ランクアップヒーロー
@mebineku
1.朝野誠は不登校である
『人は一人では生きてはいけない』
至言である。
生きている以上、人は他者の力を借りなければ生きていくことはできないだろう。中には『他人の力なんていいらねえよ』という人もいるだろうが、日々の食料。出来合いの惣菜から材料となる野菜や肉だって、他人が生産してくれるからこそ享受できる。これもまた他者の力を借りるといってもいいだろう。自分で作り、自分で消費している人もいるだろうが医療やライフラインなどはどうだろう?何から何まで誰の手も借りず、一人でこなせる人などいないだろう。どんな生き方にせよ、他人の力なくしては生きていけないのだ。
ただし、必ずしも他人の力が良い方向にばかり作用するわけではない。
他者の力とは時として人に牙をむく。それは暴力であったり、心無い罵詈雑言など身体的なものから精神的なものにまで至る。何故そんなことをするのか。
答えは単純。
『特に理由などない』のだ。
『ただなんとなくムカついたから』『そこまで深刻に捉えるとは』など余りにもあんまりな軽挙妄動。
加害者にとってはただの憂さ晴らしや何気ない一言なのだろうが、被害者にとってはそれがどれだけの苦痛だろうか。この軽挙妄動のせいで被害者はどんな思いをするだろうか。
もし少しでも自分の言動に疑問や過ちを感じたのなら今すぐにでも猛省すべきであろう。
なんやかんやと続けたが結局のところ何が言いたいかというと。
主人公・
朝野誠は高校に入学したばかりの新一年生であった。
しかし、入学して二週間経った頃にある事件に標的とされ対人恐怖症を患い、不登校になった。
元々内向的で繊細な彼が他人からの悪意に耐え切れるわけもなく、見事に不登校と相成った。現在は不登校一ヶ月目だ。
現在は自宅から一歩も出ることができずに一日を自宅で過ごす日々だ。
早朝五時。
彼の一日が始まる。
「ん……もう朝か……」
幼い頃に親を亡くした彼は母親の妹である
彼が早朝に動き出すのも全ては家事のためである。
まずは寝ぼけ
ちょっと変わった仕事に就く叔母は職業柄家に戻ってこないこともあるが、昨夜は遅くに帰宅したようだ。誠はそれを確認してから朝食作りに入る。もし、叔母が帰っていなければ彼の朝食は食パン一枚とココアという非常に簡素なもので十分だからだ。とは言っても朝からしっかりしたものはなかなか作れない。彼が主に時間をかけるのは叔母の昼食である弁当作りだ。冷蔵庫の中身を開き、調理に取り掛かった。
時間は六時半。朝食と弁当の準備も済ませた。そろそろ叔母を起こさないといけない。九時までに出勤すれば問題ないと常に言っているが朝の準備がゆっくりな彼女に合わせていたら遅刻してしまう。
襖で仕切られた部屋を出て、叔母の部屋の前に立つ。
「茂美さん、朝ですよ。早く起きないと遅刻するよ?」
襖越しに声をかける。しかし返事はない。これはいつも通りだ。
彼は襖に手をかけ、遠慮することなくそれを開く。
「うわ……」
襖を開けるとそこはゴミ屋敷でした。
思わず文学的な表現が出てしまった。
いや、よくよく見ればゴミではない。おそらくは叔母の仕事の資料だろう。資料は部屋中にばらまかれ、くしゃくしゃに丸められて転がっているものもある。この部屋は昨日のうちに綺麗に掃除したはず。というよりほぼ毎日掃除をしているはずなのにたった数時間のうちにゴミ部屋へと進化している。
そして、そんなゴミが散乱する中に床に敷かれた布団の上に下着全開で寝っ転がっている女性が一人。
「茂美さん、ご飯できてますから起きてください」
誠は足元に散乱している資料を集めながら声をかける。すると、今度は聞こえたのか叔母は気だるげに目を開け、むくりと起き上がる。その様はまるで冬眠明けの熊のようである。直接見たことはないけど。
「…おかしいな、今日は日曜日じゃないのか?」
「今日は水曜日です」
「そうか……」
