腹黒王女の真価
兵をまとめ休息をとらせることにした。念のため、斥候を走らせて周囲の状況を探らせる。王女の陣幕に入ると、そこには血の気の引いた顔でクッションに埋もれている王女がいた。
「あー、気にしないでください。ただの魔力枯渇です」
「なるほど」
あれほどの大魔法だ。そうなってもおかしくないだろう。
「半日も休めば大丈夫ですよ-」
気力の抜けきった顔でニヘラと笑う王女を見て、内心が表情に表れたのか。
「なんですか、心配してくれたんですか-?」
「そうだな、ところで・・・な・ん・でゴーレムの顔が俺なのかな?」
と据わった目つきで詰め寄る。王女は特に表情を変えることなく答えてきた。
「魔法を使うときに重要なのって、イメージですよね?この場合、ゴーレムが弱かったらどうなります?」
「あー、負けてたなあ」
「だからイメージしたんです。私の思い描く最強の騎士を」
そう言ってふにゃ~と笑う王女を見てなんとも言えない気持ちを抱いた。そのなんか微妙に甘ったるい空気を吹き飛ばすようにレイリアさんが現れた。
「斥候が戻りました。バルデン伯の手勢が現れたようです。騎兵中心に300とのこと」
「森の防衛拠点を使いましょう」
血の気が戻らないながらも表情を改めた王女が告げた。
「籠城は援軍が来るあてがあって初めて意味があるんだが?」
「とりあえず、策を2つ仕込んでます。うまく行けば撃退できると思いますよ」
防衛戦で使った急造の陣二瓶を入れ、突貫工事で土塁を高くし柵を作った。一部の柵を内側から倒せば出撃できるようにしてある。多少兵に無理をさせたので、疲労が大きい兵には休息を取らせる。いざというときは一点突破で逃げることにしよう。砦前にバルデン伯が手勢を展開し、馬上から呼びかけてきた。
「敵国に通じ王女を誘拐した貴様らに慈悲深くも投降を呼びかけてやる。殿下を解放せよ、さすれば名誉ある死をくれてやる」
そう言って、下品なツラを歪めてゲラゲラ笑い出した。
「バルデン伯、なぜこんなことをするのです?」
土塁に王女が立って問いかけた。さり気なく盾を持った騎士が左右についている。狙撃にも対応できるだろう。
「死にゆく貴様らには冥土の土産をくれてやろう」
話をまとめると、バルデン伯の領土と国境を接するファフニル王国に寝返ろうとしており、その手土産として王女の身柄を差し出そうということであった。
ファフニルの女王メディアは陰謀家として知られており裏切りの魔女の異名を持っていた。そもそも19歳で一族の殆どを暗殺して玉座に座っているあたり並みじゃない。真偽は不明だが戦略級魔法すら使うと聞く。
なんという裏切ったつもりが裏切られるフラグ。使い捨て街道まっしぐらである。
しかしたったこんだけを話すのに何で1時間もかかるのか、馬鹿でも伯爵って務まるんだなーと思ってたらどうやら口に出ていたらしい。横で王女が真っ赤な顔で笑いをこらえていた。
「エレス卿、いまのセリフをもっと大きな声でもういちど」
「えー、だからこんな馬鹿ものでも伯爵って務まるんだなーって?」
「どの辺が馬鹿なんですか?」
「裏切りの魔女に乗せられてるところとか、まだ勝利が確定してないのに勝った気でいるところとか、なによりたったこれだけの話を短くまとめられない思考回路?」
「バルデン伯はこの後どうなると思います?」
「裏切り者の末路、使い捨てルート?」
「ですよねー、あははははははは」
王女の朗らかな笑いに場が和んでいるように思っていた。しかしなんかおかしいような?何でこんな静まり返ってるんだ?
なんか変な沈黙が場を支配した。いっそ場違いな小鳥のさえずりすら聞こえてくる。
敵味方の将兵はなんか真っ赤な顔をしていた。羞恥によるものだったり必死に笑いをこらえていたり。これって戦場の雰囲気じゃないよなあ、少なくとも、たぶん。
ふと、バルデン伯の顔を見ると、1時間ほど逆さ吊りになったような顔色で、目を見開き口角から泡を吹いていた。全身がプルプル震えている。
「えーっと・・・バルデン伯、なんかカニみたいな状態ですが大丈夫です?もういい年なんだから、あまり興奮すると体に毒ですよ?」
思ったことを口にする癖は我ながら全開だった。ぶふっと吹き出すような声が聞こえ、隣を見ると王女にあるまじき変顔で笑いをこらえるイリスがいた。その顔、なんかいろいろ台無しだぞとつぶやくと、思い切りつま先を踏み抜かれた。今度はこちらが別の意味で顔を赤くさせる。
そのやり取りで周辺にいた連中が決壊した。戦場にあるまじき勢いで笑い声があふれる。サムライコンビは肩を震わせていたが、こいつらはあまり表情を表に出さないのに、珍しいと思った。あ、ロビン、何でお前しゃがみこんでるんだ?
