ホラーSS

日暮ススキ

雨粒

 日が沈んでしばらく経った頃、灯りの少ない夜道に二人の人間が歩いていた。

 一人はスーツを着たサラリーマン風の若い男。右手をポケットに入れている。その前を灰色のパーカーを着た少女が歩いている。後ろの男よりは頭一つ分ほど背が低い。

 二人の間には十メートルほどの距離がある。二人の距離は歩調を合わせているかのように一向に変わらず、脇道の少ないその道を歩き続けていた。

 男は不思議でならなかった。夜更けに、年端も行かぬ少女が一人こんな寂しい通りを歩いているなんて。近頃この辺りで通り魔が頻出しているというのに、だ。

 少女も不思議でならなかった。後ろの男はずっと自分の後ろを歩き続けているが、全く何の反応も示さない。かなりの距離を歩いているはずなのに、脇道にそれず、ましてや引き返しもせず、ただ自分の後ろを歩き続けていた。

 ふと、男の顔に雨粒が当たった。

 見上げると、輝き始めた月を隠すように、雲が空を覆おうとしていた。男は傘を持たなかったが、特に気にすることも無く、そのまま歩き続けた。

 少女の顔にも雨粒が当たった頃、少女は何の前触れも無く、突然立ち止まり、後ろに向き直って男をじっと見据えた。

 月は雲に隠れて道は薄暗く、男には振り返った少女の顔がよく見えなかった。しかし、男が歩を進め、近づくに連れてその少女の人相、そして、表情が見て取れた。


 少女は笑っていた。声を漏らさず、小さく口を歪ませて。


 その笑顔が見えたとき、男も立ち止まり、少女に声を掛けた。少女は答えなかったが、代わりに男との距離を縮め始めた。

 その時、男は初めて少女が何かを持っていることに気づいた。そして、それを視認した一瞬後に、それが何であるか理解した。ただ、男が行動を起こす前に、ナイフは男の胸に深々と刺さっていた。何を言う間も、驚く間もなく、そのまま男はうつ伏せに倒れた。開かれたまぶたの奥の光は直ぐに消えた。

 少女が口元に手を当て、付いた食べかすを拭う様にすると、そこにはもう、綺麗に整った無味な顔と、ほんの少しの血糊しか残っていなかった。

 少女は、倒れた男を一瞥いちべつすると、ゆっくりと闇夜に消えていった。男は動かず、うつ伏せのまま、光の無い目で暗い通りを見続けている。

 風で運ばれただけだったのか、雨粒はもう落ちてこない。月がまた顔を出し始めた。

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