ひきこもりとウェンディ
ユウキ ユキ
小さな女の子
『GW初日は、いつメンで弾丸河原バーベキューからの〜久しぶりの元三高飲みーーっっ
最近会えてなかったから語ることありまくりんぐ(死語w)♡
まっちんの愚痴言いまくりー←ぇ
で、安定のまっちんの送り迎えつきっていうね!笑
皆にノロケんなー言われまくったけど、止められなかったよね!笑
帰り際ちぃの好きなアイス買ってくれてバイバーイして、すごい寂しくなったので寝る前まで電話しちゃったっていう…どんだけだよ( ̄∀ ̄)
でもまた朝になったら即会うんだけど。笑
今日はこれからまっちんカーでディズニー行ってきま~~~っ超楽しみすぎるっ!!』
ケバくて頭悪そうな女と、自分大好き!って顔面に書いてあるような気取った男のアップ。
うわーキモイ、と思いつつ最後まで読んでしまった俺。来年29歳。ひきこもり。
ネトゲ仲間の誘いでSNSのアカウントを作ったものの、友達ひとり。プロフィールも投稿もなし。
でも毎日ログインして、全体公開になっているリア充たちのくだらない日記を読み漁っている。
アホだよなぁーなんで見ず知らずの他人にまで生活水準や状況をこと細かく露呈しまくっていることに危機感を感じないのだろうか。
でも、急に鍵をつけて見れなくなったりすると途端に悲しくなる。
アホはアホのまま、世間に公開オナニーを配信し続けてくれ。
俺はそれを楽しんでるから。
歪んでいる。
実に歪んでいる。
俺がこんなふうに屈折し廃人のようになって、もう十年以上経つ。
努力して合格を勝ち取った進学校を1年の終わりに中退し、そこから自宅にひきこもるようになった。
しかし外に出ないだけで家の中はウロウロしている。特に日中は誰もいないことが多いし、汚すぎるのも嫌なので部屋の掃除をしたり風呂に入ったり、案外気ままに過ごしているのだ。
ただでさえ仕事人間で空気的存在だった親父は、俺の高校中退がよっぽどショックだったのかより一層家庭に距離を置くようになった。ウケる。お前がかーちゃんを数度孕ませて作ったサークルだろうが。
とりあえず単身赴任という形で彼は脱退したことになっている。
次期リーダーとなったかーちゃんは、働かない俺、大学院に進んだ弟、俺が中学の時にもらってきた雑種犬、の生活のために必死にパートする毎日。
今はパート先のコミュニティと趣味で始めた陶芸教室に居場所を見つけて楽しそうに出掛けたりもしているが、
俺とたまたま出くわした時なんかは化け物でも見るような顔で心底ギョッとした顔をする。いや俺お前の股の間から出てきたんですよ…
最初は心配の種だった息子の存在は、次第に不安要素、憂鬱の原因となり身体に潜む癌遺伝子に似た扱いになったらしい。
まあそれはそうだろうな。
申し訳ないので極力顔を合わさないように、家の中に人がいる時は忍びの者みたいな足取りで、気配を感じ取り息を殺して過ごすようにしている。
そう、こんな俺。
最低な俺。
最低だと開き直っているクズな俺。
俺に未来はない。わかっている。
学歴は中卒だしろくに授業も聞かずに辞めたので学力は受験勉強で止まってるどころか、今は小学生レベルだろう。
日に焼けてない肌は白く、ツヤは良いが年相応に劣化している。
運動神経は悪くこれといったスポーツも趣味になく。
今は全然動かない生活のくせに好きな時間に好きなものを食べてゴロゴロしているせいで太ってきた。
顔は生まれつき不細工。
テレビで若者世代から圧倒的支持を得ている俳優とかアーティストとか見ると、
演技や音楽でどんなに訴えてくるものがあろうと、結局は顔なんだろ。
スタイルなんだろ。
としか思えない。
持って生まれた身体的ポテンシャルがそもそも違いすぎる。絶対に埋まることのない格差。
あんな風に生まれてたら俺もこんな人生じゃなかったよな。
みんな、女の股から出てきて産声あげてるのは同じなのに。
平等なことなんて有り得ない世の中だとは気付いていても、やりきれない。
そんな思いで日々、テレビを眺めたりパソコンをいじってる。
画面の中にいる他人はみんな、楽しそう。充実してそう。
そんなもの上辺だけ取り繕った偽りだったりもするんだろうなと思いつつ、限りなく現実的にみせることができる彼らと、狭い部屋から動けずにいる自分の違いはハッキリしている。
中学のクラスメイトだったあの娘は、結婚して子供がいて、家族で旅行に行った写真をアップしてた。
岩の前で小さい子供が泣いてるショットと、内側カメラで撮ったであろう家族のスリーショット。
今年も来ちゃった~でっかいヒトデに息子ギャン泣きでした!
