閑話 摂政殿下の一日
朝、従兵のノックで目を覚ます。俺にしがみつくように寝ているイリスを引っ剥がし、鍛錬用の服を身に着け寝室を出る。まあ、普通の時間まで叩き起こされなかったので、急を要するような報告は今日はないのだろう。報告を受けるが、通常の報告だけだった。
兵の気合の入った声が響き渡る訓練所に顔を出す。入ると同時に従兵がそそくさと離れていった。ギラッとした視線を受ける。裂帛の気合とともに振り下ろされる剣先をかわし、踏み込んで胴に直突きを打ち込む。そのまま体当たりで吹き飛ばし、そのまま後ろに飛び、振り向きざまに肘打ちを放つ。真後ろから来ていた兵が悶絶しているが気にせず真横から突きこまれる剣先を手のひらで逸し、ショートアッパーで顎先をかち上げる。10を数える間に5名の兵が叩き伏せられていた。
「気合を発してそちらに意識を引き寄せて奇襲か。悪くない」
「あ、ありがとうございます・・・」
「まあ、あれだ。まだまだだな」
「次こそは一本取らせてもらいます!」
「そうか、励め!」
奇襲でもなんでもいいから俺に攻撃を打ち込んでみせろと宣言したのはやり過ぎだったかと思いつつ、自分の鍛錬を始める。型稽古を一通りこなした後、一級の剣士と斬り合いをしていると想定して剣を振る。たまに奇襲をかけてくる兵を叩き伏せつつたっぷり1時間ほど体を動かす。その後兵たちに指導を行う。憧れの英雄に稽古をつけてもらった若い兵は同僚にやっかみ混じりにいじられていた。
朝食をとりに食堂へ向かう。分厚い紙束を手にアランが現れる。報告を聞きつつ、ミリアムと娘の(セリカ・リンディス・レア・フォン・ラーハルト)長いのでリンと呼んでいると食事をとる。
名付けには一悶着以上の騒動があった。
「セリカ、イイ名前じゃろう!」
「お父様、この子はリンとつけることにした」
「いやいや、そこをなんとか」
「ルドルフ卿。ミリィも光入ってることですし・・・」
「貴様、この前の戦いの時に孫の名前をつけてやってくれと言ったじゃろーーーがーーー!」
「方便です」
「だあああああ、きっぱりと最低なこと抜かすなあああ」
「この子の名前はリン。きまり」
「表にでろやクソ息子」
「受けて立ってやるクソ親父」
普段以上の激しい戦いの後、ファーストネームとミドルネームでつけるという妥協案でなんとかことを収めた。ていうか、普段なら意識を断ち切っているレベルの攻撃を10回以上叩き込んでいるのだが、ゾンビのように起き上がって攻撃してくる。このジジイは敵に回すとこの上もなくうっとおしい・・・
執務室に入る。書類の山を見て溜息をつく。席につき、一番手近な書類を手に取り目を通す。確認して、サインを入れ、決済書類箱に入れる。確認、サイン、決済箱へ。確認、サイン、決済箱へ。確認、サイン、決済箱へ。確認、ミス発見、差し戻し箱へ。確認、サイン、決済箱へ。確認、サイン、決済箱へ。
決済箱を回収に来た文官が追加の書類を置いていく。減らした分だけ増えてゆく。確認、サイン、決済箱へ。確認、サイン、決済箱へ。確認、サイン、決済箱へ。・・・・
5回ほど文官が書類を回収に来たあたりで、エリカが昼食を持ってきた。いったん手を止め食事をとりつつ王都視察の報告を受ける。
しかしあれだ。応接用ソファーに座っているんだが、何で隣にピッタリとくっついて座る必要があるのか?一度口に出してしまった時は思い切りつねられた。それ以来、この話題は口に出さないようにしている。
午後からの執務。また同じように書類のチェック・・・確認、サイン、決済箱へ。確認、サイン、決済箱へ・・・
「あなた、この書類ですけど・・・」
「ああもう、計算を間違ってやがる。最初の数値が間違ってるからそのままずっとへんてこな状態だな・・・差し戻し」
「ありがとうございます。なんか変だと思ったのです」
「うん、よく見つけたな。さすがだ」
「えへへ・・・」
「うおっほん!」
「あら、お父様、そういえば午後からはこちらでしたね。忘れてました」
「あー・・・父親の前でいちゃついた挙句それかい」
「陛下、気にしたら負けです」
「お前が言うな!」
家族の温かい会話を合間にはさみ、書類のチェックを続ける。日が傾きだしてきたあたりでイリスがやってきた。
「ただいまー」
「おかえりイリス。プロヴァンス砦の工事進捗は?」
「むー、可愛い妻が帰ってきたのに、いきなり仕事の話とかどうな・・」
ちゅっ
「・・・・」
「いきなりなにするんですか!」
「愛情表現?」
「・・・も、もう」
「だーかーらー、父親の前でいちゃつくとかどうなんだ・・・?」
「いちゃなんかついてません!」
「・・・もういいです」
「陛下、背中が煤けてますよ」
「やかましいわ!」
北と東の国境付近に防衛拠点を構築し、軍を常駐させる。新規の騎士団として、貴族子弟のポスト作りにもなる。まあ、かなり政治的な意味合いを含むが、事業を行うことで領民への仕事を割り振ることができる。国が保証する給料が貰える仕事とあって、応募者が殺到した。また、身分を問わず優秀なものは騎士に登用するとの布告の効果もあり、募兵も順調だった。そして見目麗しい王女が慰問に現れたのである。人夫や兵は目の色を変えて働いていたそうだ。男って悲しいね・・・
一日の仕事を終え、自室に戻る。ミリアムがリンと一緒にソファで眠っていた。寝室のベッドの横においてあるベビーベッドにリンを寝かしつける。母によく似てよく眠る子だ。将来は美人になるだろうと思いを馳せ、いろいろと妄想が先走っていたのだろう。
「この子は絶対に嫁に出さん!」と叫んだあたりで、ミリアムからハリセンの一撃を食らってベッドに倒れ込んだ。
エレス、最近お父様に似てきた。と衝撃的な一言に呆然としながら、今日も妻の抱きまくらにされつつ眠りに落ちていった。
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