第26話 異世界で修羅場

 突然、窓から入って来た秋桜コスモス

「コモちゃん……」

 俺はその幼馴染の姿を見て、何事が起きたのかわけもわからずに彼女の昔からの愛称を呟くと、その場に固まる。

 だって俺が今いるのは異世界なんだよ。そこに彼女もやってきたということは、

「お前も召喚されたのか?」

「召喚? 何それ?」

「いや……」

 そりゃ召喚されたかどうかなんて本人にはわかんないよな。彼女からから見たら単に窓から俺の部屋に入ってきたたけだからな。窓から入ってくるのを「単に」と言うのは少々はばかられるが、

「呼んでも出てこないから、昔隣に住んでた時みたいに、非常階段伝って窓から入ってみるかなってやってみてだけだけど……召喚ってなんのこと言ってるの?」

「それはな……」

 俺は説明しようとして、声を詰まらせる。

 部屋ごと異世界に召喚されて、チンチクリン魔術師ローゼの使い魔にされてロクでもない事件にずっと巻き込まれ続けたこの数ヶ月のことを説明しても——俺の頭ががどうにかなったのかと思われてしまわないだろうか?

 いや、普通信じられないだろ? 異世界に来て、魔王と戦ったとかならともかく、赤潮の対策したり、選挙戦を戦ったり、チャック・ノリスの引き起こした世界の危機に対処したりしてたとか言っても……冗談にしてもおもしろくない。聞き流されて終わりだろ。

 俺は、理由はわからないがどうやらこのふざけた世界に俺同様に紛れ込んでしまった幼馴染に、どんな風に説明すれば良いのか考えあぐねてしまっていると、

「でも、そんなことより……」

 その秋桜コモちゃんは、

「なにその人?」

 少し眉間にシワを寄せながら機嫌悪そうに俺たちのことをじっと見つめている、聖女ロータス様のことを指差すのであった。


   *


「へえ? 通い妻ってわけ? いつのまにか、あんたもやるようになったもんだね? このこの!」

 とりあえず毎日のようにやって来てご飯つくったり掃除したりして帰っていく人と、幼馴染の秋桜コモちゃんに客観的な説明をする俺であった。

「そういうわけでは……」

 正直、聖戦士でありながら、この世界ではローゼと並ぶほどの悪評がたちすぎて、いくら絶世の美女でも(異性的な意味では)誰も近寄ってこないロータス様が、異世界人の俺ならばなんとかなるかもと積極的にアプローチしてきているこの状況、通い妻的な説明も完全に間違っているとはいえないが、

「でも大丈夫この人? こんなコスプレみたいな格好でいる理由は聞かないでおいてあげるけど、それを置いておいたとしても、ちょっと……な感じするけれど」

 幼馴染も、この現状はそれだけでないとすぐに気づいたようであった。

 そりゃ幼馴染男子のアパートにいる女が、聖女様のキンキラキンのローブ姿であれば、それだけでも十分やばい感じがするに違いないが、その上、ブラックホール並みに重い女の雰囲気が、ロータス様の周りからどす黒い後光として漏れ出していたのだった。

 この人は、生来の生真面目さに聖戦士を束ねる長としての責任感で、心が緊張感でいっぱいいっぱいなところに天然ドジっ子の属性があわさって、間違った方向にとても思い込みの激しくなってしまっている。