目に見えて意気消沈する。休日ですら仕事に出ることのある彼女の心中を思うと非常に切ない。
「またパジャマ着ないで寝たんですか?いくら夏だからって夜は寒いんですから風邪ひいちゃいますよ」
「そんな気力はない」
下着姿の叔母はのそのそと起き上がる。
だらしない格好ではあるがスタイルはけしてだらしなくない。やや太腿が筋肉質なのは常日頃から外を走り回るが故であろうが、均整の取れたスタイルを保っている。そんな女性の下着姿だが、誠にとっては叔母であり、彼女自身今年で四十代に突入した女性で一回り以上歳が離れていることもあり、あまり動揺がない。というよりも親を失い、叔母の庇護下に入ってから十年近く一緒にいるのだから彼にとっては今更というものだろう。慣れとは恐ろしいものである。
寝起きの熊のような叔母になんとか身だしなみを整えさせ、ようやく朝食に入る。その頃には叔母も覚醒しキビキビと動き出す。
「今日は泊まり込みになる」
「うん、わかった。忙しいの?」
「まあな、だがもう少しで一区切りつく」
「そっか、あんまり無理しちゃダメだよ」
彼女がどんな仕事しているかわからないが、独身女性が今まで女手一つで子どもを育てるなど並大抵のことではないだろう。しかも、誠の両親の遺産には一切手をつけずだ。入学金やその手に関するものには使用したようだが、その後の出費のほとんどは彼女自身から賄われいる。
自分が産んだわけでもない子どもである誠のためにここまで良くしてくれる叔母に対して不登校なんて余りにも申し訳が立たない。
「……そんな顔をするな。若いうちはそういうこともある」
申し訳なさが顔に出ていたのか、叔母は能面のような真顔でそう伝える。彼女は相手の顔色を見ただけで考えていることがわかるらしい。仕事上必要な特技らしいのだが、これのおかげで隠し事が出来た試しがない。
朝食を終えると茂美はあっという間に仕事に出かけてしまう。起床のスタートダッシュが遅いだけで他はキビキビとした人なのだ。
「では行ってくる。戸締りには気をつけろ」
「うん、行ってらっしゃい」
叔母を見送ると、洗い物と掃除に取りかかる。
小森家は平屋の3DK。茂美が誠を預かることが決まった時点で彼女が契約してきた家だ。しかも賃貸ではなく、購入してでだ。
平屋ということもあり、掃除自体は大して苦もなく終わる。
家事のほとんどを終えてようやく誠は一息つくことができる。玄関に直通のポストを見ると、今朝の新聞と数冊のノートが入っている。
ノートを開くと、そこには達筆な文字で授業の板書が綴られている。
「また持ってきてくれたんだ……」
誠が学校をボイコットするようになってからほぼ毎日投函されている。こんなことをしてくれるのは一人しかいない。
そして、朝野誠が思いを寄せる初恋の少女でもある。
彼が不登校になってからほぼ毎日こうやって授業のノートを投函していく。板書もしっかりしておりおかげで誠は不登校でありながら授業に置いていかれることもない。
だが、そんな彼女にも自らが不登校になった理由を伝えていない。いや、言えるわけもないのだ。
幼馴染のノートを借り受け机に向かって二時間。一通り授業内容を頭に入れた。
これが終わればノートを返すだけなのだが、この家の敷地から一歩でも外に出ようとすると体がそれを拒んで動かなくなる。返そうにも彼女の家まで行くことができない。彼女が来た時に直接渡せばいいのだが、不登校で引きこもり状態の自分では合わせる顔がない。だから玄関先のドアノブに袋と一緒に下げておく。中に感謝の印を同梱して。
「ふぅ…まだお昼か」
やることをすべて終えてしまうと残りの時間の使い方に悩む。テレビを観ようにもこの時間帯では特に観たいものがない。読書も本棚にあるものは大抵読んでしまった。
「やることないなぁ」
誠は畳の床に転がる。言ってもしょうがないことだとは思う。
全ては敷地内から出られない自分が悪いのだから。
