魔鍋を目指して幾星霜 〜人化を夢見て〜
琴梨
第1話 →魔女→瘴気の森
生まれ変わったら鍋になっていた。
いやぁ、ない。これはない。いくらなんでもないですよ、神様。私が何をしたっていうのさ。
よくある転生モノで、剣や本などの無機物に転生、というのは見たことがある。剣ならわかる。魔力を帯びて装備者を助けるんだろ。本も同様、魔力の使い方がわかっていて使用者に知恵を貸すんだろ。
でもさ…鍋って。
鍋に何が出来るんだよぉーーーー!!!
私はいわゆる前世、高校生だった。JKである。そんな人生の花の時期と呼ばれる10代半ばを、大学受験に費やし、大学に受かり、さぁこれから、というときに儚い花を散らせてしまった。勉強一筋できたのでオシャレもせずに地味一辺倒だった私はキャンパスライフを楽しみにしていた。オシャレは必須、あれもしようこれもしようと、やりたいことは沢山あった…思い残すことが、ありすぎる。
思い残したことを頭に浮かべても、ちっとも現在やれる気がしない。そりゃそうだ。私鍋だもの。手もない足もない。いや、いくらファンタジーな世界でも、鍋に手や足があったらホラーだ。いやシュールか。これでもしも魔力があるなら、なんとかなるのではないか。そう考え、色々試行錯誤してみたのだが、魔力のまの字も自分に芽生える気がしない。おかしい。こういうときは、何かしらチートっぽいのでぱぱーっと魔力を扱い人化したりするのではないか。
今の私はあれだ、モノに意識が宿る付喪神というモノに近いモノだ。ただ、私の思う付喪神ではない。付喪神は長い年月を経て、何らかの意識が宿り喋ったり動いたりするものだと思っている。私は喋れないし動けない。長い時を経て動くことができるようになるまで…止めよう、これ以上考えると落ち込んでいく。
とにかくどうしようもないので、人生流れるままに任す。
そんな私は今、雑貨屋に並べられている。他の鍋達が周りに並んでいる。他の鍋にも意思が宿っているのかと思い、意志の疎通を図ろうとしたのだが、口もテレパシーが使える訳ではないので無駄だった。多分何も反応ないので、意思がない鍋達なのだろう…。そもそも何故私が周りを認識出来るのかが疑問なのだが。
雑貨屋に客が来て、鍋を物色している。ローブを着た、いかにも魔女なおばあさんだ。私はビビッときた。使われることでなにか魔法的な行為で魔力を纏うことが出来るのではないかと。そう考えた私は、おばあさんにアプローチをかけた。といっても何も出来ないのだが。それでも、僅かな望みにかけて祈った。私を買えと。
おばあさんは私に目をつけたかと思うと、眉をひそめてガン見してきた。こ、怖い…。しわくちゃな顔に埋もれた目に不思議と目力がある。おばあさんは私に顔を近づけてきたかと思うと、マジマジと私の体を舐めるように見回した。そして、ニマァ…と笑ったのだ。
ヒエエエェエッ!食べられるっ!
このおばあさんに賭けたことを後悔した。身の危険を感じる。買われたら絶対いいようにされる。てか本当に食べられる。人身売買とか。あ、今私鍋だった。人じゃないから人身売買なんて出来ないし、せいぜい転売か。金属を食えるもんならくってみろ。
おばあさんは私を店員さんに顎で示すと、お金を払い住処へと連れて帰った。
まあ、買われたからには働きますよ。…だからそんなに顔近づけないで…食わないでね?ご主人様。
《唯の鍋/──
耐久値:5/5
素材:なんだかよくわからないモノ
説明:召喚された魂が何億分の一かの確率で鍋に宿ったモノ》
──────────
それからの私はブラック企業も真っ青な1日二十四時間フル稼働の毎日を送った。私の中になんだかわからない草やら粉末やら液体やら突っ込んだかと思うと、コトコト煮るのだ。ドロドロのぐっちゃぐちゃにしたものを容器に移し、洗ってまた新たに作り始めるのだ。まだ草とか粉とかならいいんだけど、長い尻尾のついた4足歩行動物の黒焦げになったのとか、グロなものを入れられることもあった。こんなの何作るんだと思ったが、いかにもファンタジーな行為だと思ったので我慢することにした。それもこれもすべては魔力のため。続けていたらいつか、私にも魔力というものが備わると信じている。しかし二回目にGで始まる黒光りするアレを入れられたときには気絶するかと思った。このときは気絶すら出来ない自分を恨んだね。必死に意識を別に逸らしていたが。精神力は鍛えられたと思う。
そしてそんなことの他にも精神力が試されていると思うことがあった。それは魔女のおばあさんだ。私に近づき、じっと見つめているかと思うと、徐にニタニタァ…と笑いかけるのだ。怖いよ…!ちびるかと思ったじゃん!
