華燭の典と王の出陣
控室、俺は侍女に取り囲まれ髪を撫で付けられたり着せ替え人形にされていた。普通こういうのは女子がやるものではないかと疑問は尽きなかったが、服を着替えるたびにキャイキャイと黄色い声があがる。どうも慣れない雰囲気だった。
ほぼ衝立だけで仕切られた隣室からも同様の雰囲気が出ており、きゃーとか、姫さま綺麗です-とかなんか姦しい。
ふと、この時間を作るために処理した仕事量を思い出しひどい頭痛を覚えた。なんというか、俺が拒否権を発動できるタイミングは彼方に飛び去っており、気づいた時には丸裸の孤立無援状態だった。絶世の美女3人を嫁にできて、しかも権力がついてくる。何が不満だこのやろうと言った視線にはもう慣れた。慣れてしまった。人間の神経って結構丈夫に出来てるんだなーって人事のように思える程度には俺は図太かったらしい。
控室の入り口ではシリウスが子犬モードで丸まっている。当人(犬?)は門番兼護衛のつもりなんだろうが侍女たちが小動物扱いで食べ物を与えたり撫で回して蕩けそうな笑顔をみせている。ある意味目の保養なのだが美人に関しても日ごろ見ているレベルがレベルだけに慣れきってしまったのは贅沢な悩みだろうか?
城の大広間では今まさに宴が開かれており、国中の諸侯が集まっている。先日和議を結んだファフニルと、アースガード連邦からも使者が来ているようだ。イーストファリア王国からは国の使者は来ていないが、国境付近の領主が当主代理レベルで使者を出してきていた。
近親憎悪レベルじゃないかと思うのだが、成り上がり者には礼儀はいらんとでも思っているらしい。
あと、4国の国境が交わる中心部に教皇領がある。宗教が幅を利かせているわけでもなく、名誉職的な意味合いであるが、敬意は払われており、外交に多少の影響力を及ぼす程度の権威はあった。
今回、結婚式にあたり枢機卿を送り込んできている。アルブレヒト卿は聖職者というより歴戦の騎士と言われたほうが似合う抜身の剣のような雰囲気を漂わせていた。
俺の身支度が終わった頃合いでドアがノックされた。俺の侍従長に収まったサムスが執事服をバチッと着こなしていつもどおり立っている。なんかその普段通りさに妙な安堵感を抱きつつ、俺でも緊張するんだなと変な実感を覚えつつ会場に向かった。
「摂政殿下、ご入来!」
儀仗兵の張り詰めた声に続き、演壇に向かう。現国王が普段通りの底知れない笑みを浮かべつつ迎えてくれ、隣の席に座る。
「イリス殿下、エリカ殿下、御入来!」
王女二人の入場に会場はため息が漏れた。純白のドレスに身を包み、流れるような金髪にシルバーのティアラを乘せたイリスは、絵物語から飛び出してきたような現実離れした美しさである。
薄いピンクのドレスにフリルをふんだんにあしらったドレスはエリカの可憐さを限界以上に引き出していた。柔らかい笑みを浮かべ頬を染めるさまは「お姫様」というイメージを擬人化し、そのまま描き起こしたかのようである。いや、いかなる画家も描けまい。
そして、横からわざとらしい咳払いと、別の意味で顔を真赤にした姉妹の姿があった。
「ふふふ、我が娘は果報者だな。こんな情熱的な褒め言葉を真顔で言い切るとか。さすが英雄ともなると一味違うのう」
また思ったことが口からダダ漏れであったようである。
「エレス様、今回はおめでたい席ですからいいですが、外交の席などでは問題になりますよ?」
「そういえば、初めて戦った時もそうだったわ・・・あのオーギュスト卿相手に悪口雑言のオンパレードだったのよ」
「うわはははは、なんとも剛毅な」
「お父様、笑い事ではありません」
「なに、お前らがついていれば問題はなかろうよ」
「それはそうでしょうが・・」
「それにだ、夫の足りない部分を補うのが良き妻の勤めであろう」
「つ・つま・・・」
「えっと、うん、そうです・・・ね」
なんだろう、このピンク色の空間は。まあ、確かにとんでもない美人で能力もある。嫁さんにするにはこの上ないと思う。
ムギュッと脇腹をつねられた。真っ赤なイリスもかわいいなとか、どうもまた口に出ていたらしい。
まあもういろいろ決まったことはどうしようもないって言うとあれだが、年貢を収めたならもう自重しても仕方ない。とりあえずストレートに行くことに決めた。
真っ赤な娘二人をからかいつつ、父王は朗らかな笑いを振りまいていた。
なんか挨拶は俺から行うらしい。イリスじゃないのか?という疑問もあったが、一番偉い人の挨拶は最後だよなと特に気にせずにスピーチした。その後で式場への移動となった。あれ?
