異文化交流 3 梅雨の晴れ間に和雪と桜子ドキドキ人生初デート?
いよいよやって来た土曜日の朝、九時半頃。利川宅玄関先。
「桜子ちゃんの今日の服装、とってもかわいいわね」
「めっちゃ似合っとるよ」
「ありがとうございます、おば様、雪英ちゃん」
桜子は鶯色の夏用ワンピースを身に着けて、和雪を呼びに来ていた。
「和雪、桜子ちゃんとのデート、思いっ切り楽しんで来なさいよ」
「姉ちゃん、デートじゃないって」
和雪は迷惑顔で照れくさそうに否定する。彼はデニムのジーパンに、グレーと白の縞柄夏用セーターという格好だった。
「じゃあ行こう、和雪くん」
「うっ、うん。昨日梅雨入りして大雨だったけど、今日は晴れてよかったね。暑くなりそうだけど」
それほど派手な服装ではないそんな二人は最寄りの私鉄駅へと向かって歩いていき、
「ここに和雪くんと二人きりで来るのは初めてだね」
「確かに、そうなるね。今までは俺の母さんか桜子ちゃんの母さんに連れられてたから」
電車とバスを乗り継いで、近場にある大型ショッピングモールまでやって来た。
館内に入ると、
「それじゃまずは、レディースファッションコーナーに行くよ」
「分かった」
和雪は桜子に言われるままに、エスカレーター利用で三階レディースファッションコーナーの一角へ連れて行かれる。
「伸びて来てるのが多くなったから、パンツ買わなきゃ」
「あの、俺、本屋さんで待ってるから」
和雪は商品棚から眼を背けようとする。
ここは男には非常に居辛い下着類の売り場なのだ。
「和雪くん、すぐに選び終わるからここで待ってて。レッサーパンダさんのパンツ、かわいい! 小学生向けっぽいけど、サイズ合いそうだからこれ買っちゃおっと♪」
桜子は他にもリス、ウサギ、コアラといった動物柄や、いちご、キウイ、ミカンといった果物柄のショーツも物色する。
早く、別の所へ行きたい。
和雪は大変居た堪れない気分になっていた。
同じ頃、和雪の自室では、
「カズユキくん、サクラコちゃんのペースに飲まれてるって感じだね」
「E・カズユキ、せっかくE・サクラコが手を繋いでくれようとしてくれたのに、勿体ないなぁ」
「なんか恋人同士というより、姉弟か女友達同士みたいですね」
「わたくしも和雪君、桜子ちゃんのシェルパとしていっしょにショッピング楽しみたいわ」
「あたしもーっ。オリーブとかお米とかぶどうとかオレンジとか買いたぁーっい」
エスニック少女キャラ達がモニター越しに二人の様子を見守っていた。
「Oh,カズユキくん、またも男の子一人では入り辛いエリアに」
和雪と桜子の居場所が変わり、ファリーダは興奮する。室温もちょっぴり上昇した。
早く、選んで。桜子ちゃん。
和雪は今度はブラジャー売り場に連れて行かれ、先ほどよりも居辛く感じていた。
「和雪くん、どの色がいいと思う?」
桜子は和雪をからかおうと言う気は全く無く、至って真剣な様子だった。白の他、紫や黒といった派手でアダルティーな色のブラジャーも見せつけて相談してくる。
「白か、ピンクでいいよ。桜子ちゃんに、そんな派手なのは似合わないから」
和雪がブラジャーから目を逸らしながら即答すると、
「じゃあ私、これにするよ。選んでくれてありがとう」
桜子は雪のように真っ白なブラジャーを籠に詰めた。
「それじゃ、早く、ここから出よう」
「和雪くんのパンツも買ってあげるよ。トランクスかブリーフ、どっちがいい?」
「べつに、いらないよ」
和雪はちょっぴり照れくさそうに答えたが、
「いいから、いいから。この間のお礼がしたいし」
半ば強引に同じフロアにあるメンズファッションコーナーへと連れて行かれてしまった。
「和雪さん、振り回されてなまら大変そうですね」
その様子を眺めていたモニカは同情する。
「カズユキくんの態度は正しいよ。ここはサクラコちゃんの希望に合わせてあげるのがジェントルマンだね」
ファリーダは和雪の振る舞いを称賛していた。
「桜子ちゃん、俺、これで」
和雪は迷うことなく自ら柄を選んだ。桜子に自分用のトランクスを選んでもらうのは非常に恥ずかしいと感じたようだ。
「和雪くん、このズボンも穿いてみて」
桜子は青色の半ズボンを差し出した。
「やめとくよ。半ズボンって、小学生みたいだし」
「まあまあ、そう言わずに。試着室あそこにあるよ」
「じゃっ、じゃあ、着てくるね」
和雪は半ズボンを受け取ると気まずそうに試着室へ入り、シャッとカーテンを閉めた。
それから三〇秒ほどのち、和雪は再び桜子の前に姿を現す。
「和雪くん、よく似合ってるよ」
「どっ、どうも」
「この服も和雪くんにも似合いそうだから、二つ買っておくね」