 俺は、その性格そのものについては、その一生懸命さとか、まっすぐな思いとか、結構好ましく思わないでもないのだが——あくまでも自分にそれが向いてこない時はである。

 正直——これは重い。思いが重い。重すぎる。

 元の世界では、たんなるボンクラ一般人である俺にはロータス様は重すぎるのである。

 だからこの状況は幼馴染の思った通り。

「想像のとおりだが……」

「なに? もしかしてこの人ストーカー的な人? もしかしてつきまとわれて困ってるとか?」

 俺は曖昧に首肯する。

「もっと事情はいろいろ複雑だが……あたらずとも遠からずと言うか……」

「どっちにしても、迷惑してるんでしょ? 警察とかに相談できないの」

 ちょっと心配そうな顔になる幼馴染コモちゃん

「あの、ローゼの使い魔さん……」

 そんな俺たちがロータス様は気になるようだが、

「ああ警察なんてものはここにはなくて……自警団はあるけど……今そんな人たちは俺には関わってくれないというか……なんというか……」

「警察がない? なんだかさっきから、あんたへんなことばっかり言っているけど? ああ、確かに警察はストーカー被害はなかななか取り合ってくれないとか聞くけど……そういう意味?」

「あの、使い魔さん……」

 俺は幼馴染になんとか現状をうまく説明しようとするが、うまい言葉が浮かんでこなくてしどろもどろでそれどころでなく、聖女様のジト目はとりあえず無視。

「……そういう意味ではないけど……コモちゃんに理解してもらうにはなかなか難しいというかなんというか……」

「何それ? やっぱり意味不明だな?」

「使い魔さん? そちらの方はどなたなのでしょうか?」

 なんとか言葉を続けるけれど、異世界にいるという現状を理解してもらわないままに説明は、やはり、なかなかに難しい。

「意味不明なのは理解しているけど……言葉だけで説明しても信じてもらえないって思って」

「どっちにしても、困ってるなら相談のるけど……これでもあんたとは長い付き合いだから、見捨てたら幼馴染がすたると言うものよ!」

「…………?」

 台所脇でこそこそ話をする俺と秋桜コモちゃんの姿を見ながら、聖女様はなんだかとても考え込んだような顔をしていた。明らかに、自分があまりよく言われていないのには気づいているようだが、コモちゃんも異世界からやってきたとは思っていないだろうから、俺たちの話していることの意味がわからないようだった。

 コモちゃんは、そんなロータス様をちらりと見ながら言う。

「ふうん。なんか、やっぱりよくはわからないけど……幼馴染のカンとしては、少なくとも、この女の人、あんたには扱うの無理な種類の人に見えるとだけは言えるわね」

 思いっきり同意の首肯をする俺。

「うん。なら、ちゃんとそう言うべきだけど……優柔不断なあなたの性格がつけ込まれてているって感じかしら?」

 そのとおり。このロータス様もそうだが、何事も押し切られやすい俺が色々ときっぱりと断れないので、ローゼにも散々振り回されて、異世界で次から次へとロクでもない事件に巻き込まれ続けていると言える。

「じゃあ、私が彼女のふりしてこの女の人追い出してあげても良いけど……あんた逆恨みされて包丁グサリとかされかねないわねこの様子じゃ」

「いやもっと凄いことになる……」

「…………?」

 俺の深刻そうな顔を見て訝しげに眉を歪めるロータス様であった。

 ローゼに匹敵する力を持つロータス様の霊力が逆上して暴走したら——考えるだに恐ろしい。そんな事態になるのは、少なくとも俺の部屋の中では勘弁してもらいたい。

「ならどうしようかな。もう少し事情わからないとちゃんとしたアドバイスができないけど」

「それは……」

 やはり、最初は信じてもらえないかもしれないが、ちゃんと説明するしかない。ここは異世界であり、なぜかは知らないがコモちゃんもここに紛れこんで来てしまったと言うことを。面倒がらずに逐一話す必要がある。そんな風に思った。

 だから、俺は、

「ここは実は異世……」

 真面目な顔で冗談のような現実を彼女に伝えようとしかけたのだけど……


 ——ドンドン! ドンドン!

 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン!

 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!

 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!


「使い魔殿! 使い魔殿! やって来ましたよ! ローゼ様がやって来ましたよ!」

「む!」

「開けてください! 今日もお仕えの時間の始まりですよ!」


 さらに話をややこしくするだろうチンチクリン魔法使いとクソメイドの来訪に大きなため息をついてしまうのであった。

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