ところでA君はB君のスイッチを入れたのか?

aoiaoi

第1話

 ひと月ほど前、AはBに告白するチャンスを獲得していた。


 AとBは高校のクラスメイトであり、もともと幼馴染の親友同士だ。

Aはスポーツ万能の行動派、Bは頭脳明晰な理論派である。その能力と容姿でふたりは全校女子の注目の的だ。

しかしながら、A、Bともに女子からのアプローチには一切興味がない。


 やがてAは、自分のBへの想いが親友以上に募っていることに気づいてしまい…思い余ってBを力尽くで押し倒す失態までやらかした。

Bの説得により未遂で済んだが、Aは自分の身勝手ぶりを猛省することとなった。


 だが、そこで儚く散るべき恋は、どうしたわけかBにより挽回の機会を与えられた。うまくいけばBへの想いを叶えられるかもしれない、というとんでもないチャンスが手に入ったのだ。


 その際にBが提示した、恋の成就の条件は——

「Aの本気のアプローチにより、BのスイッチをONにできれば」というものだった。


 それ以来、Aは日々Bのスイッチを探そうと躍起になっているのだが…

学校と家の往復だけではBのスイッチが見つかるはずもなく、ましてやONにできるチャンスなどあろう筈がなかった。


「なあ、B」

「ん?」

ある昼休み。

Bはそんな約束を交わしたことも忘れたかのように、机の向かい側で本に集中している。

「——お前のスイッチ、本気で探したいんだけど」

Aは勇気を奮い立たせ、Bにそう呟いた。


「ん?……ああ、そうか」

Bは本から眼を上げてAを見た。何ともBらしい薄味な返事だ。

「だって学校じゃ、お前のスイッチ探したりするチャンスなんて、一切ないじゃんか」

Aは少し不貞腐れ気味に返す。

「そう言われれば…確かにそうだな」


 Bは本を閉じると、頬杖をついて暫く考えた。

「スイッチを探すか…んー、そうだなぁ……。

——なら、こうしようか。

俺が満足するデートコースを提案してみろ。

俺がそのコースに満足して、お前が俺からキスを獲得できたら、それがスイッチONだ。…どうだ?」


「むむむ…」

それはすこぶるクリアしがいのあるアイデアに聞こえる。

ただ…キスを獲得するというハードルがやたらに高い気もする。


 しかし、いずれにしてもスイッチを入れるというのは、そういうことだ。

BがAにキス以上を許す、という——。

そのラインを超えられなければ、ONはないのだから。


「——いいだろう」

Aは受けて立つことにした。



    *



 とりあえず、Bのツボがわからなければ、なにも始まらない。

一週間ほどあれこれ考えたが、まずは当たり障りのない無難なコースで様子を見ることにした。

「今度の土曜、映画はどうだ?B」

「ん、映画か?…とりあえず、行ってみるか」

コイツはいつもさらりと美しい無表情で、得られる情報が著しく少ない。あまりにもスマートで時々腹が立つ。


 約束の土曜。映画館まで来たはいいが、何を観るかが決まらない。

「おい、B?そろそろ決まったか?」

「うーーーーーーん」

さっきから唸りつつさんざん公開中の映画ポスターの前を往復し、しきりに情報を集めている。

「……まだか?」

「……これ」

Bがひとつのポスターの前で立ち止まった。とうとう決まったか。

「——内容的には非常に興味深いが、上映時間約140分…それがいささか長過ぎるんだ。内容と時間を天秤にかけた場合、微妙に時間がムダになる恐れがある」

……なんかヘンなことぶつぶつ言ってるぞ。


「………おい、A」

不意にBが思い詰めたような表情になり、Aの腕を掴んだ。

「…なんだよ?」


「頼む……付き合ってくれ」

「!?」

まだなにもしてないのに、いきなりス イッチONなのか!?


「…ここに隣接したショッピングモールの中に大きい書店があったよな?

どうしても早急に手に入れたい参考書があるんだ。頼む、付き合ってくれ」

……おい。

しかし、ぎゅっと腕を掴まれ、Aはそれを拒否できない。

結局そのまま書店内の物色に3時間付き合わされた。



 1度目、失敗だ。

映画はNGだった。

じゃ、なんだ?

あいつは勉強が趣味だが、その分運動は不足しているに違いない。たまには体を動かす爽快感を体験させてみてはどうか。


 次にBを誘った場所は、ボルダリングだった。初心者でも気軽に楽しめる、最近流行のスポーツだ。

「さあ、早速行くぞ!」

今度はBの腕をぐいと引っ張るが、Bの脚はびたっと止まっている。

「なあ、A……ここで何をするんだ?」

「何って……壁を登るんだ」

「それで?」

「それで……降りるんだ」

「うーーーーーーーん」

Bは施設の入り口で顎に手を当て、首をぐーっと傾けている。パーフェ○トヒューマンなのか?