「……殺せ」
血の気って限界を超えると下がるんだな。バルデン伯は蒼白な顔で突っ立っていた。震えも止まり帯剣を抜き放つ。
「もう王女だろうがなんだろうが知ったことか、条件でもこう言われておったのだ、生死は問わぬと」
そういえば一応こいつも、王都で騎士団一つ率いていたんだったなといまさらながら思い出す。
迎撃を命じようと王女の方を見ると、真顔に戻った王女の視線は敵陣の後方を見据えていた。
視線を向けると狼煙が一筋上がっている。
「間に合ったみたいですね」
ほっと安堵の溜息を漏らしつぶやく。
「反撃を始めます、出撃の用意を!」
いつの間にか兵たちは武器を構え門の前に整列していた。
【ブレイク】
王女の口からこぼれた呪文の一瞬後、目を焼く閃光と落雷のような轟音が響き渡った。
なんか身代わりってゴーレムだったらしく、それを自爆させたとかなんとか……あくどいなおい。
いきなり爆発した馬車、混乱に拍車をかけるように敵の後方から2部隊、各100ほどの兵が敵兵を包囲した。旗印は最後によった巡幸先のオルレアン伯と、バルデン領。
そうなって初めて伯が率いてきた兵が少ないことに気づいた。
「バルデン伯オーギュスト、投降なさい。今なら寛大な処遇を約束します」
「具体的には?」
絞りだすような声でおっさんが応える。
「家督を次男に譲り、王都で閉門ですね。裏切り者でも命だけは助かるのです、泣いて感謝しなさい」
なんだろう、魔力使いきって今にもぶっ倒れそうなはずなのにやたらいい笑顔で事実上の死刑を宣告する。おっさんの隣でブクブク太った豚のようなにーちゃんがブヒブヒ喚いている。
「あのオークもどきってもしや……?」
「ええ、伯の嫡子です。いろいろやらかして王都を出入り禁止になりました」
「いろいろって?」
「いろいろです」あまり人に言えないようなことらしい。
「ってかもしや、おっさんが隣国に寝返ったわけってそれ?」
「一因ではありますね。廃嫡の命令が出てますし。次男は妾が産んだ子供らしいですが知勇兼備で有名です。そもそもあのオークもどきを私の婚約者にねじ込もうとしてたんですよね-」
「オークみたいなのが好みとか変わった趣味ですね」
「だ・れ・が!あんな豚もどきを夫にしたいと思うんですか!それは全女性に対する宣戦布告ですよ?」
今度ばかりはミリアムとレイリアも真顔で頷いていた。ていうかいつの間に仲良くなったお前ら。
流石に状況がまずいことは理解したのだろう、オークもどきが座り込んでプルプル震えている、地べたに座り込んだ尻の下が変色していっているのは見間違いだと思いたい。
なんか変に覚悟を決めた目つきでおっさんが叫んだ。
「わしと息子の首をかける。一騎打ちにて勝負をしたい!わしが勝ったらファフニルへの亡命を認めてもらいたい。兵たちは投降させる」
そしておっさんの目はこっちをジーっと見つめていた。
「王女、ご指名ですよ」
「な・ん・で・そうなるんですかーーーーーーー!」
「いや、一騎打ちとか怪我したらどうするんですか?」
「だからってか弱い女性を盾にするんですか!?騎士道精神はどこに行ったんですか??」
「戦場に立つ以上、男も女も関係ない!」
「うっわ、なんかこの人最低なことを最低のドヤ顔で言いやがりましたよ!?」
空気は読まないことにした。あえて。
ポカーンとした空気が流れる。
オルレアン伯の部隊から山賊の親玉みたいな髭のおっさんが現れた。
「このままでは無用な血が流れよう。オルレアン伯の名にかけてこの度の果たしあいに立ち会おう。
王女殿下の近衛騎士エレス卿、お主が立ち会うのだ!」
なんか俺が近衛騎士であることがどんどん既成事実化されて行ってる。そもそもついさっき叙任されたはずなのになんで、初対面のオルレアン伯が知ってるんだ?まあ、誰の差金かはわかってるが・・・
当然のように王女はドヤ顔をしていた。
やれやれ、どうしてこうなった・・
ため息を吐きながら俺は城壁から降りてゆくのだった。
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