プロヴァンス会戦~旋風のカイル~
プロヴァンスの地には小さな砦が築かれていた。大規模な軍事拠点ではなく、小規模な地方軍の拠点でしかなく、多数の兵が駐屯するものではない。築かれた理由は複数の街道が近隣を通っており、治安維持と街道の安全確保のための僅かな守備兵が常駐していた。その兵力も、近隣諸侯の持ち回りで派遣されており、街道の安全は領主たちの経済状態に直接影響するので、義務感以上の労力は割いていたようである。
北方国境を突破してきたファフニル軍であったが、兵の士気は高く、統率も取れていた。何よりも住民を害することなく、略奪も一切起きていないのは良い意味でこちらの予測を裏切っていたのである。
トゥールーズ候ベルトランは軍を動員し、一族郎党を率いてプロヴァンスの地に布陣した。本陣を砦に置き、北からの街道を中心に斥候を放って動向を把握しつつ、王都に状況の報告と援軍派遣を要請している。近隣の諸侯が兵を率いて着陣しており、砦周辺の兵力は4000に届きつつあった。だが、迫る敵軍は15000。まともにぶつかれば鎧袖一触であろう。砦に立てこもることができたとして、長期間の籠城に耐える備えはない。そして王都からこちらまでは丸2日はかかる。王都の騒動が終わったという報告はなく、4倍近い敵を相手に絶望的な対陣を迫られる。敵影はまだ見えないが、重苦しい雰囲気が陣を包んでいた。
東部諸侯軍が王都を包囲したとの知らせから2日。敵の前衛部隊が迫っていた。数は5000ほど。砦正面に展開を始めていた。抜け駆けで100ほどの部隊が挑発を仕掛けたが、乗ってくる気配もなく矢を撃ちかけられ、一方的に損害を出す羽目になった。かなり統制の取れた精鋭であることが判明し、迂闊に攻撃を仕掛けないよう厳命する。5000の敵陣の両翼を抑える形で2000の部隊が展開し、半包囲を掛ける形で圧迫をかけてきた。一糸乱れぬ行軍で、じわじわとかかる圧力に兵の動揺が起きており、指揮官が必死に檄を飛ばす。しかしこのままでは戦わずして潰走しかねんなと危機感を覚えるほど、兵の練度に違いがあったのである。
まる1日かけて圧力を加えられた自軍は暴発寸前となっていた。弓の射程寸前の位置で足を止め、鬨を上げる。自軍より多数の兵力を目の当たりにして士気も上がらない。だが、ここで退くと王都までは遮る地形はなく、一直線であることと、ここまでの領土の実効支配権が奪われてしまう。例えここで全滅したとしても敵を食い止めなくてはいけない。などと悲壮な覚悟を固めかけたとき、100騎の兵と王都からの使者が吉報をもたらした。
「レイリア!無事だったか!」
「おかげを持ちまして。それよりお父様、王都の騒乱は終結いたしました。陛下の命により、イリス王女率いる迎撃軍1万がこちらに向かっております。副将はラーハルト辺境伯です」
「なんと!して、援軍はいつ来る?」
「1刻もすればまずオルレアン勢が到着いたしましょう。向かって左翼の敵勢後方から攻撃を仕掛ける手はずとなっております。お父様、500の騎兵を貸し与えてください。オルレアン勢と呼応して敵左翼を突き崩します」
「いやまて、気持ちはわかるが、お前は兵を率いて戦ったことはなかろう?」
「ですので、エレス卿の片腕と呼ばれる、こちらのカイル卿に兵をおあずけください」
「ラーハルトの盾と呼ばれる貴殿のことは聞き及んでおる。おぬしが鉄壁のカイルか」
「そのような大それた二つ名は初めて耳にしますが、我が武勇の全てをつぎ込んで、この戦いに勝利を」
「承知した、おぬしの働き次第では、レイリアの婿にすることも十分考慮しよう」
「はい??」
「なんじゃ、まだ話してなかったのか?」
「お父様、そのお話はまた後で」
「ちょ、レイリア殿、一体何のお話ですか??」
「いや、若気の至りと申しますか・・」
「要するにだ、わしにはレイリアの他に子がおらぬ。で、諸侯から婿を募ったがレイリアは首を縦に振らぬ。問いただしたら・・」
