第30話 世界の最深部
底知れぬ暗闇の中に落ちて行く俺であった。ダンジョンの階層をぶち抜いてローゼがあけてしまった大穴。その中を俺は絶賛落下中であった。
ああ、ちょっと前ににたようなことあったよな……とか思う。ローゼの魔術の中で落下して、あの時は魔術で作られた仮想世界の中を落下して、魔術がとけてことなきを得たけれど……
今回は、これリアルで落ちてるよな。魔法が解かれて地面にポツンと立っているなんてことないよな。このままダンジョンの底に叩きつけられてついに俺の悪運もつきるのか?
思えば、俺は、この
赤潮を除去して、選挙運動をやって……いやこう言うとなんだか大したことなさそうだが——その間に何度死にかけたことか。
異世界の日常に紛れてカジュアルにやってくる世界の危機になんども巻き込まれたことか。
真空の相転移、黙示録、ラグナロク、末法の世……ローゼがなんとか食い止めたものの……そもそも
「ああ、本当にいろいろあったな……」
俺は、そんな短くも濃ゆい異世界生活を走馬灯のように思い出す。
人間、死ぬ前の一瞬に自分の人生のことをいろいろと思い出すと言うが、まさに今がその時なのかもしれない。果てしない暗闇の中を落ちていく俺は、自らの人生を遡るかのようにいろいろと思い出していく。それは、この異世界での強烈な体験のこともあれば、日本で部屋でだらだらとアニメを見ていた時のポテチの味のことだったり、アニメ見ながら切ってて深爪した時の痛みのことだったり、アニメ見ながら酒飲んでたらうっかりビール注ぎ続けて畳にシミ作った時のことだったり、アニメ見ながら……
なんだかアニメ見てばかりだな! 俺!
もっと、こう他の思い出はないのか。
もっと、なんだ青春っぽい——恋愛するとか、スポーツに打ち込んだとか、ブラスバンドやってるとか?
……ないな。思い出すのはやっぱりアニメ見ているところばかり。
思い出す青春と言えば、アニメの中のものばかり。
子供時代も——子供向けアニメばかり見てたな。
友達ともあまり遊ばなくて……と言うか遊んでくれる人もだんだんいなくなって……
一人寂しく帰る俺と、唯一遊んでくれたのは、
「
「あっ! やっと目を覚ました」
俺は目の前にある幼馴染の顔を下から見上げている自分に気づいた。
「まったく使い魔殿は相変わらずダメダメですね」
「む! そう」
「へっ?」
俺はみんなに見下ろされている自分に気づき、慌てて体を起こす。
「ここは……」
もしかしてダンジョンの最下層?
「すごかったよ。ローゼさんにみんな飛翔魔法かけてもらって、鳥みたいに飛びながらここまでやってきたの」
飛翔魔法? 俺はローゼに穴に落とされて、
「ローゼの使い魔さんは穴に落ちるなり気絶してしまったのです」
ロータスが解説する。
「みんなふわりと浮いてちっとも危なくなかったよ。面白かった。その間のことを覚えてないなんてもったいなさすぎるよ」
「む! もったいない」
「なるほど……なんなら使い魔殿、もう一度飛んでみますか?」
三人が、なんだかやってみればばいいのにと言う目で俺を見るが……
いやいや遠慮する。俺一人なら真面目に魔法かけてくれなくて、本気で落とされる危険性を感じる。
「む? いいのか?」
「使い魔殿、飛ばなくていんですか?」
「うん、ダンジョンの階層を一気に見ることができるのはすごい絶景だったよ……」
「いやいいよ、それより……」
俺は呑気な三人の後ろを指差す。
「うわ!」
「む!」
「いわゆる階層主ですか……」
身の丈数十メートルはありそうかと言うデカブツのモンスターが俺たちの目の前に忿怒の形相で立っていたのだった。
なんというか、ダンジョンの最下層の主にふさわしい禍々しさであった。大きさだけでもやばいのだが、いろいろなモンスターを足しわせたようなその形態。というか、体のあちこちに別のモンスターが融合していてぬめぬめと動いていて気味が悪い。
「キメラですね……」
ロータスが厳しい顔をして呟く。
「ここまでは我が聖騎士も来たことはありませんでしたが。こんなものが潜んでいたとは……」
たいていのモンスターなんて赤子の手を捻るように倒してしまえるはずの、聖騎士の長である聖女様がこんな顔をしている。それは相手の強大さを俺にも実感させる。いや、その大きささ気色悪い見た目だけでももう十分すぎるほどビビっている俺であったが、ロータスの様子を見れば、その緊張はさらに高まってしまう。
「む!」
「そうですね。とりあえず攻撃してみますか」
とはいえ、この二人は相変わらずの呑気な様子で、
「む!
