第14話 帰れないわけがある

「え~琴音、実家に帰るの?」

「うん、お盆休みだからね、奈美は帰らないの?」

「うん…お金が、電車乗れない…」

「経営不振なの?薄々気づいてたけど」

「うん…夏休みはヒマなの…あのね…心の診療ってなぜか休みの間は大丈夫な人が多いのね…だからヒマなの…仕事とか学校が始まると、また病気になるの」

「あ~なんかわかる気がする…マンデーがツライシンドロームね」

「アタシ…毎日ツライ…エブリデーマンデー気分シンドローム」

「奈美ーおとといのカレーまだ食べれそうだけど、お昼カレーでいい?」

 はながキッチンから奈美に声をかける。

「カレー飽きた~、カレーにさ~シチュー混ぜてみようよ~」

「うん、解ったー」

「仲よくやってるのね…華ちゃんと」

「うん」

「まぁ…そんなわけだから5日間ほど田舎に帰るからねアタシ」

「うん…早く帰ってきてね」

「うん5日って言ったよアタシ」

「うん…おみやげ…」

「食べ物買ってくるから…ね」

「うん…甘いの」

「解った。じゃね…華ちゃんにもよろしくね」

「うん…よろしく伝える」


 ………………♪♪………………

「誰?琴音?」

「うん…実家帰るんだって」

都落みやこおち?」

「違うよ…お盆だから帰るんだって」

「ふ~ん」


 PiPiPiPiPiPi…

「奈美…電話だよ~」

「うん…」

「出ないの?」

「う~ん…出る~」

「もしもし…お母さん…うん…今年は帰れない…うん…あのね~親戚の子供を預かってるの…うん?…誰の子?親戚の子…どこの?遠い親戚の子…うん…うまく言えないんだけど…ハトコ的な子…うん…名前?鳩子はとこ、じゃあね…忙しいの…切るね…」

 まさか…実の親に親戚の子を預かってるってウソをついた奈美。

 お金が無いことを心配させたくないあまり、両親に予想外の心配を、ぶち込んだことにまだ気づいていない。


 ………………♪♪………………

 ベランダで風鈴が風流な音を奏でる。

 その下でネッシーがカメのエサを食べている。

 金魚鉢で飼われるネッシー…違和感がないのは奈美が自然に飼っているせいだろうか?

 不自然を自然に受け入れる女。それが奈美。


「奈美~、具がないよ~ルーばっかー」

「え~、冷蔵庫の中に何かないの~」

「納豆とー、豆腐と…ひじきがある」

「大体、大丈夫そうね」

「大体、ダメなんじゃない?」

「納豆カレーとかあるじゃないの~大丈夫よ…豆腐も大豆だし」

「なんかねー、カレーよりビーフシチュー比率が高めなんだけど」

「色は~」

「色?…腐ったヒマワリみたいな色してるー」

「ひじきがアクセントになるわね!」

「入れちゃう?」

「うん、ひじきから入れてみて~」

 ひじきをドバッと鍋にぶち込むはな

 金魚鉢を頭上に掲げ、下からネッシーを眺める奈美。

 スイーッと泳ぐネッシー(体長15cm)

「奈美~カリーチュー(カレー+シチュー)がなんか…蟻がたかったみたいで気色悪い感じに仕上がった~」

「豆腐ね!白を投入して!中和よ!」

 豆腐をボチャッと入れてかき回すはな

 金魚鉢にカメのエサをぶちまけてアワワと慌てる奈美。

 エサに埋まるネッシー。

「奈美~ピカソの絵みたくなった~抽象画?芸術の域に達したよ」

「納豆で現実に引き戻すのよ!惑わされないで!」

 納豆を3パックALL INするはな

 金魚鉢の水替え途中、ひっくり返してシクシク泣きながら雑巾がけする奈美。

 奈美の足元でネッシーがペタペタ歩く。

「奈美~ボンドみたくネバッてきた~なんか目がシパシパする~」

「豆乳を足して!水分を補充するのよ!液体に戻すの!」

 1リットル豆乳パックをゴボゴボッと鍋に流し込むはな

 なんだか生臭くなったフローリングに消臭剤をシュッシュッする奈美。

 ソファーに登らんと果敢に挑むネッシー。

「奈美~豆乳がカリーチューと混ざらない~相性悪いみたい~」

「…………はな、投入できる戦力は?」

「えっ?豆乳…あっ投入か!…アイスとケーキ…あっ!饅頭」

「撤退よ!後方に向かって前進よ!」


 ………………♪♪………………

 マンションの窓は全開、換気扇はフル回転。

 臭いがえげつない…夏の夕暮れ…。

 洗濯物を取り込むはな1枚1枚臭いを確認する。

「奈美のショーツ…臭い」

「言い方!」

「納豆臭いショーツは奈美の」

「もっかい洗うわよ~」

「納豆パンツ洗濯かごに入れとくわね~」

「言い方!」


 日も落ちた頃…クリニックのベルが鳴る。

「ん?は~い」

 奈美がパタパタ受付へ

「桜さん!」

「すいません…はながお邪魔しているそうで…」

「桜~あがれば~」

 奥からはなが桜さんを呼ぶ。

「桜ー!」

 桜さんに抱き着くはな

(なんか…面白くない…)

「どうぞ…これから夕食でしたの…ちょうど…はなちゃんが作ったんです~」

(はっ?何を言いだすんだ、この女!)

「へぇ~はなが料理を」

 驚く様に感心する桜さん。

「違うわよ桜…アレは行き過ぎた芸術よ…時代が追い付けないのよ…理解の向こう側よ!」

「さぁ~どうぞ~桜さん…はなちゃんの力作ですよ~」

 白いご飯に茶色く黒いブツブツが漂うナニカが、かけられている。

はな…これは?」

 下を向くはな

 黙って奥へ下る。

「オホホホホホ、はなちゃん頑張って作ってたんですけどね~カレー」

「カレー?だったんですか?…御迷惑をおかけしているようで…私が面倒を見れればいいのですが…夜行性なもんで…はなの両親とは昔からの付き合いで…」

(うんうん…なんでもいいですのよ…アテクシの寛容さが伝われば)

「桜~ごめんね…」

 はながコーラを運んでくる。

「あ~!」

 桜さんに、わざとらしくコーラを零すはな

「なにしてんのよ~はなちゃんは~もう」

「ごめんね…奈美…ハンカチ借りるね、

 フリフリのスカートのポケットからハンカチを取り出すはな

 あたりに納豆の匂いが立ち込める。

「あっ!いけなーい…コレ奈美のショーツだった~」

「えっ?」

 驚く奈美!

 はなの手に握られたショーツを凝視する桜さん。

(このガキだけは~!)

 ベーッと奈美に舌を出すはな

「違うんです…桜さん!アタシの納豆臭くないですよ!パンツもアソコも」

「アソコ…あははは…気になさらずに…個性ですから…何事も」

 何だかフォローなんだか、見当違いの返しをする桜さん。


「みんなで食事に行こうか?」

「わーい!行く行く!」

 はながはしゃぐ。

「わーい…わーい…イクイク…」

 沈んだ表情で暗く呟く奈美であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る