鹿の顔



雑木林で鹿の顔に逢った。


椚、楢、椎、杉と、

落葉と土と雑草と、

小さな羽虫と石ころ、そして羊歯たちがあった。


この林の道はよく通るのである。


昨日は烈しい雨だったから、地面はぬかるんでいた。

独特の森林の冷気がひやりとさせる。

衣服が僅かに湿る、汗がゆっくりと冷える。


確か、そのときは下を向いて歩いていた。

考え事でもしていたのだろうか。

ぞぞ、と茂みが動く音がした気がした。


その場所である。

丸い黒いどうぶつの眼に見られていた。


濡れた鼻先がひくひくうごめく。

獣の油だろうか、剛毛は露を弾いている。

ぬらりと伸びた長い角が方々に分かれてぐにゃぐにゃと生える。


その鹿は、ぴぃぴぃ、と啼いたように聞こえた。


私はすごく嫌になった、嫌悪感である。

気持ちが悪かったのだ。

いや、もしかしたらもっと怖ろしい感情かもしれない。


きっと、私は酷い表情でその顔を睨んでいたのだろう。

そうすると、あれはにゅうと動いて林の中に消えてしまった。


それから、私は一度も、この林を出たいとは思わなくなった。


それでは仕方がないので家には帰る。

だが、幾度もこの林の道を通って、


その度に、あの鹿の顔を見ずにはいられないのだ。



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