桜子はティーンズファッションコーナーにあった、可愛らしいハイビスカス柄の半袖アロハシャツも手に取って、和雪の目の前にかざして来た。
「桜子ちゃん、それ、女の子向きでしょ。俺が着るのは絶対変だよ」
「和雪くん、ジェンダーの固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、現代社会の授業で先生が言ってたでしょ。それに、この柄だと男の子が着ても変じゃないと思うなあ」
和雪は嫌がるも、桜子はその商品をレジへ持っていってしまった。
俺は、そんなの絶対着ないからね。
その間に、和雪は試着したズボンから今日着て来た長ズボンに履き替え、試着した半ズボンを商品棚に戻しておいた。
女の子のお買い物に付き合うと、本当にくたびれるよ。
和雪の今の心境だ。
ここをあとにした二人が次に向かった先は、二階の大型書店。和雪は絵本・児童書の売り場へと誘導された。
「この絵本も買おうっと」
桜子はとても楽しそうに新刊コーナーを物色する。小中高ずっと図書部に入部したほど本が大好きなのだ。
「桜子ちゃんは、こういう本が今でも好きなんだね」
周りに三、四歳くらいの子が何人かいたこともあってか、和雪は居辛そうにしていた。
「うん、私、ちっちゃい子ども向けの本、今でも新作が出たらいっぱい買い集めてるの。私将来は図書館司書さんか絵本作家さんか童話作家さんか、保育士さんか幼稚園教諭さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書をいっぱい読んで、子どもの気持ちを深く理解出来るようにしなくちゃって思って」
桜子は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。
「昔話してた時より選択肢増えたね。どの道を選ぶにしても、桜子ちゃんならきっとなれるよ」
和雪は優しく励ましてあげた。
「ありがとう。和雪くんの今の将来の夢は何かな?」
「うーん……今は特にないなぁ」
「そっか。昔は宇宙飛行士とか学者とかって言ってたよね」
「うん、でも今はそうは全然思わなくなったよ。なるの難し過ぎるし」
「和雪くんは理科の先生とかも似合いそう」
「そうかな?」
「うん、絶対似合うよ」
桜子はにこやかな表情で見つめてくる。
「そっ、そういえば、もう、十一時半過ぎてるんだね。そろそろお昼ごはんにしない?」
気まずくなった和雪は視線を逸らし、館内の時計を眺めながら提案した。
「そうだね。正午過ぎになると込んでくるし、私、お腹空いて来ちゃった。このファミレスで食べよう」
桜子は店内パンフレットの案内図を指差す。
「もちろんいいよ」
和雪は快くオーケイした。
「二名様ですね。こちらへどうぞ」
お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに二人掛けテーブル席へと案内された。
向かい合って座ると、桜子がメニュー表を手に取ってテーブル上に広げる。
「私、杏仁豆腐とロコモコにするよ」
「俺は坦坦麺と麻婆豆腐にしよう」
「和雪くんやっぱり辛い物選んだね」
「美味そうだからな」
和雪がコードレスチャイムを押してウェイトレスを呼び、メニューを注文する。
それから五分ほどして、
「お待たせしました。杏仁豆腐とロコモコと、坦坦麺と麻婆豆腐でございます。ではごゆっくりどうぞ」
二人の分が同時にご到着。
こうして二人のランチタイムが始まる。
「杏仁豆腐は何度食べても飽きないよ♪」
桜子はレンゲで掬い、ハムッと齧りつく。
「美味しい♪」
その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。
桜子ちゃん、幼稚園児みたいだな。
和雪は坦坦麺をすすりながら、微笑ましく眺める。
その頃、和雪のお部屋では、
「あの中華料理、あたしも食べたぁーい。すごく美味しそう♪」
クラリーチェがモニター画面を食い入るように見つめていた。
「クラリーチェちゃん、食いしん坊だね」
「ファリーダお姉ちゃんには言われたくないな」
「アタシもハワイ料理のロコモコ大好きだぜ」
「わたくし達も、そろそろお昼にしましょう。リビングからピザ○ットとケン○ッキーとマ○ドとミ○ドの広告取って来たわよ。どれでも好きなのを選んでね」
「さすがバネッサちゃん、気が利くね。ワタシ、ポテトとフィレカツバーガーとコーラ、全部Lサイズね。それと、アップルパイと、チキンナゲットと、チョコドーナッツも」
「ファリーダさん、それはちょっと食べ過ぎですよ」
モニカは困惑顔で、
