(12)
そんなオレの思いをくみ取ってくれたのか、それとも偶然なのか、ユーリさんとミリーニャは一緒にリビングに戻ってくる。
ユーリはホッとした表情なのに対し、ミリーニャはなんだか申し訳ないような表情をしていた。
「すみません、いきなりキッチンの方へ行ってしまいまして」
話の途中でキッチンに行ったことに対して謝りながら、ユーリさんはイスへと座る。
同じようにミリーニャも座るが、オレたちと視線を合わせるなり、不満を隠せない感じでオレたちを睨み付けてきた。全然怖くはなかったが。
「大丈夫ですよ。いったいどうかなされたんですか?」
ルクスはミリーニャのことは無視し、ユーリさんが慌ててキッチンに移動したことを尋ねる。
ルクスがそのことを尋ねるとは分かっていたのだろう。ユーリさんは言葉を選ぶ様子一つ見せず、
「ミリーニャは大事な一人娘なんです。最近、モンスターが過激になっているらしいので……。薬草採取のお使いを頼んだのは私ですので余計にですね」
まるで自分の娘を自慢するかのような説明してくれた。
そこまで心配されているとは思っていなかったのだろうか、ミリーニャはリビングで戻ってきた時と同じような感じで小さくなって俯いてしまう。
「なるほど、それは心配ですね。それにモンスターが過激になっているとはどういうことかご存知ですか?」
「どうもこうも……魔王一派の動きが激しくなったっていうことらしいです。あくまでこれは噂ですが……、ここは田舎なので、噂話の真偽の確認が遅れるわけでして……」
「そうですか……、けれど、モンスターの動きが過激になるなんてことは、それなりの条件があると思いますし、あながち間違っていないのかもしれませんね」
「はい、十分にあり得そうです」
「教えて頂き、ありがとうございます」
ルクスはその回答から『魔王の動きが活発になっている』と推測したらしく、口端を歪めつつ、頭をペコリと下げる。
何を楽しみにしてんだよ、空気読めよ。
ルクスの表情から、これからの旅が楽しくなってきたと読み取ることが出来たため、そう心の中でツッコミを入れつつ、小さく空気を吐く。
ロベルトもまたオレと同じ感想を持ったらしく、情けない表情を浮かべていた。
そんなオレたちのやり取りを見ていたミリーニャが、
「白魔術師様、いくらモンスターが暴れても大丈夫ですよ!」
とユーリさんに嬉しそうに進言した。
おい、ちょっと待ってッ。
この状況はオレだけではなく、ルクスもロベルトも理解出来たらしく、「マズいッ!」という表情を三人が浮かべる。そして、制止の言葉をかけようと口を開くも、声を発する前に、
「この三人は勇者候補らしいので!」
オレたちの職業についてバラされてしまう。
再びユーリさんの表情は驚いたものへと変わってしまう。そして、慌てた様子でオレたちを見つめる。
「そうなのですか?」
そして、オレたちに確認を取ってきた。
が、それに答えたのもミリーニャだった。
「詳しい話を聞いたんですが、よく分からなくて。一応、実力的には勇者として活躍出来る力はあるらしいんですけど、『真の勇者』? と呼ばれるものになるにはまだ何か足りないらしく、それで『勇者候補』で納まってるらしいですよ?」
「なるほど……あなた達もなかなか大変なようですね」
ミリーニャの話を信じたらしく、オレたちのこれからのことを案じてくれているらしい。なぜか「うんうん」と言いながら、首を縦に振るユーリさん。
そんな二人の様子にロベルトがおそるおそる口を開く。
「あの……一応、勇者という職業自体が秘密だから、あまりおおっぴらにして欲しくないんだけど……。うん、ミリーニャさんを助けた時はそういう状況だから教えただけで……」
そして、申し訳なくそのことを告げる。
「え!? そうだったんですか!?」
座っていたイスから慌てた様子で立ち上がり、ハッとしていた様子でしょぼんと落ち込んでしまうミリーニャ。そして、今まで同じように、
「ごめんなさいごめんなさい……」
と謝罪の嵐に入ってしまう。
あ、やっぱり……。
そのことが分かりきっていたオレはそう思うことが精一杯だった。
そして、そのスイッチを押してしまったロベルトもまた『やっちゃった……』という表情を浮かべて、ユーリさんを見る。
対してユーリさんは困ったように頬を掻きながら、ミリーニャにかける言葉を考えている様子だった。
「ったく、余計なことしやがって」
そう小声で呟くルクス。
怒るというよりもただただ呆れた様子な声色だった。
「ごめん。でも、本当のことだし……」
自分の言い方がキツかったかもしれないと反省しつつも、そのことは間違っていないとロベルトは主張する。
「やっちゃったものをとやかく言っても仕方ないさ。だから、とにかくこの場はユーリさんに任せるのが一番だ」
ミリーニャに聞こえているのかどうかは分からない。けれど、落ち込ませてしまったものを巻き戻すことは出来ない。だからこそ、この場はユーリさんに任せることにした。それが一番の選択だと思ったからだ。
「大丈夫ですよ、ミリーニャ。皆さんは怒っていないですから。落ち着きなさい。怖いなら自分の部屋に行ってなさい。私がなんとかしますから」
オレたちの提案を聞いてそう言ったのか、それとも元よりそういうつもりでしたのか分からない。が、ユーリさんはまるで子供にするかのように、ミリーニャの頭を撫でながら、優しい声でミリーニャに言った。
「……ッ! は、はい。ごめんなさい」
それでも謝るミリーニャ。
完全に罪悪の念に取り憑かれているらしい。
なんかさっきより落ち込み方が激しいな。
森で出会った時よりも激しい落ち込み方にオレは違和感を覚えてしまう。何をそこまでミリーニャの心を抉ることがあったのか、その見当がつかないためだ。
ルクスもロベルトも同じ意見らしく、目が真剣なものになり、ユーリさんを睨み付けるように見ていた。
ユーリさんもオレたちの視線から、その気持ちを読み取ったのらしく、小さく息を吐き、羽織っていた服の中から一輪の花を取り出す。そして、その花をミリーニャの鼻へ近付ける。
「え? 白魔術師さ……」
その花が視界に入り、驚きの声を上げるもすぐさま意識を失い、そのまま前に倒れ込み始める。
すぐさまそれをユーリさんが受け止め、そのままソファーに凭れさせた。
ミリーニャの表情から、ミリーニャは気持ちよさそうな寝顔になっており、微かに聞こえてくる息もそれに近いものへと変わっていた。
寝かせた?
そう理解すると同時にオレたちはなぜか身体を少し前のめりにさせ、警戒の体勢に入る。
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