ローゼの杖から業火が発射される。
しかし、
「……氷の妖精?」
炎は怪物の前にできた熱い氷の塊に阻まれる。
「ジャックフロストや雪女……いくつもの氷の精霊や魔物が取り込まれていますね……」
ダンジョンの最下層にふさわしい様々な魔を取り込んで完成したキメラは、ローゼの炎も防ぐ寒気を出すことができるようなのだった。
「む!」
「そうですね……相手がそうくるなら、冷気対決も面白いですが……今度は炎で氷を溶かしにくるかもしれませんから、物理で行きますか……」
「む!
ローゼの拳が十メートル以上にも膨れ上がったかと思うと、そのまま手が伸び、キメラの魔物にものすごい勢いで突進する。
——ゴツン!
響く大音響と砂塵。
「やったの?」
いや、
「むぅ……!」
「アイギスの盾なんてもってますねこいつ」
どうやら女神アテナが持っていたと言われる伝説の盾をもキメラはとりこんでいるらしい。こいつは魔物だけでなく伝説の武具までも取り込んでいるというのだろうか。
こりゃ物理攻撃もだめかもしれない。
でも、
「ならば私が……」
一歩前に出るロータス。
「
ロータスの宙に掲げる手より清らかな光があふれでて、頭上に広がったそれが、キメラに向かって注がれる。ならば所詮は魔により結びついた怪物、魔が清められれば少なくとも個別の怪物に別れればローゼが簡単に個別に倒すことも可能とおもったのだが、
「えっ……お師匠様!」
ロータスの浄化の霊力は、キメラの魔物が放った霊力によりブロックされる。まだ(恥辱でのは発動による)全力の霊力を使っていないとはいえ、この世界最大の霊力を誇るロータスの浄化を受けきれる力の持ち主とは?
「私の師匠、先代の聖騎士長があの中に……認知症で街を徘徊したまま行方不明になったかと思ったら……こんなところに……」
どうも脇腹あたりにくっついてる、きらびやかな衣装を来た老人がロータスの師匠のようである。ボケていたにしても、どうやってダンジョンに迷い込んでしまったかはよくわからないが、ともかくロータスの霊力を受け切れる能力を持ち主までもがあのキメラに取り込まれているようなのだった。
なんでもありだな、この
「すごいね異世界って……」
そんな怪物を見てコモちゃんはぼそりと呟く。
「君、こんなところでがんばってたんだ」
「へ?」
幼馴染の、なんだか今までに見たことのない表情に俺はちょっとどきりとし、
「少し……かっこいいよ」
なんだがその意味も分からないまま、頰が赤くなるのだが、
「む!
「む!
「む!
「む!
「む!
……
次々に繰り出すローゼの魔法が全く通用しない化け物の様子をみると、そんな微妙な心の機微を良く考えている暇などはない。
「む……」
「困りましたね。キリがないですね……」
今のところローゼが次々に繰り出す魔法で相手の攻撃も相殺できているようだが、正直じりじりと押し込まれているように見える。だんだんと相手の攻撃の方がこちらに近づいて来てしまっているのだった。このままではそのうちこちらも危ない状況になってしまうかもしれない。
なら、コモちゃんもいることだし、こんなダンジョンクエストなんか打ち切って逃げてしまうと言うのも手だが、
「ダンジョンにこんな穴を開けてしまったら、怪物が街に登って行ってしまうかも」
心配そうに頭上の大穴を見上げる幼馴染の表情を見れば、どうせ異世界の街なんだから構わないから逃げてしまおうとも俺は言えず……
どうしよう。何か、あのキメラを倒す手は? ローゼの魔法さえ防いでしまうあの怪物をどうしたら?
——うん。
実は、ちょっと思いつかないでもないのだが。
あの手の外からの攻撃が通用しない時の常道。
でもさ……それこのメンバーだとやるの俺しかいないよね?
ちょっと、危険がだいぶ危ないよね。
……
思いついたこと黙っていた方が利口だよね?
でも、
「街のみんなが心配だよ……」
そんな言葉を言う、
「ええい、ままよ!」
と俺は、そんな言葉一生使うこともないと思っていたセリフを吐くと、ポケットからスマホをだして、さっと検索ワードを入力するのだった。
ウィルス、免疫そして『ミクロの決死圏』と。
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