「ファリーダちゃんったら、ラマダン明けじゃないんだから」
「ファリーダお姉ちゃんの方がずっと食いしん坊だね」
「E・ファリーダ、象みたいだな」
バネッサ、クラリーチェ、マヒナはにこにこ笑いながら指摘する。
「そんなに多いかな? じゃあ、Sにするよ」
ファリーダは照れくさそうにしながらも、不満そうにメニューを変更した。
和雪と桜子のいるレストラン。
「和雪くん、お口直しに私のも少しあげる。はい、あーん」
桜子は杏仁豆腐の一片をフスプーンで掬い、今度は和雪の口元へ近づけた。
「いや、いいよ」
和雪は左手を振りかざし、拒否した。和雪はお顔を豆板醤のように赤くさせ、照れ隠しをするように麺を勢いよくすすった。
「和雪くん、かわいい♪ あの、和雪くん、このあとは映画見に行こう」
「映画かぁ……べつに、いいけど」
これって、もろにデートコースだよな。桜子ちゃんはそんなつもりじゃないんだろうけど。
桜子からの突然の提案に、和雪はちょっぴり戸惑いつつも引き受けた。
それからしばらくのち、この二人が昼食を取り終えレストランから出てすぐに、
「私、おトイレ行ってくるから、この荷物持っててね。ここから動いちゃダメだよ」
桜子は休憩用ベンチの前でこう伝えて、最寄り女子トイレへと向かっていった。
和雪は紙袋を受け取ると、ベンチに腰掛け紙袋を横に置いた。
早く、戻ってこないかなぁ。
気まずい面持ちで桜子の帰りを待つ。紙袋の中には動物&果物柄ショーツと、ブラジャーという男が持っていたら変質者扱いされかねないグッズが詰められてあったからだ。
同時刻、和雪のお部屋では、
「E・サクラコ、おトイレ行くみたいだな。カメラ、E・サクラコ追って」
「あーん、ワタシ、カズユキくんが待ってる間、どんな流動をするのかが見たいのにぃ」
「アタシ、E・サクラコが降水をもたらしてるところ、観察したぁーい」
「カズユキくんの流動ぉ」
マヒナとファリーダはリモコンを引っ張り合い、映写位置争いを繰り広げていた。
「マヒナさん、そんな恥ずかしい行為を覗いちゃダメって和雪君とモニカちゃんに注意されたでしょ」
バネッサは照焼きチキンピザを齧りながら困惑顔で注意する。
「マヒナお姉ちゃん、おトイレ覗いたらモニカお姉ちゃんがトロールになっちゃうよ」
クラリーチェがフライドチキンを齧りながら怯え顔でそう言うと、
「そっ、そうだった。危ねぇー」
マヒナはすぐさま大人しくなった。
「ほらっ、ワタシの選択の方がベターでしょ」
ファリーダは得意顔になる。
「E・ファリーダも一昨日まであんなに楽しんでたくせに」
マヒナはぷくぅっとふくれた。
「あのう、ミナのことを、あまり怖がらないで下さいね。あの能力は滅多に現れないので」
モニカはチョコレートシェイクをストローで吸いつつ、照れくさそうに伝える。
和雪と桜子のいるショッピングモールでは、
「お待たせーっ。和雪くんは、おトイレいいの?」
あれから三分ほどのち、桜子が戻って来た。
「大丈夫だけど、一応行っておくよ」
和雪は少し決まり悪そうに、男子トイレへと向かっていく。
「急がなくてもいいよ」
見送った桜子がベンチに腰掛けてほどなく、
「おーい、さくらこ。さっきカズユキくんといたでしょ」
「デート?」
同じクラスの友人二人とばったり出会った。
「デートになるのかな?」
桜子はきょとんとした表情になる。
「お二人さんのこれからのご予定は?」
「これから映画を見に行く予定なの」
友人の一人からの質問に、桜子は即答した。
「やっぱデートじゃん。遊園地には行かないの?」
「そこには、行く予定ないけど」
「さくらこ、遊園地はデートの定番コースだよ。行かなきゃ勿体無いよ。映画見終わったら行って楽しんできなよ」
「じゃあ、そうしようかな。ありがとう。アドバイスしてくれて」
「いえいえ、どういたしまして。じゃあねさくらこ」
「バイバイ桜子、また明後日学校でね」
「うん、ばいばい」
友人達はエスカレータで下の階へと降りていった。こうしてまた桜子一人になる。
それから三〇秒ほどして、
「桜子ちゃん、お待たせ」
和雪は戻って来た。
「じゃあ和雪くん。映画見に行こう」
「うん」
このあとも引き続き、仲睦まじいカップルのように手を繋ぎ合ったり肩を組み合ったりすることはなく、桜子が前を歩き和雪が後ろをついていく形で併設するシネコンへと向かっていったのだった。
*
「桜子ちゃんは、どの映画が見たいのかな?」
「あれだよ」
和雪に尋ねられると、桜子はいくつかあるポスターのうち対象のものを指差す。
「えっ! あれを見るの?」
和雪は動揺した。
「和雪くん、かわいい女の子がいっぱい出て来るアニメ好きでしょ?」