そうやって傾いたBの視野に、隣の店舗の看板が入った。……「BOOK OF○」。

Bの目がぎらりと光った。

「おいっ!A!!古本!古本見ようぜ!!どうしても欲しいんだけど、どうしても見つからない本があるんだよぅ〜〜〜」

そう言って、懇願するような眼で例のごとくぐいぐいとAの腕を引っ張る。

この顔と腕は、やっぱり振り切れない。

結局古本売り場に丸々半日付き合わされた。


今回はB的に大収穫だったようで、大量の本を抱えてご満悦だ。

「…おい、B。満足したか?」

「ああ、大満足だ」

「……満足だったんなら……」

「しかしながら今回の満足は、お前の熱意とは無関係だったな?」


くそーーーーー!そういうことをさらっと言いやがる。自分がデートを台無しにしたくせに…!!

——まあいい。Bが楽しかったなら、今回もまあいいとしよう。


だが、Aの目標であるスイッチには、一向に近づけていない。

うーーーん。……どうしたらいいんだ??

 


    *

 


「おい、B。…ヒントをくれ」

「ん?」

教室で嬉々として新品の参考書を開くBの向かいに椅子を引っ張り、Aがぐったりと頼む。

「疲れてるな、A」

「お前のせいだろ…とにかく、お前の食いつくツボが分からない。男の好きなデートコースってイメージが湧かない」

「確かに、俺のツボはごく狭いゾーン内に限られてるから難しいだろうな」

美しい笑顔で爽やかに答える。ムカつく、コイツほんとに。

「頼むB!せめて今ハマってるものくらい、教えてくれ」

「それは数学だな」

「……は?」

「あと物理も面白いな、最近は」

Bはいかにも楽しそうな笑みでそう答える。

「…それは、ヒントなのか?」

「ああ、ヒントだ」

数学と物理。すうがくとぶつり。スウガクとブツリ………。

意味わかんねーーーー!!!

「おーいA。D組のJ子ちゃんが用事だってよー」

「今それどころじゃない!」

「女の子対応で忙しいなら、無理しなくていいんだぞ?」

Bがくっと笑いながら言う。

「ふざけるな。…俺は本気だからな」

AはそんなBをぐっと睨むと、低い声で呟く。

「A!J子ちゃん待ってるぞ!」

「スウガクとブツリ…」

呪文を唱えるようにそう呟きつつ、Aは面倒な用を済ますために廊下へ出ていった。


「……頑張ってるな」

Bは頬杖をはずすと、ちょっと真面目な顔になってその背中を見送った。



        *


    

 その後、Aからのデートの誘いはぱたっと途絶えた。

 

 そういえば、Aの所属する陸上部は、近く試合か何かがあるらしい。

最近は、Aはひたすら練習に明け暮れ、休み時間も机に突っ伏していびきなどかいている。


 放課後、Bがふと窓から見下ろすと、グラウンドで練習に励むAの姿があった。

おーおー、走ってる。


 ——速いな。


 全力疾走を繰り返す。見ているだけで息切れがしそうだ。

春から夏へ移ってゆく夕日を眩しく受けながら、Aは全身で風を切る。



 ……あんなに練習して、あいつは更にその後スウガクやブツリのことを考えてるんだろうか?

それとも、もうとっくに諦めたのか。


 ちょっと水分を取る間にも、女子がひとりAに駆け寄っていく。

もじもじと何か話しかけられ、Aは少し困ってるようだ。



 ……そうやってお前に想いを寄せるかわいい女子が、いっぱいいるだろ。



「あれ、B?窓際に佇んでなに見てんだ?いつも即座に下校するお前がすごい珍しいな?

……もしかして、とうとう気になる女子でも出来たか!どんな美女にもゼッタイ落ちないことで名高いBが!?」

「なに言ってんだ」

友達の冷やかしを笑って流す。


「……少なくとも、女子じゃない」

再び窓の外を見ながら、ひとり小さく呟いた。



 ん……今の、速かったんじゃないか?

タイムを聞いたAは、ぐっとガッツポーズをしている。



「やったな」

その姿に、思わずBも一緒に微笑んだ。

    


          *



 それから約2週間後の昼休み。

Aが、Bの机の向かいに椅子を引っ張ってきて座った。


その気配に、Bは読んでいた本から顔を上げた。

「……そのポジション、久しぶりだな。A」

「先週末試合が終わったからさ。練習も一段落だ」

「日に焼けたな——一層男前になった」

「なんだよ、それ?」

Aはちょっと照れたように笑う。



「——で、なんか用か?」

Bは本に眼を戻し、Aにそう訊ねる。


「なんかって……スウガクとブツリを満喫できるデートの誘いに決まってんだろ」


Aの言葉にBは再び顔を上げ、いつになく真剣な眼をした。

「……そうなのか?」

「ん…どうした、B?」

「いや……もう諦めたんだと思ってた」

「言っただろ。俺は本気だって」


「………そうか」


……ん?

超絶無表情なBが、なんか今一瞬照れたような……??


「……?

まあいいや。今度の週末は都合どうだ?」

「……ああ、わかった」

「で、その際に2つほど要求がある。

ひとつは、今度こそ書店も古本屋もナシにしてほしいこと。

もうひとつは、ガキ臭い恰好で来ないこと。なるべく大人な服装にしてほしい。

…以上だ」

「ん?大人な服装?……何でだ?」

「それは当日のお楽しみ」

「——まあいいだろう」



「試合も終わったし、そろそろ勉強やんなきゃなー」

そんなことを言いながらBの参考書を手に取りぺらぺらめくるAを、Bは黙って見つめた。




  



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