第1話 村松貴嗣

村松貴嗣は32歳の貿易会社に勤めるサラリーマンである。目覚ましの音で村松は目を覚ました。体に多少の気怠さを感じながら首をコキコキと鳴らし立ち上がった。

その瞬間少し咳が出た。

「昨日病院で風邪でも貰ったかなあ」


昨日、村松は妻が妊娠したこともあり今まで摂取したことのなかった風疹ワクチンを接種しに病院へ行ったのである。


このくらいなら会社には問題なく行けるだろうと思いながら、階段を下りてキッチンへと向かった。


「おはよう」

「おはよう、ちょうど朝ごはんできたわよ」


村松の妻、伽奈はそう言って焼けた鮭を皿にのせていた。

「ちょっと今日気怠いんだよなあ」

「大丈夫なの?」


伽奈は心配してくれているが、村松は「大丈夫だ」と答えた。

「今日は大事な仕事が入ってるからな、これくらいじゃ休めないんだよ。まあ、あまりにひどくなったら早退するかもしれないけど」

「そう?無理しないでね」


彼自身、妻のお腹の中に赤ちゃんがいるため、休んで家にいて妻に風邪をうつすことだけは避けたかったのだ。


村松は朝食を食べ終え、顔を洗おうとしたときに鏡で自分の目を見て少し不安になった。

「目がだいぶ充血してるなあ、もしかしてワクチンの副作用か?」


そう思いながらも7時50分頃には身支度をすっかり整えて家を出ていた。いつものようにバスに乗り、会社に行く。それが彼の日常だったが今日は違った。


村松はバスに乗った後、7分ほどで体調が悪化してきたことに気付いた。だが既に遅く、急な体の痙攣で通勤ラッシュで満員のバスの床に倒れ込んだ。周りの人が驚きの目で村松を見つめる中、彼は先程食べた朝食を嘔吐した。

「大丈夫ですか!?」


そう言った近くにいたサラリーマンの男に助けを求めようとしたが、村松は急に胸が締め付けられるような強烈な痛みを感じて「あっ・・・・あがっ・・・・」としか声を出せないまま目の前が暗くなっていった。彼は意識が遠のく中、妻の顔と、まだ見ぬ息子が頭に浮かんだ。


それから40秒ほどで、痙攣していた村松の体の動きは止まり、目を見開いたまま絶命した。

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