「確かに好きだけど、こういう、子ども向けのじゃなくて……」
「私も大好きなの。私が今日、和雪くんを遊びに誘った理由は、いっしょにこれが見たかったからなんだ。さすがに高校生にもなってこれ観に行くのは気が引けるから悩んでたんだけど、観に行かないと絶対後悔すると思って」
桜子は満面の笑みを浮かべ、弾んだ気分で打ち明ける。それはゴールデンウィークに公開され、次の金曜で上映終了となる女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
チケット売り場にて入場料金を支払うと、受付の人がチケットと共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。
「桜子ちゃん、これあげるね」
「ありがとう♪」
和雪は速攻桜子に手渡した。桜子が受け取ったものとは種類違いだった。
二人はお目当ての映画が上映される4番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「桜子ちゃん、なんか周り、幼い子ばっかりだから、やっぱりやめた方が……」
「まあまあ和雪くん、気にしなくてもいいじゃない。さっき私と和雪くんより年上の大学生っぽいカップルも入っていったことだし。たまには童心に帰ろう」
和雪は桜子に右手をぐいぐい引っ張られていく。前から五列目の席で、和雪は桜子と隣り合って座った。座席指定なのでそうなってしまった。
視線を感じるような……。
和雪はかなり落ち着かない様子だった。他に四十名ほどいた客の、七割くらいは就学前だろう女の子とその保護者だったからだ。
この上映は、エスニック少女キャラ達も和雪の自室からモニター越しに眺めていた。
「このアニメ、キッズ向けと謳いつつ、ブルーレイディスクの販売収益を上げるためなのかさりげなく大きなお友達も対象にしてるわね」
「確かにキャラデザがそんな感じだね。声優も大友に受けそうなラインナップだし。でも中東地域に輸出しても規制無くそのまま放送出来そうな健全さだね」
「映画をタダで視聴するのは、なまら良くないと思うのですが、このアニメ映画はなまら面白いですね。大人も嵌ると思います」
「この映画館は4DX対応してねえんだな。アタシ達がモニター越しに演出してあげようぜ。雨とか風とか、今映ってる果物やチョコレートの香りとか」
「いいねえマヒナお姉ちゃん」
マヒナの企みに、クラリーチェは乗り気で賛同する。
「マヒナさん、クラリーチェさん、非対応の映画館でそのような演出をすると、照明器具やスピーカーが故障する恐れがありますし、後始末も大変ですし、なにより大半の観客には喜ばれるどころかなまら迷惑がられると思いますので、やめましょうね」
けれどもモニカから微笑み顔でやんわりと注意されると、
「はーい。しません」
「確かにE・モニカの言う通りだな」
あの姿に変身されることを恐れて素直に控えたのだった。
※
「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもすごくかわいかったね。とっても面白かった。和雪くんもそう思うでしょ?」
上映時間一時間ちょっとの映画を見終えて、桜子は大満足な様子で劇場内から出て来た。
「まあ、思ったよりは……俺の好きな声優さんも出てたし。子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」
「和雪くんも昔はあんな感じだったよ」
「そうだったかな? 覚えてないなぁ」
「子ども向けアニメって、高校生になった今観ても面白く感じれるよ。あのっ、和雪くん、これから遊園地行こう!」
「遊園地!? ……まあ、いいけど」
ますますデートコースじゃないか。
和雪は動揺する。嬉しさ七割照れくささ二割気まずさ一割といった心境だった。
*
ともあれ、バスを乗り継ぎ二人っきりでやって来た近場のミニ遊園地。
園内入ってすぐに、
「和雪くん、まずはミニコースターから乗ろう」
桜子からこう誘われると、
「いいけど。遊園地へ来たからといって、必ずしもジェットコースターに乗らなきゃいけないってことは無いと思わない? 他に、もっと面白い乗り物がたくさんあるし」
和雪はコースターのレールを見上げ、苦笑いしながら意見した。
「和雪くん、ミニコースターは普通のジェットコースターほどは怖くないよ」
桜子はにっこり笑顔で勧める。
「……じゃあ、乗るよ」
和雪はここで付いていかなければ男として非常に情けないと感じ、仕方なく付いていくことにした。
ミニコースター乗車口に辿り着くと、