だって。
嘘じゃないだろうな。
仮に旦那が浮気性で毎日暴力振るわれたりして泣いてたとしてもさ、
今こうやって海で写真撮ってる瞬間は間違いないよな。
俺なんか嘘つきたくても、まず海に行けないし。
写真撮りたくても被写体が部屋のフィギュアくらいしかない。
まさか自撮りなんて、こんな脂ギッシュな小デブ誰得。
「はぁーリア充爆発しなくてもいいけど、俺の人生なんなんだよ…」
テレビを付けたら、巷で話題の現役東大生モデルがバラエティに出ていた。
10代~20代女性からの支持率85%(番組調べ)らしい。その上ラクロスで全国大会にも出場経験あり。最近の趣味は料理。
ですってよ。
ブツっと電源を切って、リモコンを投げてベッドに飛び込んだ。
「やっぱりこんなやつは爆発しろ」
皆クソだ。恵まれてる奴らは皆クソ。
早く不幸になればいい。
『じゃあさー自分はどんな風に見られてると思う?人を惹きつける魅力が自分にあると思ってるの?』
眠くて目を擦っていた指のあいだから、覗き込むようにして人の顔らしきものが見える。
「うわ何っ」
びっくりして飛び上がり、ベッドにオネエ座りする形になった。
頭おかしいと思わないでね。
俺の目の前に、小さな女の子がいる。手のひらサイズ。ちょうどリモコンくらい。
最初枕元にあるフィギュアがしゃべり出したのかと思った。童貞の妄想も極まるとここまでくるのかと。
でも顔の半分が目でもないし、水色やピンクのツインテールでもない。
普通に、ホンモノの人間の縮小版だった。
ストレートボブに黄色いワンピースで、羽根もないしプカプカ浮いてもないから妖精ってかんじでもない。
『驚いてるね』
唖然とする俺の表情を見て、真顔で素直な感想を言ってきた。小造りな印象を受けた顔だが、瞳ははっきりとしていて存在感がある。割と美少女である。
こじらせてる。絶対に。
10年という歳月で俺の精神は着実に蝕まれていった自覚は今までも持っていたつもりだ。
しかしここまで酷く、脳内から飛び出た幻想が視覚や聴覚をも狂わせてしまう域に達していたとは。
「驚くよ。…これって夢の話?病院行ったほうがいい系?」
『童貞の妄想系じゃない』
不敵な笑みを浮かべる彼女。
ありがちなツンデレ系じゃないか…これは俺が作り出した、願望に基づく哀しい夢物語なのだと確信した。
いかん段々楽しくなってくる。
どうせ特に変調もない毎日。俺が自分に与えたつかの間のプレゼントだと思い、しばしこの妄想劇場に身を委ねてみよう。
「なんでそんな格好?」
自分の希望としてはそこは制服であって欲しかったので、とりあえず唐突に質問をしてみた度胸というか無理矢理な展開の仕方はなかなか良かったと思うが、心なしか声が震えていた。
そういえば最後にリアルに人と言葉を交わしたのはいつだっただろうか。
『まずそこ?』
その幻覚少女はひとしきり机の上を歩いて周り、キーボードに腰を落とした。
『なんかピーターパンに出てくる妖精っぽいイメージで、選んだだけ』
「あーウェンディとかいうやつ」
『バカだなぁー結構みんな間違えてるけど、ウェンディはこどものひとり。それティンカーベルだからね』
斜め上をいくアホそうな理由に、更にアホな返答をして正されてしまった。
今までウェンディだと思ってたよあの小さい妖精。
「なんでここにいるの?」
『格好の前に聞けよってかんじー。別に理由なんていいじゃん』
まあ確かにそうだ。
存在自体が俺の中の脳内限定なのだから、理にかなった説明なんて求める必要はない。
ただ自分が創り出したキャラにしては、なんとなく刺々しいところもあるし、惜しい感がある。もっと100%理想に近くあって欲しい。現実は何一つうまくいかないんだから、せめて妄想の中くらいは。
『人気者になりたいの?』
「別に」
『だって人を妬んでばっかり』
キーボードのエンターをカチカチつつきながら、小さい美少女は言う。
「妬んでるって…ああまあそうだね。俺こんなんだし」
『こんなって?』
「いやだから、わかるでしょ。あんた俺から生まれてるなら。こんなひきこもりのアラサーですから」
『ひきこもりやめて外に出たらひきこもりじゃなくなるよ』
俺をじっと見つめる彼女の瞳に一瞬息をのんだ。何これ。確かに可愛いけど、きつい。内容がきつい。
「今更ひきこもりやめたところで、俺は俺だから。学歴もないし頭も容姿も運動神経も悪い小太りキモオタクだから」
うわー自分で言ってて辛くなってきた。
『そうだね』
即肯定する美少女。悲しい。
「そうだよ」
『でも容姿って、好みは人それぞれだから一概に良い悪いってないと思うけど』
俺慰められてる?
