洋下の死闘鮪解体編

鳫金謳華

第1話

 伝説の寿司職人にならんと欲すウフフ=フフ=フフフは究極の寿司ネタを求めて日本海を越える日本海、大日本海へとマグロ


採りに旅立った。

 フフは海風の香りを確かめると、音速を超えて走る漁船の穂先にタイタニックで愛を語る恋人たちのように屹立した。

「もうすぐだ……数秒後に大トロを超えた大トロをその身に宿す大日本海の主、グランドツナマグロがその身を現す! ……今だ!」

 その声と共に亜音速に達した漁船はフフの身体を絶海の上に置き去りにした。無人の漁船で怪しく光るソナーにはフフの直観が示した通りの巨大な魚影が映っていたことは誰も知る由は無い。

 渦潮がフフの身体を深海へと引きずり込む。――想定範囲内だ。飯炊き3年握り8年の想像を絶する修行の果てに得たフフの身体能力は人間のそれをはるかに逸脱している。フフは入念なストレッチを行い、五十時間は深海で活動できるコンディションを確信していた。しかし――

「……! 腹が……!?」

 それは罠だった。

 フフが深海に潜ることを自前のネットワークで掴んでいた悪魔寿司組織四天王の一人が、フフの食事に有毒極まるハーブチキンささみ寿司を仕込んでいたのだった。

 炎天下でさらに毒性を増したそれには、さしものフフも絶対絶命。

 薄れゆく意識の中で状況の好転に努めるフフだったが、次の瞬間フフは深海の底に叩きつけられていた。

 言うまでも無い、敵の正体はグランドツナマグロであった。文字通り目にも止まらぬ速さで体当たりを仕掛け、水の抵抗などものともせずフフの身体を深海の底の底まで突き飛ばしたのだ。

 フフは絶望していた。自身の絶好のコンディションで戦ってなお勝率は五分という相手、さらに毒を仕込まれたこの身体でグランドツナマグロと互するなど不可能であった。

「クソ……!」

 しかし諦めるわけにはいかない。

 眼もかすむフフは超スピードで泳ぎまくるグランドツナマグロ(マグロは止まると死ぬ)を見切ることが出来なかった。抜き放った超次元刺身包丁をがむしゃらに振りまくるが、三枚に下ろされるのは文字通りの雑魚ばかりで、グランドツナマグロをとらえた手ごたえは無い。

「かくなるうえは……!」

 フフは賭けに出た。超次元刺身包丁を地面に叩きつけたのである。自慢の武器は根元から折れてしまった。これに困惑したのはグランドツナマグロである。久方ぶりの陸上の侵略者と期待していたのにこれでは拍子抜けであった。しかし珍味である人間の味は楽しむべくグランドツナマグロは超スピードで弾丸のように深海へと突き泳いだ。

 しかし、そこで異変に気付く。そして気づいた時には手遅れであった。

 海温が上昇している――!

 フフが最後に超次元刺身包丁で断ち切ったものは海中ではなくその海底のさらに下の下――地層であった。

 超次元刺身包丁で切断された地層は海底火山となって勢いよく海中に溶岩を吹き出す。それはグランドツナマグロに直撃し、その身を焼いた。

 焼霜造り――皮を焼き、脂の旨みを高める寿司職人の高等技術であった。

 しかしこれはフフの身体も焼く諸刃の剣、急いで息絶えたグランドツナマグロを回収して海面にバタ足の極地でこぎ出す。

 海面に顔を上げると、フフの勝利を確信した親方が船の上で笑って待っていた――

 後日、店でこのグランドツナマグロの焼き霜仕立て大トロ・中トロ・赤身食べ比べを落札する寿司オークションでまたひと騒動あったのだが、それはまた別の話――

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