饒舌なる死者8話目

 ピンクのガーベラの件が気になったので、あの後、綾奈に何度かメールを送ったが反応がない。

 二日後の深夜に、突然メールの返信がきたが、そこにはサイトのURLのみが記してあった。どういうことだろうかと、パソコンを開いて、そのURLに行ってみたら……そこは動画サイトで、個人が撮った動画ライブなどを観られるYoutubeだった。


 画面を開いた瞬間、そこには懐かしい男の顔があった。

 古賀真司――俺の記憶の中の奴よりも大人びていた。ボサボサの髪と無精ひげ、黒ぶちの眼鏡をかけて蒼褪あおざめた風貌は実に冴えない。

 十年もニートをしていたら、こんな風になるのだという典型のようだった――。


 だが、待てよ! 古賀はもう死んでいる筈だ。

 これは奴の生前の動画なのか? 投稿日は今日になっているが、誰が動画を投稿したのだろう? もしかして生前に予約投稿して置いたのかな? そうだとしても古賀が死んでからすでにひと月は経っている。なぜ今頃になって……? 何かタイミングを計っていたのか、もしも俺の動向を窺ってこの動画をUPしたとしたら……やっぱり、死んだ古賀ではなさそうだ。――姿の見えない第三者の可能性もある。

 いったい、この動画の中で何をしようとしているんだ?

 俺の疑問はどんどん膨らんでいくが、動画はゆっくりとしたペースで始まった。BGMはモーツアルトの《レクイエム》キリエだった。


 荘厳なクラッシック音楽と共に古賀の話が始まった。


『みなさん、僕は古賀真司こが しんじという者です。僕はある男の過去の罪を断罪だんざいするために、この動画を投稿しました。まず、写真をご覧ください』


 女性アスリートの写真が何枚も映し出されていた。走っている写真、笑っている写真、友人たちと談笑している写真、どれもイキイキとして生命感が漲っていた。


『彼女の名前は鈴木由利亜すずき ゆりあ、十七歳。女神のように美しいアスリートでした。だが、もうこの世には居ません。十年前、彼女は自ら命を絶ったのです』

 古賀は悲しそうに、しばらく黙とうしていた。

『なぜ、彼女が死を選んだのか。その理由を知っているのは、僕とある男だけです。その男は欲望のために由利亜さんに近づき、彼女を狂わせてしまった。そして、酷い方法で捨てたのです。僕は何も知らずに、あの男の姦計かんけいに加担させられました』


 目隠しをされて、下着姿でベッドに横たわる由利亜の写真が映し出された。


『これは由利亜さんの最後の写真です。この数時間後に特急電車に飛び込みました。死を選んだ理由は酷い屈辱を受けたからだと思います。この写真を見て想像してみてください。詳しい状況は彼女の名誉のために申し上げられませんが、彼女にこんな酷い格好をさせた、あの男の罪は断じて許すことはできません。その男の名前は――』


 ひと呼吸してから、古賀はパソコンの前のネットユーザーたちに向って、俺の名前を大声で叫んだ。


 その声にうろたえて、俺は耳をふさぎたくなった。――まさか、古賀の奴に十年も経ってから、こんな形で復讐されるとは思ってもみなかった。


『十年間、僕は鈴木由利亜さんの喪に服していましたが、もう終わりにします。この動画がUPされる頃には死んでこの世にはおりません。今の僕にとって死は魂の解放であり喜びなのです。やっと、やっと由利亜さんの元へ逝けます。最後まで、ご清聴ありがとうございました』


 深々と頭を垂れた古賀真司の姿が、画面からフェード・アウトされていった。


 Youtubeを見終わって、俺は茫然としていた。


 この動画を観た人たちがどう思うだろうか?

 イタズラだと思うだろうか? 真実だと思うだろうか? 実際に古賀は自殺して今はいないのだから、そのことを知っている者たちの批判は俺に向けられるかも知れない。

 閲覧数を見たら、まだ87人とそう多くはない。すぐさまサイトの管理会社へ削除要求のメールを出した。

 動画のコメントは一件だけ入っていた。

『ピンクのガーベラ 1日前:花言葉=熱愛・崇高な美・崇高な愛・童心にかえる』

 ホテルのベッドにピンクのガーベラを綾奈は残していった……コメントを書いたのは、この動画のURLを送ってきた綾奈のような気がする。古賀亡き後、Youtubeに、この動画をUPしたのは、もしかしたら……綾奈の仕業ではないかと思える。――竹田綾奈たけだ あやな、あいつはいったい何者なんだ?


 翌朝、同窓会の幹事をしていた女に電話して、竹田綾奈のことを訊ねたら、

『竹田綾奈さん? 彼女は五年前に病死してますよ』と返された。

 竹田綾奈は死んでいた!?

 じゃあ、同窓会の夜に出会ったあの女は誰なんだ。そこで黒いドレスの派手な女のことを訊いたら、

『あの人はクラスは違うけど、三組だった、水口珠美みずぐち たまみさんだと思います。高校の同窓会に参加したいと、前日に連絡受けてクラスは違うけどオーケーしました』

 水口珠美みずぐち たまみ? 俺の記憶にそんな女の名前はない。

 ――待てよ。三組……三組といえば、たしか鈴木由利亜と同じクラスじゃなかったか? ひょっとすると、由利亜と関係している者かも知れない。

 あの女は本物の竹田綾奈じゃなくて、ニセモノだったのか? だとすると、なぜ、死んだ女に成りすまして……俺に近づいたんだろう?

 考えを巡らし黙り込んでいると、電話の相手が喋りだした。

『あのう、昨日、変な手紙がきたんです。YoutubeのURLが書いてあって、これを観てください。って、そう書いてありました。それで気になって、パソコン開いてネットで観たら……死んだ古賀君の動画でした。あなたの名前を叫んでいましたが、あれは事実なんですか?』

 いきなり、そんなことを訊かれた。

 YoutubeのURLは俺以外に、同窓生たちにも送っていたということか!? だとしたら……俺を知る何人かが、あの動画を観たことになる。こ、これは非常にマズイ事態になった!

 その質問に動揺して、シドロモドロの弁解をして、うろたえながら俺は電話を切った。

 ……ここに来て、十年前の事件の毒が俺に回ってきたようだ。

 竹田綾奈と古賀真司、あの二人はどういう関係なのだろう? あいつらは俺を罠に嵌めるために、裏で繋がっていたのかも知れない。 ――釈然としないが、ある疑問が頭をもたげてくる。


『君に訊きたいことがある。至急連絡を下さい。』

 竹田綾奈と名乗る女にメールを送った。

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