てかなんでこんなファンタジー溢れる世界でまで傷ついたり説教されなきゃいけないんだろう。
ウェンディ、じゃなくティンカーベルもどきの美少女はワンピースから出た長い手足をブラブラさせながら気にも止めない様子で続ける。
『何を重視するかって個人で違うよね。二重より一重が好きな人もいるし、デブが好きな人とか。男に体型の良さやスポーツできるかどうかなんて求めない女子だっているし』
「でも、悪いより良い方がいいだろ絶対」
『そうだね。本人が“悪い”って認識してるものを、良い方に変えようともしないでほったらかしにしてる人よりは』
そう言って、キーボードに詰まったポテチのカスを指でほじくっている。
『ピザポテト?』
「…ピザポテト」
ウェンディ、略。は小さくため息をついたあと少し離れた箱ティッシュまでつかつか歩き出した。
『ピザポテト食いまくって太って何が悪い!って思える人のほうが魅力があるってことだよ』
はみ出た1枚の角で指を拭い、今度は箱の上に座る。
「それって開き直りじゃん」
『それは君がそういう価値観なだけ』
「…」
『自分が気に入らないのよ。デブなことも頭が悪いのも運動神経が悪いのも。そこ譲れないんだから、もし仮にこの先君を好きになってくれる人が現れたとしても、君がその人を受け入れられない。きっと』
ウェンディは生意気だ。生意気で、正論を言う奴だ。
「仮に、って。永久に現れないよ」
『うん』
「ほらやっぱり」
『だって本当は変われる、と思ってるでしょ』
また俺は黙る番。
『心底嫌なことなら変わろうとして、別にそのままでいいんだと本心から思えることには明確な理由を持って胸を張るの。そうすると、自分を求めたり認めてくれる人に、気付くの』
ウェンディは立ち上がって向かってきた。
『突然現れるんじゃない、自分の視界に入るようになるのよ』
白くて細長くて綺麗な脚。
こんなに恵まれた容姿だから、そんな強くいられるんじゃないかとも思う。
でも彼女の言葉ひとつひとつがズキズキ痛く、
そしてそれがそんなに嫌でないことを
さっきからうっすらと感じていた。
『私、首の後ろに傷があるの。うなじから肩にかけて、すごい傷。あざみたいになってもう消えない』
俺のすぐそばに腰を下ろした彼女が唐突に言ったので、無意識に目を向けてしまった。
当然だが、髪で隠れている。傷とか、俺が作ったの?