祭壇を背にアルブレヒト枢機卿が立っている。演壇の横に国王が立ち、見届人となっているらしい。執務の合間に叩きこまれた式次第と儀礼に合わせて赤いじゅうたんが敷き詰められた通路を歩く。祭壇までの途中に白いドレスを着込んだ女性、ミリアムが立っていた。いったん脇にそれ、俺の真後ろに付き従い歩を進める。歩くたびに「あっ!」とか、「危ないっ!」とか小声でつぶやくルドルフのおっさん。気持ちはわからんでもない。ゆったりとしたドレスに隠されているが、ミリアムのお腹には俺の子供がいる。だから今回の儀式への参加は見送られることとなっていたのだが、本人と王女ふたりの強い希望があって、誓いの儀式のみ参加が決まった。
「汝、エレス・イクスド・フォン・ラーハルト。これなるイリス、エリカ、ミリアムを妻とし、生涯守ることを誓うか?」
「わが剣と、戦士の魂にかけて」
「よろしい。なれば妻となるイリス、エリカ、ミリアムよ。汝らはこのエレスを夫とし、生涯をかけてともに歩むことを誓うか?」
「「「誓います」」」
「ここに誓いはなった!ここなる4人に神の祝福を!」
万雷の拍手が降り注いだ。まあ、俺に対して含むところもあるだろうが、皆満面の笑みを浮かべている。なんか、警備の騎士にガン泣きしてる奴がいるがあまり気にしないでおこう。
3人の妻も目をうるませ、満面の笑みを浮かべている。うん、なんか幸せってこういうことかもしれないなと思いを馳せていた。
式場のバルコニーで王都の民に向け手を振る。歓呼の声に応え、国王一家への祝福に満たされていた。そんな時に限って悪い知らせってのは飛び込んでくる。
「伝令!イーストファリア軍、およそ2万が国境を突破!国境地帯の集落を焼き払っています。また。フリーデン山脈にも兵を派遣。山脈入り口で交戦を開始とのこと。アルフェンス伯より援軍要請が来ております!」
「舐められたものだな、国民が喜びに沸き返るはずの日に、布告もなく戦を仕掛けてくるか!」
「イーストファリアの貴族がいたはずだ、即刻捕縛せよ!」
「近衛騎士団。出撃の準備を!」
俺の周辺を喧騒が取り巻いている。脳天から吹き出しそうな怒りと、冷徹な計算が頭の中で渦巻く。
ああ、俺はやはりこういう生き物だ。
「ファフニルの使者よ。条約に基づき、中立をお願いしたい。事の次第は追って伝える故、本国へ知らせを頼む」
「カイル!トゥールーズ候の名のもとに諸候軍を編成!用意でき次第順次東部国境地帯に派兵せよ!」
「アストリアにはフリード全軍を上げ、フリーデンの救援を行うよう指示を」
「アルブレヒト枢機卿、貴方には我軍について来ていただきたい。講和などの局面でお力をお借りしたいがいかがか」
「承りました」
「近衛3連隊は俺に従え!王都防衛はサヴォイ伯に任ずる!近衛2連隊と王都守備軍を率いよ!」
「ことは危急を要する。動!」
「私もついて行きます!」
「イリス、エリカ、王都の留守居を任せる。夫の留守を守るが妻の務めということで此度は許してほしい」
「私は……最初から無理ね。返ったらこの子の名前をよろしくお願い」
「ミリィ。この子の母として、この子を守ってやってくれ。名前は・……必ず帰ってくるまでにいいものを考えよう」
「うん、待ってる」
「ていうか、私達にもよろしくね?あ・な・た」
「わたしたちにもって・・・なにを・・・ってあああ」
エリカが無言で顔を真赤にしてコクコクと頷いている。イリスも顔から湯気を吹きそうだ。
「あー、わかった。俺が帰るべきはお前らの元だ。だから留守を頼む」
「出陣!」
何故かほぼ平服の近衛騎士たち。王都の民も唖然として見守る中、武装している時の5割増しの速度で行軍を開始した。エレス王の初陣と呼ばれる戦役は、常識はずれの出陣で幕を開けたのである。
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