ランチラック






ランチラックは飛行機のトイレが好きだ


雲の上でクソをするという

その行為に無上の喜びを覚えていた


手を洗わずにトイレを出て

小さな窓から地上を見下ろす


すると、いまクソしたばかりなのに、またクソしたくなった


「くそっ、高所恐怖症だってことを思い出したぜ

トイレは

ここが地上10000mの空中であることを忘れさせてくれる

場所なんだ」


キャビンアテンダントさんとすれ違う


美しいビジネス笑顔とすれ違いながらランチラックは匂いを嗅ぐ


いやらしい気持ちじゃない


ランチラックはいま高校生、その類いまれなる能力は進化を続け、今では、人間に化けた宇宙人さえ嗅ぎ分けることができる



ダグーラは座席で寝ていた


「ヤジー 

CAは宇宙人だぜ」


ヤジーとは、おやじのことである

ランチラックの父親のダグーラを

ランチラックは

ヤジーと呼ぶようになっていた


「うるせーなあ

そんなことで、いちいち起こすな、CA全員が

宇宙人なのか?」


「一人だけだ」


「あれだろ?」


ダグーラが汚いアゴヒゲで示した先に

営業スマイル全開の背の高い

黒髪さらさら美人がいた


ランチラックが頷くとダグーラは


「おまえのような能力はないが、場数が

豊富だからな俺は」


「何の場数なんだかなあ

ヤジーのは」


そうこうするうち

機体に微かな衝撃


飛行機は雲に着陸したのである



雲テクノロジーによって雲は固定化されている

巨大な雲には空港が設置されている


雲の空港と宇宙ステーションの間をスペースボートが往復している


雲を固定化する技術はだいぶ昔に確立された

いま盛んに実験を繰り返している技術は

巨大な雲そのものを宇宙船として使うという途方もなくスケールの大きな実験である


雲の内部に居住スペースを設置して、雲の外部の推進装置により宇宙を航行するというものだ


雲の芯はもともと宇宙空間を移動して地球にたどり着いた物質であるので、この途方もない計画は理にかなった発想に基づくものなのである


雲の空港で


「ヤジー、ここで俺が合う人物って

誰なんだ?」


「SNSだ」


「SNS?ずいぶん古くさい言葉だなあ、前世紀に流行ったという

オータク文化?」


「ばかやろう

この場合のSNSはスーパーナチュラルサラリーマンのことに決まってるだろうがよ

夏田古文時だ」


「ナツダコブンジ?

落語家か?」



「夏田古文時と申します、よろしくお願い

いたします」


空港の片隅でSNSスーパーナチュラルサラリーマン夏田古文時ナツダコブンジは高校生のランチラックに対して名刺を丁寧に渡し、深々と御辞儀をするのであった


ランチラックの父親のダグーラは、例によって

とんずらしていた


親父のヤジーはものすごく忙しいふりをしたものすごく無責任なやつではないかとランチラックは推測している


「ナツダックから金をもらえるときいて来た

かなり高額だが、例によって、ヤジー

いや、親父の取り分が異常に多いのではないかと懸念しているおいらだが?実際のヤジーの取り分を金額を教えてくれないか?

なっちゃん」


「申し訳ございませんが、わたくしも知らないのですよ……

ただ……

あのダグーラさんの取り分が高額なのは妥当かと思います

ダグーラさんは【助けが必要なときだけ現場に表れ、そして必ず助ける男】との評判が

ありますから」


にこやかな夏田古文時


ランチラックは、この勤勉サラリーマンと仕事をするのが不安になった


こいつ、意外と馬鹿かもしれないと推測する


ダグーラの唯一の忙しい活動は

自らの評判を作り上げる詐欺的活動だけなのだから



雲の空港から宇宙ステーションまでは、あっけないほど安全な、短時間の移動であった


ナツダックの宇宙ステーションへナツダックのスペースボートで移動したというのも、あっけない宇宙空間移動の原因であろう


観光用のスペースシップなら、もっと時間をかけて移動しながら、いわゆる青く美しいわが故郷地球への郷愁を育みながら感動を演出したであろう


スペースシップで観光案内を担当するのはベテランのTV司会者である

その手の誘導はお手のものであろう


ナツダック社のスペースボートを操縦したのは夏田古文時である


移動の間の話題は、21世紀初頭に盛んに発案された宇宙エレベーター建設計画についてであった






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