彼自身、外に出たくないわけではない。いや、むしろ外出はしたい。学校にだって行きたい。でも、できない。何度も敷地から出ようと試みた。しかし、敷地からの一歩踏み出せない。足が竦んでしまう。
だから彼と外の繋がりは一台のパソコンしかない。
高校生になった折に叔母からプレゼントされたものだ。といっても叔母が使っていたもののお古ではあるのだが動作は全然問題ない。インターネットにも繋げられているが、叔母に『悪いことするんじゃないぞ』と釘を刺された。その『悪いこと』がどういうことかは理解しているため一切手を出さない。
起動が終わり、インターネットを開く。
すると、メッセージボックスにメールが届いている。開いてみるとそれはチャットの誘いだった。
差出人は『ピカリン』という名前。当然本名ではなく
誠は誘いを受けてチャットルームに接続した。
『『アサ』さんがログインしました。』
『お、来たね』
『こんにちは、ピカリンさん』
『はい、こんにちは~』
入室したら挨拶。ネットでも現実でも変わらぬ常識。
『すいません、少し遅くなりました』
『いいのいいの、私はいつだって暇だからここにいるから』
ピカリンのサイトの常連となってから一月程になるが、相手の素性はよくわかっていない。だが、どんな時間帯に来ても大抵反応があるため学校や会社などに行っている様子はない。だから勝手な話親近感が湧いてくる。
『それで招待に乗ってきたってことは今日も学校には行けなかったんだね?』
『ええ、まあ…やっぱり足が竦んじゃって』
ピカリンとは初めて相談してからというものかなりの頻度で話を聞いてもらっている。根気よく聞いてくれる存在はとても貴重だ。
『そういえばなんだけどアサくんはどうして学校に行けなくなったん?』
誠のキーボードを叩く手が止まる。不登校になったことは話したのだがその理由はまだ伝えていなかった。
朝野誠が不登校になった理由。
朝野誠は内向的で他人との付き合いにも非常に慎重だ。高校生活スタートの1ヵ月は新しい環境化で新しい友人関係やグループ形成などが行われる期間だ。幸いなことに都代がクラスメイトとなったため孤立することもなかったが、彼女ばかりに頼ってはいけないと発起して敢えて彼女を通しての友人作りをしないと決めた。
しかし、結果は惨敗。生来の性格たる内向さ故か人見知りのきらいがある彼には難易度が高かった。そもそも他人の悪意や心の内に敏感な彼にとって、自分の発言が他者に受け入れられるかという心配故の結果でもあった。高校デビュー失敗である。
結局、今までどおり幼馴染にくっつく形でしばらく学校生活を送っていたところにある事件が起きる。
下駄箱に手紙が入っていた。
疚しいところのない誠だったが、大慌てで手紙を回収。誰にも見つからないところで中身を確認した。無意識に都代から隠そうとしていたのだろう。
中身は所謂ラブレター。
『もし私の気持ちに応えてくれるなら夕方の五時に駅前のモニュメントの前でお待ちしてます』
正直なところ、嬉しかった。送り主の名もない手紙だったが確かに自分に宛てられた手紙。これの意味がわからないほど誠は鈍感ではなかった。
しかし、当然ながら答えはごめんなさいだった。
自分には心に決めた相手がいる。いや、別に付き合っているわけでもないただの幼馴染でしかないのだが。誠はずっと上杉都代一筋だった。
気持ちに応える。考えるにYESならということだろう。断る時点で待ち合わせに行く必要はない。しかし、それでいいのだろうか。名も顔も知らない相手ではあるが答えを待ち続けさせるのは正しいことなのだろうか。YESにしろNOにしろ、答えは自分の口から伝えるべきなのではないだろうか。
誠は考えた末に待ち合わせ場所に向かうことにした。自分の答えをちゃんと伝えるために。
今にして思えばやはり浮かれていたのだろう。もっと冷静に判断することができていればこれの真意を見抜けたかもしれない。
夕方五時。