「このコースター、一番前の席を取りやすいのがいいよね」
桜子は満面の笑みを浮かべる。
「車両、こんな形なのか……」
一方、和雪は暗い表情だった。ミニコースターという名の通り車両は二つしかなく、最前列かそのすぐ後ろ側に乗るしか選択肢がないのだ。
「和雪くん、怖がらなくても大丈夫だよ」
桜子は優しく微笑み、和雪の右手を握り締めた。
マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、和雪の手のひらにじかに伝わる。
「あっ、ありがとう」
和雪は照れくさがりつつ、ぎこちない動作で席に座った。
「和雪くん、一番前は迫力ありそうだね」
「……うっ、うん」
楽しそうにしている桜子をよそに、和雪はここから逃げ出したい気分だ。
ほどなくして、座席の安全バーが下ろされる。
もう引き返すことは出来ない。
和雪は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。
〈発車いたします〉
この合図で、ミニコースターはカタン、カタンと音を立てながらゆっくりと動き出した。
こっ、怖い。特にこの発車してから落下するまでの時間が……。
和雪は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。
ミニコースターが坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。
「うをわああああああああああああああああああああーっ!」
そのあと一気に急落下。と同時に、和雪は思わず大きな叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じていたのだ。
「おううううううううううううーっ!」
桜子は満面の笑みで喜びの悲鳴を上げた。
「和雪君、けっこう怯えてるわね。さすがアルパカ系」
「カズユキくん、チキンで情けないけどなんかキュートッ!」
「和雪お兄ちゃん、降水量一ミリくらいおもらししてるかも」
「和雪さんは今、阿鼻叫喚していますね」
「E・カズユキ、この程度でこんなに怖がってたらスカイダイビングは到底無理だな」
和雪の自室から、エスニック少女キャラ達は楽しそうに観察する。
遊園地内。
「あー、すごく気持ちよかった♪」
ミニコースターから降りた直後、桜子は幸せいっぱいな表情を浮かべていた。
「……死ぬかと、思った」
和雪の顔はまだ蒼ざめていた。
「和雪くん、あんなちっちゃいジェットコースターで怖がるなんて、情けないよ」
桜子にくすっと笑われてしまう。
「だって、思ったより速過ぎて。車より速いくらいの速度出てたと思う」
和雪はやや震えた声で言い訳した。
「でも普通のジェットコースターよりは遅かったでしょ。じゃ、次はいっしょにプリクラ取ろう」
「いいけど。プリクラかぁ……」
桜子からの誘いに和雪は乗り気ではなかったが、手を引かれ無理やり連れて行かれる。
「あーん、お化け屋敷はデートの定番スポットなのにスルーしちゃったよ。つまんな~い」
「アルパカ系男女には不人気みたいね」
おばけ屋敷前を素通りされ、ファリーダとバネッサはちょっぴりがっかり。
「ミナも幽霊はなまら苦手です」
「あたしもーっ。怖いよぉ~」
「E・モニカ、E・クラリーチェ、幽霊なんて科学的に存在しないぜ」
びくびく震え出したモニカとクラリーチェに、マヒナは爽やかな表情で説明する。
遊園地にいる二人が次に向かった先は、メルヘンチックな外観のアミューズメント施設だった。室内へ入り、プリクラ専用機内に足を踏み入れると隣り合って並ぶ。
「一回五百円か」
ミニコースターと同様、和雪が気前よくお金を出してあげた。
「私、このパンダさんと写れるやつがいいな」
桜子に好きなフレームを選ばせてあげる。
モニターには専用機内部までは映らず、
「中でエッチなことしてるのかな?」
ファリーダはにやけ顔でこんな妄想をふくらませたのだった。
*
撮影&落書き完了後。
「きれいに撮れてるよ」
取出口から出て来たプリクラをじっと眺め感心する桜子。自分が見たあと和雪にも見せてあげた。
「桜子ちゃん、俺の顔に落書きし過ぎだよ」
和雪は苦笑いだ。けれどもちょっぴり嬉しくも思った。
「ごめんね和雪くん、ついつい遊びたくなって。あの、私、次はこれがやりたいな」
桜子はてへっと笑い、プリクラ専用機向かいの筐体に近寄る。
「桜子ちゃん、動物のぬいぐるみが欲しいんだね」
「うん!」
和雪からの問いかけに、桜子は弾んだ気分で答える。桜子がやりたがっていたのはクレーンゲームだ。
