大地の精霊と紅蓮の矢
「んで、明らかに戦力不足してるんですが、どうするつもりなんです?」
「うっわ、なんか王族に対する敬意のかけらもありませんね、その口調」
どこから持ち込んだのかは不明だがクッションに上半身を埋もれさせている王女には威厳の欠片も見えなかった。小動物的な可愛さはあったが・・って関係ねえ・・
「んじゃそーゆーの持てるように振る舞ってもらえませんかね?」
「大丈夫です!人目があるとこではきちんとしますよ!」
「いまそれがないとでも??」
「だってここには身内しかいませんから」
また会話が不毛なループに入り込もうとしていると、咳払いが聞こえた。レイリアさんが渋面を作っている。
「さて・・と。まああれです。命の危険もあることですし、私の切り札を切ります」
妙にキリッとした表情で言い切る。そういえば、王女が戦術級の魔法が使えるとかそういう話は一切聞かなかった。もともと民衆からの人気が高い第二王女である。しかも属性が神聖魔法。なんか教会が聖女認定してもおかしくない。
「んで、その切り札とは?」
「召喚魔法です」
物事に動じない質だと思う俺の表情を固まらせるとは、さすがお姫様、あなどれん…って違う。
「いまなんと・・・?」
「だから召喚魔法です。神聖兵を召喚します」
「んだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!1!!1」
古王国フェリアース建国王の王妃が使ったとされる伝説の魔法。それ以降使い手は一切現れていないはずである。俺の叫び声に天幕の周囲がざわめきだした。
「いや、だから殿下の許可がないと」
「わが主君の叫びはタダ事ではない!押し通る!」
「左様、我らが主をいかがするおつもりか!」
サムライは忠義に厚いという。まあ、それはいいとして・・
「どきなさい。エレスに近づく女の気配がある、どかないなら蹴散らす」
ミリアム、俺と王女がどうなるって?身分違いもいいところだろうがよ。
「ちょっとまて、お前ら。ここは穏便にだな」
うんカイルすまん、いつも苦労をかける。
と現実逃避的なモノローグを脳裏に流し、王女と話している時とは別種の頭痛を感じていると天幕の入口が開き、我が親愛なる部下たちが雪崩れ込んできた。
「で?」
ミリアムがジト目の仏頂面で俺に問いかける。
こてんと首を傾げて王女が俺の方を見る。てめえ、俺に全部押し付ける気だな?
よろしくお願いします、私の騎士様と口の動きだけで伝えてくる。
ジト目に殺気がこもりだす。
「で?」
「これなるエレス卿は、先ほど王女の近衛騎士に叙せられた」
エレノアさんがサラッと爆弾を投下した。
「「「「ええええええええええええええ!!!!」」」」
騎士の叙任権はある程度の爵位があれば行える。任命した者の身分で同じ騎士爵であったとしてもなんというか、「格」が変わってくる。王女直々の任命となると、近衛騎士団クラスとなる。
そして王族直下の近衛騎士となると、命令権を持てるのは任じた王族と国王くらいだ。爵位を元にした封建制のある意味治外法権となる立場で、自分直下の近衛を置かない王族すら存在するのである。
異口同音に叫ぶ部下たち。そりゃ叫ぶわな、ってか近衛騎士って話は今はじめて耳にした。
つい先日初めて顔を合わせただけの俺にそこまでの信を持つその理由がわからなかった。
「よってこの場では、エレス卿が王女に次ぐ立場となる」
「ちょ、ま・・レイリアさん。どういうことなんですか!?」
「えー……私にタメ口きいて何でレイリアの時は敬語?」
「突っ込みどころはそこじゃねええええぇぇぇぇぇ!ぐふっ!」
ミリアムの踏み込みと腰の捻りがきいたリバーブローが突き刺さっていた。
「説明しなさい、どういうこと?あと浮気は許さない、死をもって償うべき」
「浮気違うし、そもそもお前とそんな関係になった覚えはねえええええ!!」
「5歳の誕生日に将来私と結婚しますって約束した」
「えっ、そうなんですか?じゃあさっき私を生涯守りますって誓ってくれましたよね、どういうことですか?」
「やっぱり、この浮気者!」
王女のニヤニヤが止まらない、レイリアさんとカイルが目を合わせてため息を吐いてやがる。
何がお互い苦労しますね-だ。いい加減にしやがれ!
ここぞとばかりにくっつくな、押し付けてくるな!お前ら生暖かい目で見るな!
そんな俺に対する救いの手はある意味一番来てほしくない知らせとともにやってきた。
「伝令!斥候から盗賊共が再度攻め寄せてきたと報告がありました!」
「接敵までの時間は?」
「およそ30分ほどかと」
「分かった、ご苦労」
「エレス卿、王女の切り札を使うには平地が一番です。森から打って出て布陣を」
「承知しました。行くぞ!」
横陣を3段に構えた、弓兵はロビンに任せミリアムは俺の副官とした。というか離れようとしなかった。王女直属兵はそのまま王女の護衛に。敵兵の真ん中からでっかいのが突っ込んでくる。オーガだ。3メートル近い巨体に人間サイズの丸太を棍棒のように振り回している。魔獣ををテイムする技術が魔法大国ファフニルにあるって言うが、まさかそれか??
そんなさなか、王女がまるで散歩にでも行くような軽やかな足取りで先頭に出た。
ドレス姿で、綺麗な金の髪が風にそよぐ。まるで一幅の絵のようであり、なんかものすごく場違いな光景だった。
【告げる、古の盟約に基づき我がイリスの名において命ず 広大なる大地を統べし汝 その御手の一端を貸し与えよ サモン・アース!】
地面が人間サイズで盛り上がり、手足ができた。高密度に圧縮された砂礫が剣と盾になる。陣列を組み剣をかざすとむき出しの地面から土魔法で作られた矢が敵陣に降り注ぐ。一列横隊で突貫したゴーレムはあっという間に敵の前衛を突き崩した。
すごい光景である。さすが伝説の魔法である。何故かゴーレムが俺の顔をしていなければ俺も呆けたように見とれていたに違いない。なにかこうふつふつとこみ上げる感情に身を任せ、背中から愛用の大剣を抜き放ち全軍に突撃を命じた。王女と目があったが、すごくいい笑顔でこっちを見た。とりあえずあの顔が見れなくなるのは嫌だなと剣を握る手にわずかながら力が入ったのはなぜかと自問したが、答えが出るわけもなく、敵兵から突き出された剣を左手の篭手で受け流し剣を横に払った。そのまま切り込み敵兵をなぎ払い蹴散らしてゆく。余計な考えを振り払うかのように、剣先の鋭さはいや増すようだった。
ゴーレムの突撃で敵陣は混乱していた。そもそも岩の塊であるゴーレムには傷一つつけられない。さらに疲れを知らないゴーレムが中央突破を果たしつつあり、敵兵は混乱していた。ここが勝負どころだとオーガに集中攻撃を命じる。
弓兵隊が矢の雨を降らせ、ロビンは切り札のミスリルの矢を取り出し呪文を唱え始めた。
【集え焦熱の光 紅蓮の煌きよ 我が矢に集いすべてを貫け クリムゾン・アロー】
陽光を一矢に固めたような輝きを残し、矢はオーガの額に吸い込まれるように消えた。直後響いた乾いた破裂音のあと、オーガはその頭部を爆散させていた。
切り札を失った敵兵は散り散りになりながら森へと後退してゆく。後日調査と場合によっては討伐などが必要だろうが現状それだけの余力はない。やれやれ、一山越えたか・・
大きく息を吐き、やや街道から外れた高台に陣を作り、兵に休息を命じた。
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