「・・・なんと?」
「あら、そんなに私に興味を持っていただいているのですか?嬉しい!」
「あ、ちょ、こんなところで、それもお父上が見ているではありませんか、ちょ、やめて、あたってます、あたってます!!」
「・・・あててんのよ」
「ウオッホン!レイリアはこう申した。この国で一番の勇者にしか嫁ぐ気はありませぬと」
「え、ちょ、なにをいきなり?ってかその理屈でいったらうちの閣下がふさわしいんじゃないですか?」
「えー、、その閣下と互角に渡り合っておいてそう言うんですか?」
「なんと、素晴らしい腕前をお持ちだ。当家は武勇を重んじる。指揮官となっている騎士たちは平民出身も多い。力あるものはその力に応じた立場となるべきというのが、先祖伝来の教えでの」
「は、はあ・・」
「今は候爵でございとそっくり返っておるが、3代前までは伯爵だった。世代を重ねるごとに爵位を上げてきたのが当家なのじゃよ」
「ご理解いただけました?カイル様」
「えーっと、外堀が埋まりつつあることは理解しました・・・」
「察しが良い殿方は好ましいですわよ」
「はい・・・」
「ラーハルト辺境伯家の武名を汚さぬように。みっともない戦いをするようであれば、わしが引導を渡してくれるわ」
「あーもう、知らんからな、どうなっても」
援軍到着の知らせに軍の士気は大きく上昇した。各軍から騎兵500を抜き出しレイリアの護衛でついてきた100と合わせて突撃の準備を行う。敵左翼に出し抜けに戦術級魔法が叩きこまれた。先陣を駆ける騎士はまだうら若き女性で、縦横に矢を放ち突破口を切り開く。敵軍の側面を削るように騎射突撃が敢行され、正確無比な矢が兵を打倒してゆく。600の騎兵の中央でレイリアが垂直に建てた剣を水平に振り下ろし凛とした声で命じた。
「突撃!」
両手持ちの大斧を振りかざしカイルが先陣を切って敵陣に突っ込んだ。壮絶な高笑いを上げて。
「うわははははははははははははははははははははははははははははは」
鈍い音を立てて斧に薙ぎ払われた騎士が冗談のような高さに打ち上げられる。落下したその哀れな犠牲者は鈍い音を立てて動かなくなった。下馬したカイルが徒立ちで斧を振り回しながら切り込んだ。大笑いしながら。
「わーっっはははははははははははははははははははははははははははは」
鈍い音を立てて弾き飛ばされるものがいたかと思うと、鋭い音で両断されるものがいる。明らかに斧の回転半径の外にいたはずの兵が切り刻まれる。風の魔法で真空の刃を飛ばしていると気づいたが、魔法障壁で防いでも重量武器を叩きこまれて耐え切れるものがいない。返り血でその身を真紅に染めながら、哄笑する騎士。そこには冷静沈着な戦いで、兵を鼓舞する理想の騎士ではなく、血まみれになって斧を振り回す狂戦士がいた。
「・・・素敵」
「姫?」
トゥールーズ家の護衛騎士が首を傾げる。
「んっ、なんでもありません。カイル卿が敵を蹴散らしていますが近くに行ったら味方ごと粉砕されますね・・・」
「そう、ですね・・・」
あまりのカイルの活躍に騎士は顔を青ざめさせドン引きしているようだ。
「兵をふた手に分けます。カイル卿を包囲させないよう、彼の両翼を支えなさい。そのまま突破を図ります!」
オルレアン勢の先頭でミリアムが頭を抱えていた。
「カイルが切れた?!」
「どういうことだミリィちゃん?!」
「えーっと、見ての通り、カイルが切れた。半径5メートル以内は近づいちゃダメ」
「あー、ありゃすさまじい。ポッカリと兵の空白地帯がどんどん奥に進んでいくなあ・・・」
「カイルを囮にして、そのまま敵左翼と中央を分断する」
「わかったぞミリィちゃん!野郎ども、突撃じゃ!わしらに続けえええええい!」
オルレアン勢が、敵の後背を騎射攻撃で削りながら、中央からの援軍を遮断した。一方その頃、敵右翼にはバルデン勢が突入している。その状況を見て、砦から本隊が中軍に攻勢を仕掛けた。