駅前は帰宅ラッシュで混雑を極めていた。
「人が多い」
こんなところで返事をしなければいけないのかと思うと少し気が重い。それは断ることへの罪悪感か注目されるかもしれないという予感か。恋愛事情なんていうものには精通していない誠にはこれが普通であるかどうかもよくわからない。自分ならもっと人気のない静かな場所で想いを伝えたい。これから告白を断ろうというのに幼馴染のことを考えているのは失礼に当たるだろうか。何にせよ彼は自分の言葉で返事をするだけだった。
「それにしても遅いなぁ……」
気付けば約束の時間から三十分も過ぎている。場所を間違えたかとあたりを見渡そうと視線を巡らす。
「あ~あ、ミカの勝ちかぁ」
不意に後ろから聞こえてきた声に振り向く。
そこには数名の男女が立っている。服装は彼が通う高校の制服。指定のネクタイには一本のラインがあることから誠と同じ新一年生だろう。だが、高校生活が始まって一月と経っていないのに制服を着崩しだらし無さが際立つ。いつもしっかりと制服を着ている幼馴染と比べるべくもない。普段であれば絶対に近づきたくない相手だ。
「え…まさか、本当に…?」
ミカと呼ばれた少女はなぜか困惑した表情で誠を見ている。
事態についていけない彼を置いて、目の前のグループは金銭の取引を始める。
「まさかミカの一人勝ちかぁ」
「にしてもあんなのにホイホイ引っかかるとか逆に凄くね? 今時下駄箱に手紙とかありえないでしょ!」
「おいおい、あんまり言ってやるなよ。まだ夢見る年頃なんだから」
周囲に人がいるにも関わらず、爆笑するグループ。
「じゃあ帰っていいよ。一応お礼だけは言ってあげる。アリガトネ」
その一言でようやく理解が追いついた。理解してしまった。
そして、ふと周囲に視線を送る。
そこには遠巻きながらそれを見つめていた名も知らない人々。
笑っている。視線を逸らして見ないようにしているのだろうが、時折こちらに視線を移しては笑いをこらえている。
しかも、一人二人ではない。目に映る全ての人が自分を見て笑っている。
何度も言うようであるが朝野誠は繊細で他者の悪意に非常に敏感である。そんな彼が見知らぬ不特定多数の嘲笑を一身に浴びて平然となどしていられない。
気がつけば誠は自宅に駆け込み敷地から出ることができなくなっていた。
走り出す瞬間、呼び止められたような気もするがその場から一刻も早く逃げ出したかった。
『これが不登校になった
これで終わりというように誠は締めくくる。ピカリンからはレスポンスがなかなか来なかったが数分してチャットに返事が届く。
『罰ゲーム告白みたいなやつだったんだね』
『厳密に言えばアレは賭け事だったみたいだけど』
推測でしかないがあのグループの誰かが下駄箱にラブレターを仕込み、指定された場所に相手が来るか来ないかを賭けていたのだろう。あの様子から初めてということはない。おそらく彼らにとってはよくやるゲームでしかないのだ。
『あるんだね、そういう漫画みたいなこと』
心なしかテンション高めなピカリンが大人しくなっている気がする。
『ねえ、アサくんはその人たちに逆襲したいとか思わない?』
『………ない、ことはないよ』
実際に引きこもり始めの頃はどうして自分が、と思わないことはなかった。原因となったあのグループに怒りが込み上げたのも確かだ。
でも。
『見抜けなかった僕が悪いから』
今は自己嫌悪の方が大きい。思い返してみればいくつか見抜けるポイントが点在していた。送り主のない手紙、人通りの多い場所に呼び出す、そして自分のような特に目立ちもしない人間である自分が突然好意を受けること。
『だから、あの人たちを恨む気にはもうなれない』
またしてもピカリンからの返事が途絶える。
流石に愛想を尽かされただろうか。
そう考えているとまた数分の後にレスポンスが表示される。
『アサくん、君は実に馬鹿だね』
突然の罵倒。しかし、すぐさま次の文が表示される。
