も普通に笑えるんじゃないか。


 王子の誕生に国は喜びに沸き返った。そして、同日に現王の引退と摂政エレス公への王位の譲位が発表された。多くの国民には好意的に迎えられ、大多数の貴族たちも歓迎の意を評したが、一部の不満を漏らしていた貴族は反対の意を表した。戴冠式にあわせて反旗を翻したのである。僭王を倒し、王国の正しい姿を取り戻すとの主張だった。

 俺の王としての初仕事は反乱鎮圧であった。やってられねえ・・・なんでこうなるよ。

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