左翼は壊滅状態に陥り退却を始めた。右翼は攻撃を受けつつも防備を固め、容易に突き崩せない。戦陣で突っ込んだレックス卿が敵の騎士5人を続け様に叩き落とし、勢いに乗っていた。しかし防御を固め、攻勢を押し戻されつつあり、膠着している。
中軍はオルレアンの兵と連携して半包囲を試みるが、柔軟に陣形を建てなおされ、こちらも膠着していた。そのまま2刻近く押し合いが続いたがどちらも決め手を欠き、敵本隊が後詰を派遣してきており、日が傾いた頃合いで兵を引くこととなった。
近衛騎士団を先陣に、王女率いる本隊が到着した。王命で集まってきた諸侯勢も指揮下に入り、兵力差はほぼなくなっている。敵左翼は指揮官戦死の影響で甚大な損害を受けている。反面こちらの中軍も敵防備を抜けず、撤退の際に追撃を受けて被害を広げていた。損害は若干敵が多いといった状態で、ほぼ痛み分けの状態である。
俺はカイルのテントを訪れた。ブチ切れモードは過去数回しか見たことがないが、終わった後体力を使い果たして、ろくすっぽ動けなくなるのである。大事な部下が活躍したのである。主君としては、見舞って労わねばなるまい。
「あ、閣下」
「聞いたぞ、ブチ切れて突撃かましたって」
「あー、なんかレイリアさんからのプレッシャーが・・」
「あー・・・ああ、よくわからんが、お疲れ」
「とりあえず敵左翼の指揮官はよく覚えてないのですが私が討ち取ったようです」
「あー、うん、捕虜に聞いても判別つかんかったが、鎧の切れっ端の紋章のかけらをつなぎ合わせたらわかったらしいぞ」
「えーっと、お手数をお掛けしました・・」
「トゥールーズ候のとこの紋章官が半泣きになってたとかなんとか」
苦笑いをお互いに浮かべる。兵力的には劣勢な状態で優位に戦いを進めることができたのは、カイルの突撃があってこそだ。敵指揮官の撃破はおまけにすぎないがファフニルの兵は非常に精強であることがわかった。ここでお互い決着をつける必要もあるまい、と考えていたら、テントの位置口が開き、レイリアさんが現れた。カイルがビクッと硬直する。
レイリアさんの頬が赤く、目が潤んでいる。なんとなく邪魔なような気がしたのでカイルに一言告げて立ち去ろうとした。上着の裾を掴まれる。涙目で首をプルプルと横に振る仕草が、捨てられた子犬のようだった。ふと視線を外しレイリアさんを見る。ニッコリと笑みを浮かべコクコクと頷いている。
「じゃあ、カイル、俺はお暇する。恐らく明日は戦闘はないと思うからゆっくり休むようにな」
「え、ちょっ!待って閣下、私を見捨てるのですか!?」
「レイリアさん、カイルだが、体力を使いきってまともに動けん状態だ。もし良かったら世話してくれると助かる」
「そうなんですか、それは大変ですね。わかりました!
カイル卿は当家の恩人。私がしっかりとお世話いたします!」
そして俺はカイルのテントを後にした。周辺の警戒の兵にも、気を利かせて少し遠巻きにするように伝えた。しばらく後、自分のテントで休んでいるとどこからともなく「アーーーーーーーーーッ」と悲鳴が聞こえてきた気がするが、気にしないことにして寝台に潜り込み目と耳をふさいだ。
翌朝、ファフニル軍から軍使がやってきた。講和とし、現在の境界線をそのままで軍を引くとのことで、特に反対する理由もないので王女に諮ったうえで申し出を受け入れた。正午をもってファフニル軍は撤退を開始し、相手が確実に国境を超えたのを確認し、1日様子見の上、軍の解散と王都への帰還命令を出した。まあ、通常の事務的処理である。気になるのは、日に日にカイルがやつれてゆくことと、エレノアさんがやたらツヤツヤしていたことであった。イリスは彼らに生暖かい視線を注ぎ、ニヤニヤとした笑みを浮かべるのだった。
こうして、クーデターに端を発した国内のドタバタはひとまず幕を下ろすことになったのである。平和が一番だ。
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