竜狩りのドロシー

澁谷晴

1 ごみの出し方について謂れのない糾弾を受ける

 朝の閑静な住宅街、霧雨が降っている。竜狩りの少女が灰色の外套姿で現れた。精悍な顔だが、草臥れている。何に? ほとんどすべてにだった。彼女は、ドロシー・ハヴォックはすべての状況に疲れてる。特に人にだ。多くの場合竜の潜む〈状況〉を作るのは人で、その中に紛れ込んでいくのが竜狩りの秘術だ。それを使うたびに、どんどん草臥れて、だるくなっていく。だから彼らは決して英雄にはなれない。その草臥れた顔を見るだけで、誰もが、英雄にはふさわしくないと判断するからだ。

 首から下げた竜眼のメダルが鈍く光っている。竜の皮でできた外套も、同じ素材の手袋も、荒ぶる神ローギルの聖剣も、竜の赤黒い血が染み付いたままだ。竜を殺した後、竜狩りたちは装備を雑に水洗いし、乾くに任せている。同族の血が竜を威嚇するという古い慣習だが、竜がそんなものを恐れないのは皆が知っている。洗うのが面倒なだけだ。すべての状況がひどく面倒なのと同じく。

 近所に住んでいる吉川さんという口うるさい爺さんが、家の前を掃いていた。ドロシーが会釈して、おはようございます、と挨拶すると、吉川さんは「あなた、また可燃ごみに金属入れたでしょう。金属片」と険しい顔で言った。

 ドロシーは、自分はこれまで可燃ごみに金属片を入れたことは断じてなく、誰か他の人と勘違いしているのではないか、と無表情で吉川さんに言った。

 しかし吉川さんは、ドロシーが可燃ごみに金属片を毎週のように入れているのは歴然たる事実と確信しており、それを見え透いた嘘で否定するとは何たる不届き者、と断じた。

「ハヴォックさん、あなたのような人がね、一人でもいるとね、みんながそれで良いって思うようになるわけだよ。そのうち誰もが、可燃ごみに金属片をね、入れて良いっていうことになっていくでしょう。そしたらどうしようもない社会になっていく。それでいいって思うわけかな、ハヴォックさん」

 濡れ衣を着せられ、吉川さんがその根も葉もない罪状をまったく疑わないのもさることながら、わざわざ親切に諭すようなその口調もドロシーをげんなりさせた。この爺さんの全身にその金属片とやらを突き刺してくれようか、と思いながら、いやしかし、吉川の爺さんも町内の秩序を維持しようという正義感からやっているのだから、あまり無碍にするのもどうか、とドロシーは思った。霧雨が降っている。竜狩りの少女のくすんだ色の髪から、一滴の雨粒が垂れ落ちた瞬間、雨靄の向こうから竜がゆっくりと現れた。角なし、鱗は黒、全長三メートルほど。吉川さんの説教に相槌を打ちながら、微妙な距離だけど銃を使うまでもない、と竜に駆け寄ると、ローギルの聖剣で首を刎ねた。路面に転がった竜の頭を尻目に、剣を納め、吉川の爺さんに返答しながら、ドロシーは雨の路地の中に消えた。

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