『君が悪いわけないじゃない。悪いのは騙したそいつらだよ』
『でも、騙された僕のほうが悪いし……』
『騙そうとする奴らがいなければ騙される人なんていないんだよ。そんなのはね、騙した奴らが自分を正当化しようとする詭弁だよ』
チャットは相手の表情を見えない。だから、相手の感情を読みにくいという欠点があるのだが、この文字列からはピカリンの怒りが浮かび上がっている。
『アサくんはあれだね、もっと強くならなきゃ。そういう奴らは相手が本気で怒った時のことなんか考えてない。逆襲されたらどうしようもできない奴らだよ』
今日は妙に辛辣だ。
「強くなる、か」
強くなるとはやはり腕力的なものだろうか、自慢ではないが誠は殴り合いの喧嘩などしたことはない。そもそも喧嘩に発展する前に自分が折れているからだ。後は喧嘩するような相手もいなかったこともあるだろう。叔母には幼い頃より感謝こそすれ怒りを覚えたことはない。幼馴染とも口論にはなるもお互いがすぐに謝ってしまうためそれ以上の喧嘩になることもなかった。
『強くなるってどうすればいいかな?』
『そりゃあ何にしても前に出ることだよ。アサくんは相手のこと考えすぎて自分が我慢すればいいって思ってるでしょ。経験ないかな? 学校の給食でプリンの余りがあったとき争奪戦に加わらなかったり』
「うぐっ……」
思わず呻いてしまった。
経験はある。というよりは彼の基本的な生態に近い。
自分が欲しいものがあっても他人が欲しがったり、争奪戦となる時はすぐに手を引く。勝てるわけはないという気持ちと自分が引けばそれだけほかの人にチャンスが訪れると考えるからだ。
『でも、僕が我慢すればいいだけだし』
『ほう』
誠の反論に短く返してくる。
『じゃあアサくんの幼馴染をほかに狙っている人がいるなら諦めてその人に譲っちゃうんだね』
『「それはダメ!」』
今までに見たことのない速さでレスポンス。
『ほら、出来るじゃん』
思わず反応してから自分が試されたことに気づき見られてもいないはずなのに熱くなった顔を隠す。
他のことは別にかまわない。好物のメンチカツだって、本だって、ゲームだって我慢して次を待てる。でも、幼馴染の上杉都代だけはダメだ。彼女だけは誰かに先を越されたくはない。いや、最後に決めるのは彼女であり自分が選ばれるなんて夢想もいいところであるがどんな結果だとしても彼女に想いだけは伝えたい。
『それくらい強く出ないとホントに取られちゃうよ?』
『……僕ってこんなに独占欲強かったんだね』
『独占欲とは少し違うかもだけどね、どっちにしろ今のままじゃいい結果にはならないのは間違いないと思うよ』
『どうすればいいかな?』
『強くならなきゃ。身体じゃなくて心の方を』
心を強くする。
そういえばと誠は武道家の幼馴染の言葉を思い出す。
人は精神から鍛えられる。身体は精神が鍛えられて初めて強靭になると。
そして、叔母の言葉を思い出す。
小手先の力は本当の強さではない。腕っ節の弱さだけが本当の弱さではないと。
『…今からでも変われるかな?』
『アサくんはまだ十六歳でしょ。まだまだこれからだよ』
不登校生活を始めて一ヶ月。腐ってはいけないと心の中で唱え、何度も動き出そうとした。でも何度試してもその先には進めず、いつしか諦め始めていた。
叔母や幼馴染はそんな自分に優しく接してくれる。だが、その優しさを受けているだけでいいのだろうか。このまま、二人の優しさにヌクヌクと浸り続けていていいのだろうか。
今こそ甘えづくしの自分から『変わる』時なのではないか。
『……もしアサくんが変わりたいと思うなら』
チャットにカフェの店名が記載される。
場所は最寄りの駅からでも三十分もかかる場所だ。
『明日ここに来て。変わる方法、教えてあげる』
その日、朝野誠は人生の大きな分岐点に立った。
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