そんな毎日を送っていたのに、ちっとも魔力的な何かを感じることは出来ない。詐欺だ!この鉤鼻!訴えてやる!
…意思伝達出来ない自分がもどかしい。
それでも私は諦めきれなかった。どうにかして意思の疎通を図ろうとしていたが、とうとう本体と蓋の取っ手が取れてしまった。確実に働き過ぎである。いや、扱いの悪さが耐久値を超えたか。
おばあさんは床や机に置く時に、ドンドンガンガン、とにかく荒かった。すると当然凹みができる。私のツルツルボディに凹みが出来てから、おばあさんは荒れている。私を見るたびに顔をしかめ、八つ当たりをする様に叩いていくのである。扱いが雑になると凸凹もひどくなり、ひどくなると扱いがざつになり…と悪循環となり、とうとう本体の取っ手と蓋の取っ手が取れてしまったのだ。
おばあさんが私に対して何か怒鳴っている。何を言っているかはさっぱりだが、蔑んでいるのはわかる。そんな。私達うまくやってきたじゃない。
あれ、どこ行くの?こんなとこ来てどうするの?え、え?
ひえー捨てるの?!待ってこんなところに置いてかないで! えっ直したりしないのか?この世界ってそんな簡単に金属製のものすてるほど資源溢れてるの?MOTTAINAI精神はないのか?日本人を見習え!
やめて!もう鉤鼻とか言わないから‼︎
【薬売りのおばあさん】
わしは大通りにある雑貨屋へと足を運んだ。長年愛用していた、薬作りには欠かせない鍋が壊れてしまったのだ。それはもう、直すことができないレベルで。
雑貨屋に入るとわしは運命の出会いをした。思わず食い入るように見てしまったくらいじゃ。黄金色に輝くボディ、陽の光を照り返す滑らかさ。そして何より、磨き込まれた鏡のような表面にわしの目は釘付けになった。
そこに映ったのは、ギョロっとした目、鉤鼻の目立つ顔。でも今気になるのはそこではない。何時もより皺がない顔。ツルツルな鍋に映る、ツルツルなわしの顔。何年ぶりだろう…、こんなシワのない顔。わしは思わず鍋に顔を近づけた。
これだ!これしかない!
運命的なものをその鍋に感じたわしは、店の者に代金を支払い、家まで持って帰ったのだった。
しかし、ツルツルなわしの顔を拝めるのも僅かな間だった。思ったより壊れやすかったのか、凹凸のない鍋の表面に凹みが出来たかと思うと、どんどん傷やらデコボコやら出来てしまったのだ。さらばわしのツルツル顔。ツルツルの切れ目は縁の切れ目。わしは腹立ち紛れに、瘴気漂う森に投げ捨てたのだった。
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《唯の鍋/──
耐久値:2/5 精神値:10/10
素材:なんだかよくわからないモノ
説明:召喚された魂が何億分の一かの確率で鍋に宿ったモノ》
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…捨てられてしまった。それも木々茂る森の中。力一杯、ばあさんのどこにこんな力があるんだっていうくらい、放られた。ポーンって。そしたらカーンって木に当たった音が森に響きましたよ。痛かった…。鍋でも痛みを感じるんだね。心が痛かったのよ。
鬱蒼としていて光が届かず、暗い。それになんか瘴気?のような物が漂っている気がする。よくわからないなりに、体によくないものが空中にある気がするのである。普通、こんな森の中なら小鳥の鳴き声やら虫の跋扈やら見られるはずなのに、静かなもんだ。薄気味悪い。
それにしても本当に生き物がいない森だな…こんな所に捨てるなんて、あのばあさん、私に恨みでもあるんだろうか。…はぁ。
…………。
……。
ん?人の声がする?
『──★ー∇∩♂〻£…→€:¥\○+』
『───♪$°・=〒』
…何を言っているのかさっぱりわからん。自動翻訳機能はオフになってるんだな。オンにする方法はわからんが。思えば、魔法使いのおばあさんはほとんど話さなかったし、言葉を覚えるまではいかなかったな。そのうち何か作用してわかるようになるんだろ。
私を拾ったのは、冒険者っぽい姿の男達だった。いわゆるパーティというものだろう。ふむ、次は君が私の主ということだな。ふつつか者だがよろしく頼む。
えーと、何?私の顔に何かついてる?
男は私のボディを見て何か訝しむ顔をしている。
何?何?
森を出ると、近場に真っ白な馬が待っていた。その馬には、私を拾った男が1人で乗り、仲間達は徒歩であった。勿論私は男の背中である。紐で縛り付けられて。…白馬に乗った王子様にお姫様抱っこされた姿を妄想したなんてことは、ない。断じてない。
その男は、道具屋らしき店に私を連れて行った。そして店主に渡し、引き換えに硬貨を手に入れホクホクした顔で店を出て行った。
……短い間だったが、世話になりました。
……いいもん。
これが、後に魔鍋のパルスーアと呼ばれる私の、プロローグである。
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