第52話
「どうした?」
由羽の狼狽の仕方に面食らいながらも、ヨウは優しく諭すように由羽の頭を撫でた。
「…………」
頭を撫でられた由羽は、何度か深呼吸をすると、「ごめんなさい」と、体を離した。倒れた椅子を直し、腰を下ろした。
「お前がそれほど追い詰められるって事は、乙姫の未来視はやっぱり良くないのか」
「うん……。絶望的なまでにね……」
シュンッと項垂れる由羽。彼女の目からは、今にも涙が零れそうだ。
ヨウは知っている。由羽は人一倍強く、正義感がある。だけど、周りに頼れる人が居ない。乙姫は守るべき存在で頼るわけにはいかない。明鏡には、ヨウもレアルもいないのだ。常に、彼女は一人で戦っていたのだ。
「それに、その様子だと他にあるか?」
ピクリと、由羽の肩が震えるのが分かった。
由羽がこれほどまでに追い詰められていると言うことは、やはり、ただ事ではない。明鏡では、由羽の意思、発言はほぼ絶対的な力を持つ。ヨウが知る限り、明鏡は乙姫の元、一つにまとまっている。その由羽がこれほどまでに憔悴していると言うことは、もっと別の問題だ。恐らく、乙姫の未来視では見えていない事態。
「傀儡……。ユーラミリア、ユラの奴か……」
ヨウの問いかけに、由羽は小さく頷く。
「アイツも絡んできている。もう、ローゼンティーナの未来はメチャクチャよ。ただでさえ、未来視が安定しないし、魔神機だけじゃなくてユラまで関わってきているなら、防ぎようがない」
「大丈夫だよ」
抑揚のない声でヨウは言った。由羽が目を上げる。
「俺がいるんだ。レアルだっている。大丈夫だ」
「ヨウ……」
由羽は口元に小さな笑みを浮かべた。
ヨウ!
その時、廊下からけたたましい足音と共に、レアルの声が聞こえてきた。
「あのバカ……。もっと静かに隠れてこられないのかしら」
溜息をつきながら、由羽が再びスティックのスイッチを入れる。一瞬にして、由羽の顔が別人に切り替わった。
「ヨウ! 大丈夫か!」
レアルが飛び込んできた。勢いよくカーテンを開け、ヨウの傍らに座る変装した由羽を見て、目を丸くする。
「なんだ、てっきり一人かと思ったぞ。しばらく面会禁止だったから、なかなか来られなかった。ホラ、土産だ」
レアルは、抱えた紙袋をベッドの上に置いた。
漂ってくる香、これはハンバーガーだ。
「テラギガントバーガーだ! もの凄いカロリーなんだ、これで元気をだしてくれ!」
ドカッとベッドに腰を下ろしたレアルは、紙袋から子供の頭ほどもある大きなハンバーガーをヨウに手渡した。自分も同じ物を取り出す。そして、空いている手で紙袋を由羽に渡す。
「ホラ、由羽、お前も食え。コビーの為に買ってきたが、お前にくれてやる」
「えっ? ありがとう……、って、アンタも私の変装分かるわけ? どーなってるのよ、明鏡の技術!」
「匂いだ。由羽、お前臭うぞ。生理か?」
「しっ、失礼ね! 確かに、あの日だけどさ! 匂いで分かるとか言われると、ショックなんだけど!」
大声を出しながら、由羽はスティックを操作して顔を元に戻す。
「俺様達の間だ。気にするな。それよりも、ヨウ! 二回戦は面白かったぞ。もし、お前がソフィアを持っていたら、絶対に皆殺しに出来たな!」
「バカね。殺したら失格よ、失格。でもまあ、生身でも頑張ったじゃない。ジンオウが師匠だから、どうかと思っていたけど、安心した。レアル、アンタは相変わらず、バカね」
「そういう由羽も相変わらずだな。大方、明鏡からヨウや俺たちとの接触は止められていたけど、寂しくなって出てきた、そんな所だろう」
「アンタって野生の獣ね。その感、本当に忌々しい」
「褒められたぞ、レアル」
「そうだな。俺様は獣だ!」
言いながら、レアルはハンバーガーに噛みつく。ヨウも、レアルに習って噛みついた。久しぶりの食事だ。体が栄養を欲していた。
「全く……」
言いながらも、由羽は笑いながらハンバーガーに口を付けた。
「心配はいらない」
モゴモゴと口を動かしながら、レアルは由羽を見る。
「俺様がいる。ヨウだっている。俺様達三人がそろえば、不可能はないだろう? もし、絶光が出てきたとしても、魔神機が出てきたとしても、どうにかできる」
「能天気ね」
「考えてもしようが無いことは考えない。考えるだけ無駄だ」
「それもそうね。……私達三人がそろえば、不可能はない。どんな事だって出来る」
由羽は自分に言い聞かせるように言った。
それからは、三人とも話はしなかった。夜の病室に、ハンバーガーの不健康そうな香りと、咀嚼する音が響く。
ピピピピ……
由羽の胸元から電子音が聞こえた。由羽はシグナルプレートを取り出す。
お姉様、アリエールとシノがそちらに向かっていますよ! 見つかると、面倒くさいことになると思います。
「分かった、戻るわ」
はい、私もテラギガントバーガーを買ってホテルに戻ります!
「楽しい時間も、お開きね」
由羽は残りのハンバーガーを口に入れると立ち上がった。
「行くのか?」
由羽は頷く。
「バレているかも知れないけど、私が来ていることは、一応極秘なの。だから、二人とも私の事は言わないでね」
由羽は窓際へ歩いて行く。窓を開けると、強いビル風が室内に入ってきた。大きくカーテンを揺らした。
「じゃあ、ヨウ、レアル。また会いましょう」
「時が来たらな!」
「ああ、またな!」
ヨウとレアルが手を振ると、それに答えるように由羽は会心の笑みを浮かべた。
入るぞ!
廊下からアリエールの声がすると同時に、扉が開いた。
「ヨウ! レアル!」
アリエールはベッドまで歩み寄ると、周囲を見渡した。
「アリエール、誰も居ないわ」
強い風がシノの髪を揺らす。シノは窓から顔を出し、異常がないことを確認すると、窓を閉めた。
「ったく、逃がしたか」
仏頂面で立つアリエールをレアルは悪びれる様子もなく見上げた。
「悪いな、アリエール、シノ、お前達のハンバーガーはないぞ」
不機嫌なアリエールは、探るようにヨウとレアルを見る。何を聞いても無駄だと悟ったのだろう、これ見よがしの溜息を吐き出して、シノと共に病室から出て行った。
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