「あっ、あのナマケモノさんのぬいぐるみとってもかわいい! お部屋に飾りたいなぁ♪」
お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手のひらを張り付けて叫ぶ。
「桜子ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるから、難易度は相当高いよ」
「大丈夫!」
和雪のアドバイスに対し、桜子はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「桜子ちゃん、頑張って! 落ち着いてやれば、きっと取れるよ」
和雪はすぐ後ろ側で応援する。
「私、絶対取るよーっ!」
桜子は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。
「もう一回やるっ!」
桜子はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。桜子は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。けれども回を得るごとに、
「全然取れなぁい……難し過ぎる」
徐々に悲しげな表情へ変わって来た。
「俺も、あれはちょっと無理かな」
和雪が困った表情で呟いた直後、
「和雪くん、取って。お願い!」
「……わっ、分かった」
桜子にうるうるした瞳で見つめられ、和雪のやる気が少し高まった。
「ありがとう、和雪くん」
するとたちまち桜子のお顔に、笑みがこぼれた。
「和雪お兄ちゃん、心も温帯気候だね」
「カズユキくんには、思いやりと親切心が備わってるね」
「和雪さんは、なまら良きお人です」
「和雪君は立派なCaballeroね」
「E・サクラコもよく健闘してたぜ」
その様子を、クラリーチェ達もモニターを通じて楽しそうに眺めていた。
まずい、全く取れる気がしないよ。
和雪の一回目、桜子お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「和雪くんなら、絶対取れるはずだよ」
背後から桜子に、期待の眼差しで見つめられる。
よぉし、やってやるぞ。
それを糧に和雪は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗してしまった。アームには触れたものの。
けれども和雪はめげない。
「和雪くん、頑張って。さっきよりは惜しいところまでいったよ」
桜子からエールが送られ、
「任せて。次こそは取るから」
和雪はさらにやる気が上がった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは思わなかった」
取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。
和雪は、桜子お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。
「やったぁ!」
桜子は満面の笑みを浮かべて大喜びし、バンザーイのポーズを取った。
「たまたま取れただけだよ。先に桜子ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、桜子ちゃん」
和雪は照れくさそうに語り、桜子に手渡す。
「ありがとう、和雪くん。ナマちゃん、こんにちは」
桜子はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「カズユキくん、マブルーク!」
「Hau‘oli! E・カズユキ。Third time lucky.だな」
「和雪お兄ちゃん、Bravo! あたしもあのかわいいぬいぐるみさん欲しいな」
「わたくし、和雪君はやれば出来る子だと思ってたわよ」
「和雪さん、Поздравляю! Всё хорошо, что хорошо кончается.ですね」
モニター越しに眺めていたファリーダ達も大きく拍手した。
遊園地内の二人は他にもコーヒーカップなどいくつかアトラクションを楽しんだあと、最後の締めくくりに大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さが五〇メートルにまで達する、この遊園地一番の目玉アトラクションだ。
「和雪くん、せっかくだし、二人だけだし、あっちの方に乗ろっか?」
「……うん、いいよ」
シースルーの方かぁ。あれは平気だけど、もろにカップル向けだよな?
