第19話


「乙姫! こら、起きなさい」

 言葉と共に、頭頂部を激しい痛みが襲った。驚いて目を開けると、由羽がこちらを覗き込むように立っていた。彼女の右足が不自然に振り上げられていた。先ほどの痛みは彼女のつま先で蹴られただろう、乙姫が起きなければ、後一発くれようとしていたらしい。

「なあに?」

 いつの間にか寝ていたらしい。乙姫は口を押さえてあくびをした。

「ジンオウが来てるわ」

「そうですか」

 ジンオウが来たと言うことは、乙姫の忠告を無視してヨウはローゼンティーナに行ったのだろう。

「それじゃあ、ヨウはローゼンティーナに行ったのね」

「乙姫の未来視を無視してね」

 乙姫は溜息をつく。

 良くない兆候だ。

 未来視は、予報や予言ではない。これから先に起こることを事前に視ることができる。それは、放っておけば一〇〇パーセントそうなる決まった未来だ。代々、三千世界の所持者は、世界で起こる大災害や大きな戦争などを事前に察知し、それを阻止してきた。しかし、中には阻止できない事もある。ガイアが地球と呼ばれていた頃に起きた大戦争、二度にわたる世界大戦と、魔神戦争だ。それでも、明鏡は被害を最小限に止めようと秘密裏に動いていた。魔神戦争は、そうした明鏡の支配を好まない世界各国と、明鏡一国の争いだ。当時の未来視は、当然その戦争を予測できたが、防ぐことができなかった。それほどまで、世界のうねりは大きく、修正が効かなかったのだ。それと、大きな要因がもう一つ、三千世界と同じく『外伝』に属する剣、『外伝・絶光』の存在だ。

 二度の世界大戦、魔神戦争と、三つの戦争に関わったのが、絶光だ。三千世界と絶光の相性は最悪だ。絶光は時を歪める力を秘めている。それに対し、三千世界は時を視る。絶光の存在自体が、三千世界の未来視を不安定にさせるのだ。

 八年前の御剱見聞。あの時まで、乙姫の未来視は問題なかった。だが、御剱見聞当日の未来視だけは、どうしても曖昧な物だった。見る度に結果が変わる。乙姫が未来視になって、初めての出来事だった。そして、あの悲劇が起こった。魔神戦争以降、千年以上もの間、所持者の現れなかった絶光の所持者が現れたのだ。絶光を手にした少年ショウは、絶光に心を奪われ皆を惨殺した。生き残ったのは、由羽とレアル、そして、ショウ・ミナヅキ。ショウは生まれ故郷リンドウに引き渡され、処刑された。

「ほら、行くわよ」

 由羽は手を差し伸べた。

 あの時から、由羽は乙姫の友人として傍にいてくれる。彼女は、御剱見聞にて『外伝』の次に格式が高い『天ノ御柱』の一つ、『百花繚乱』を所持したのだ。

 御剱にはいくつか種類があり、頂点に『外伝』、次に『天ノ御柱』、『地ノ御柱』そして『御剱百剣』と格付けされる。外伝は三振り、天ノ御柱は五振り、地ノ御柱は一〇振り、御剱百剣は文字通り一〇〇振りの武器がある。その殆どが戦闘用で、御剱の『繰者』とパートナーである『鈴守』で、『転神』する事が可能だ。御剱を持った繰者は、転身することによって鈴守を素粒子レベルにまで分解、そしてセフィラーと結合させ特殊装甲である『神威』に再構成することができる。仕組みはソフィアのソフィアライズと同じだが、御剱は鈴守も媒体し、ソフィアを遙かに凌駕する力を得ることができる。だが、戦闘用でない三千世界のように、転神をせずとも効果を発揮できるものもいくつか存在している。

「ありがとう、由羽」

 乙姫は由羽の手を握り、立ち上がった。由羽は力強く白袴に付いた草や泥を払って落としてくれた。

「乙姫、ローゼンティーナにレアルも行くみたい」

「………そうね。もう、この流れは止められない。だから、ジンオウは私の指示を無視して、ヨウをローゼンティーナに送り込んだのでしょう」

「ヨウは乙姫の指示を知らない?」

「私の未来視が揺らいでいます。あの時みたいに……」

「まさか、また絶光が?」

「現状、考えられる可能性はそれだけです」

 乙姫は由羽と並んで歩き出した。

「由羽。もし、再び絶光が世に解き放たれたら、その時は……」

「止めるわよ」

 由羽は乙姫の言葉を遮った。そして、口元に笑みを浮かべた。乙姫にはない、大人っぽい笑みだ。その笑みは、乙姫を幾度となく救ってくれた。

「私とレアルで絶光は止める。絶対に……。あの時、私たちは約束したから」

「由羽……」

「そんな顔しない! ほら、社に着いたら、いつものポーカーフェースよ! ね!」

「はい……」

 乙姫は由羽と共にジンオウが待つ社へ到着した。

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