『見る?ほんとエグイ。グロイ。キモいかもよ』
「…いやいい」
カラッと笑うウェンディに狼狽しながら、首を横に振った。エグイのもグロイのも何でも結構。その耐性は人よりかなりあると思うが、その後の対応で彼女を傷付けてしまいそうで断った。
いやそんなことで傷付かないのはわかっている。気を遣ってうまい言葉を探
したり躊躇したりする自分の姿を見せたくなかったのが大きい。
『ふーん優しいとこあるんだね』
「別に」
『夏とかさぁ、嫌だった。髪あげるのも。あと体育とかね』
季節?体育?そんなのあるんだ。設定がまたもよくわからない。ウェンディは妄想生まれ妄想育ちじゃないのか。
『でもそれって、自分の努力じゃどうにもならないから』
前を見据えた彼女の横顔はやはりとても綺麗だった。
『だから頑張る必要ないの。隠したり、卑屈に思ったり恥じたりも』
「うん」
『そしたらさ、首の傷のことがそれほど問題じゃないって思ってくれる人も結構いるんだなって気付いたの。違う部分で私を見てくれる人。』
「うん」
『自分がすっごく気にしてた時はわからなかった』
「…」
『私が心から、いいんだ。って思えた瞬間から、そういう人たちが沢山存在していることを知った』
彼女は美しくて、それだけじゃなくて、強い。どうしてこんなふうに強くなれるんだろう。
「それでも、何か色々嫌なこと言ってくるやつはいるだろ」
ひねくれた俺はこんな言葉が出てきてしまう。
『いるよーいるいる。ただ、自分の内側からの自信が感じられると、途端に心が強靭になってくるっていうかさ』
「ふーん」
『根拠のないヘナヘナなことにも、がっつり厚みや骨組みをつくっていけるのはいつだって自分の腕でしかないのよ。多分』
そう言ってウェンディはか細い腕をパシパシッと叩く。
俺は白くて、太いだけの自分の腕を見下ろした。
『配慮のない言葉やすんごいムカつく言葉を浴びせられることもある。そういう時は、そういう人種とぶつかっちゃった時はね、犬のうんこ踏んだとかペンキ塗りたてに座っちゃったとか、そんな程度に思っとく』
「よくあるわけじゃないけど、不幸ーーみたいなかんじか」
『そうそう。ついてねー!だよ。コンビニ出たら土砂降りーー肉まん濡れちゃうーー!!みたいな』
コンビニか。肉まん買ったんか。
ティンカーベルからかけ離れ過ぎてるけど、彼女の話にある現実味のある部分が嬉しい。
「肉まんは袋に入ってるし服で死守するしかないな」
『そう。どんな濡れて帰っても、家に帰ってお風呂入ってテレビ観ながら肉まん食べてたら、どうでもよくなる。色々なことがあるうちのひとつでしかないのよ』
この子、面白いな。
俺の頭の中で造り上げたのに。
『話ズレたけど』
「うん」
『君のこと一番嫌ってるのは君だよ』
「知ってる。すんごく知ってる」
『まわりじゃない』
「いやまわりもだよ」
『誰?』
「えーみんな。親…とか」
『聞いた?』
「わかるから」
『親すき?』
「きらい」
『嫌いと思ってる人から好かれなくたっていいじゃん。逆だったら無理じゃない?お前無理キモイ嫌いーでもこっちのことは好きになれよ。って』
「…」
『外には、色んな人がたくさんいるよ。その人たちが自分のこと嫌いだって、決めてるのは君。他でもない君』
「外には出れない」
『知ってる』
ウェンディ俺、哀しくなってきた。
なんでだろう。君と話せて、久しぶりに人と会話ができて嬉しかったはずなのに、君が現れる前よりずっと、哀しくなってる。
「待ってもいない誰かのためになんか、外に行けない」
『そうかもね。でもいつだって、一番最初に動くのは自分なんだよ』
小さな美少女は勢いよく立ち上がってこちらをじっと見据えた。
『動けば視界は変わるから』
『私いくね』
「帰るの?どこに?」
『さて』
「待って」
『…私が明日、家の外で待ってるって知ったら出てきてくれるよね。きっと』
「そうかもしれない」
何顔赤くしてんだろう俺。
でも本心だった。
だいぶ封印していた、正直な気持ちを外に吐き出す作業を思い出してきた。
『なら良かった』
『そう思える人、誰でもいいから見つけて』
「おまえがいいんだよ」
『外に出たら、絶対出会えるから』
「絶対とか言うなよ」
最後に、ウェンディは笑った。
ウェンディじゃないのに、結局ウェンディになっちゃったし。
『最初の1歩は何だっていいの』
彼女が残したのは、端にピザポテトの脂が付いたティッシュだけだった。
ワオーンと、玄関から雑種の鳴く声が聞こえた。
そういえば、名前ド忘れした。
あの犬の名前。
まあ何だっていい。思い出すまでウェンディだっていいのかもしれない。
明日、散歩に行こうかな
ふと頭の片隅で思う俺がいた。
ひきこもりとウェンディ ユウキ ユキ @yuki1820
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