告白から始まる青春

第1話 告白

階段を駆け下りる、とは言っても学校の階段は踊り場で折り返すので体は常に向き直る後方を意識する。下りエスカレーターを一気に駆け下りる様なスピード感とは程遠く、どたどたと上履きのゴムを床に打ち付ける気の抜けたタップダンスを披露している様な気分になる。左足をちゃんと履いていなかった。かかとが潰れているからこれだけ急ぐと折り目が残ってしまうかもしれない。構うものか、と1階に降り立つ。下駄箱には既におらず昇降口から一人折り畳み傘を開きながら歩く男子に。

「ケンゴ!」

くしゃくしゃの髪と顔洗ってないんじゃないかこいつとしか思えない寝ぼけた顔なのに眉の太さが妙にしっかりして見えてこいつが体育でバスケをやってる時は本当にそれでも頼もしく見えて給食を食べるのが誰よりも早くて消しゴムをよく忘れる割にノートは綺麗に取っているこの男が、この男を。

「なんだよ、どうしたカズコ」

古臭い名前、と呼ばれるたびに思った。30年くらい前のセンスだって。名前だからそれが普通だよと言われても周りの名前とは随分違っていたので恥ずかしかった。先生、と呼ばれてからかわれたこともあった。名前だけ年増。ばかみたい。それでもケンゴに呼ばれる時だけは、私がカズコで良かったと思えるような気がした。

「これを読んでほしいの」

「え、なんで。手紙か?」

「うん、今、ここで」

「…ああ」

開く。男は封筒の開け方が荒い。きたない。封がされてるとみるやすぐ上のとこを指でばりばりと破る。

「…………」

無言。怪訝な顔。ああ、駄目。全身の体温が10度くらい下がった気がした。この浮かれた気分も何もかも無駄だったんだ。今日まで悩み悩んでこのタイミングで勇気を出して手紙を渡したことも全部叶わぬ望みで私は叶わぬ望みに振り回された大バカ者だというわけで恥ずかしさでもう何もかもどうでもいいと思っていっそこのまま屋上へ行って飛び降りてしまえば何もかも追われるのではと

「いいよ」

全く逆の返答が返ってきた。

「…………えっ?」

「ありがとな。知らなかったよ。お前がここまで思ってくれてるなんてさ。告白…?とか俺始めてだったら、なんて答えるのが良いか分からねえけどさ。OK。青春じゃん。なってみようぜ、カップル」

その時私は声を聴きながら泣いていたのだ。全身が癒されていく音がする。悲しい涙ではなく、何もかもが許される天上の泉に浸かって力が回復したかの様な気分だった。とても声を出せるような状態ではなく、とにかくうれしかった。

「あり……がとぅ……」

声が出た。細くて掠れた高い声。なんて弱っちい。ケンゴが私の手を握る。

「これからよろしくな」

ああ神様仏様とでも祈りたくなる。今ほど幸せな時は私の人生で初めてです。どうかこの先もずっと幸せを下さい。ケンゴと一緒に高校生活を暮らして本当の幸せを手に入れたいんです。こいつは昔からバカだけど本当に良いやつなんです。私なんかにはもったいないってずっと思ってた。でも、それでも。うれしい。


二年生の春、ケンゴとカズコは付き合う事になった。

二人の波乱万丈の高校、そして恋人生活は、これから始まる。

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