和雪は今からそれに乗ろうとしていた大学生らしき男女カップルにちらっと視線を向ける。もう一方のゴンドラは六人乗りのファミリー向けノーマルタイプだ。
和雪と桜子は二〇分ほど待って四人乗りのシースルーゴンドラに乗り込むと、向かい合って座った。係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していくと、
「ちょっと怖いけど、いい眺めだね。夕日もきれーい」
桜子は幸せそうな笑みを浮かべて下を見下ろす。
「そっ、そうだね」
早く、一周してくれないかな。
和雪は気まずさと若干の恐怖心が相まって、高いドキドキ感と居心地の悪さを感じていた。目のやり場にも困っていた。
二人っきりで観覧車に乗ったのは、お互い今回が初体験だ。
「この状況ならきっと砂漠のように熱いキスをするね」
「わたくしはしないと思うなぁ。和雪君にそんな勇気はないわ」
ファリーダとバネッサはわくわくしながら、観覧車内の二人の様子を観察する。
マヒナとクラリーチェは二人の観察に飽きたのか、ベッドにうつ伏せで並んで寝転がり和雪の所有するマンガを読み漁っていた。モニカは学習机備えの椅子に腰掛けて、和雪が学校で使っている国語便覧を熟読する。
それから五分ほどのち、
「あーん、結局キスなしかぁ。日本ではいまどき小学生でもキスくらいはするのにぃ。つまんなーい」
「ほらね」
バネッサは勝ち誇ったような表情で、がっかりするファリーダを眺める。
和雪と桜子は普通に取り留めのない会話を交わしただけで、観覧車は一周し終えたのだ。
その後も手を繋ぐとか抱き合うとかキスするとか、恋人同士らしいことはせず、二人は遊園地をあとにしたのだった。
☆
「おかえり和雪、桜子ちゃんとキスはしたかな?」
和雪は帰宅後、廊下にてさっそく雪英からにやけ顔で質問された。
「やるわけないって」
「やっぱり。和雪と桜子ちゃんとの仲、幼稚園時代から十年以上全然進展しないわね」
苦笑いで迷惑そうに答え、ちょっぴり残念がる雪英の横を通り過ぎ、洗面所へ。
手洗い、うがいを済ませて自室に向かうと、
「カズユキくん、今日のデートは楽しかった?」
今度はファリーダから質問された。
「うん。けっこう、楽しかったよ。デートじゃないけど」
「和雪さん、なまら幸せそうですね」
モニカは和雪の満足げな表情を見て、にっこり微笑んだ。
「みんなに、お土産買って来たよ。桜子ちゃんには俊也と秀則に渡すって言って怪しまれないようにした」
和雪は苦笑いしながら手提げ鞄の中から、チョコレートやクッキー、キャンディーなどが詰められた菓子箱を取り出した。
「わぁーっい! 和雪お兄ちゃん大好きーっ♪」
「マハロE・カズユキ、気が利くね」
「さすが和雪君、アルパカ系男子ね」
「シュクラン、カズユキくん。食べ過ぎには気をつけるね」
「スパシーバ和雪さん。なまら嬉しいです」
エスニック少女キャラ達みんなから大いに感謝され、
「どういたしまして」
和雪は照れ隠しするように頭を掻いた。
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