付喪神のいる世界 ~風二輪のエリーゼ~

孔雀(弱)

第1話「絶対背骨折れたぞ、376ヶ所くらい!」


 ジリジリと鳴り響く目覚ましを止め、寝ぼけ眼を擦りながら車庫へと向かう。

 車が無いにも関わらず、そこそこのスペースを持つ我が家の車庫の真ん中にそれは鎮座している。

 ――ウィンドバイク……風を原動力あるいは推進力とする従来の自動二輪車に変わる新たな乗り物だ。

 純白に輝くシャープなこのボディを磨くのが俺の毎朝の日課だ。


 俺自身はバイクを操縦した事も今後乗る事もないが、亡くなった親父の数少ない形見という事でこうして乗らなくなっても毎日手入れを欠かしていない。

 かつての自動二輪車とは違い、定期的に乗らないと動かなくなるという事は無い。その為、半年に一回点検に出すだけで良いらしい。

 とはいえ、放っておけば埃が積もったり汚れがついたりしてしまう為、こうして外見の手入れはマメにしている。


 マシンの手入れに夢中になっていると背後から人の気配が近づいてくる。

「渚、今日もお疲れ」

 振り向かなくてもわかる。声の主は唯一の同居人である母さんだ。きっと声音と同じ労わるような表情でこっちを眺めてるんだろうな。

「別に。売る時に値段が落ちないようにと思ってやってるだけだから」

「もう、またそんな事言って。ご飯できてるからね」

 それだけを言って、足音はリビングの方へ遠ざかっていく。

「バイクなんて、嫌いだ」

 そんな呟きとともに動かした手は、俺の心とは裏腹にどこか慈しむような手付きでマシンを撫でている。

 ちぐはぐな自分の言動に困惑しつつ、俺もさっさとリビングへと向かう。

『…………いつもありがとうございます』

 ―― 誰もいない空間に感謝の言葉が響く。





「飲み物、お茶とコーヒーどっちがいい?」

 食卓についたところで流し台に立つ母さんから聞かれる。

「今日の気分はー、コーヒーかな」

「毎日コーヒーだけどね」

 苦笑する母さんからコップを受け取り、リビングの壁に投影されたホロディスプレイに視線を移す。

「お、今日から新人アナウンサーか」

「あんまり渚が好きそうな子じゃなさそうね。もう少し穏やかな雰囲気で小柄な方が良いのかな」

 確かにその通りだが、母親に異性の好みを把握されているというのも複雑な心境だ。

 一体どうやって息子の趣味をリサーチしているのか気になる。まさか俺の隠しフォルダを……。

 ちなみにフォルダ名は『新しいフォルダー (2)』でその下にフォルダ迷宮を3層作ってある。


『続いてのニュースは、付喪神の新発見についてです』

「いいなぁ付喪神。お母さんも欲しいなぁ」

「この現代にこんなオカルトな存在欲しいか? 自我持つ道具なんて何するかわからないんだし怖いだろ」


 ――付喪神、それは数十年前に突如として発見された道具に宿る意思だ。

 当然、そんな現代科学を全否定するような存在が発見された当初、世界中が驚愕した。だが、事はそれだけでは終わらなかった。

 全世界でその後も次々と付喪神の事例が発現し、この国でも今や5人に1人は付喪神を持つ程に至っている。

 これだけ世に広がっているにも関わらず、未だ全貌が解明されておらず目下研究中らしい。

 よくわからないけど、あるものはあるんだし何となく付き合っていこうが世間の対応だ。まぁ現に存在してるしな。今更どうもこうもない。


『今までは付喪神は1人に1柱と言われていいましたが、複数柱発現した人物が現れ……』

「また、法則から想像してた仮説がひっくり返るのか。10年以上たってこれとか、ほんと付喪神の研究はイタチごっこだな」

 そもそも研究家達は一体どのようにして付喪神を研究しているのか謎だし。

『付喪神研究第一人者の熊谷教授はこれについてどう思われますか?』

『もうね、よくわかんないし、収拾つかんよ』

 お手上げしてんじゃねーよ!


『続きましてスポーツコーナー! 最初は、昨日のウィンドバイク京南エアレース杯の決勝について……』

 ――ピッ

 仮想ウィンドウを操作して、テレビ番組のチャンネルを変える。

「あ……」

 突然番組が変わって、母さんが声を漏らす。

「スポーツとエンタメには興味無いから、別のニュース見ようぜ」

 政治・経済・海外情勢を知らなければ、意識高い系にはなれんからな。

「はいはい」

 わかってるわよ……というニュアンスを含む母さんの返事は、意地をはる俺のわがままを見透かされたみたいでなんだか恥ずかしくなった。





「はぁそういえばもうそんな時期だったのか……」

 朝の登校中、沈鬱な気分で一人ごちる。

 ウィンドバイクはこの国では人気のモータースポーツで、他の球技なんかと同じぐらいに特集が組まれる。

 そして俺の親父もかつてはプロのレーサーだった。

 レース中の事故で親父が死んでから、俺はどうしてもあの危険なスポーツを好きになれなくなった。

「なーに朝から暗い顔してんの!」

 突如、背中を叩かれて一瞬体勢が崩れる。

「いきなり何すんだよ陽菜子! 絶対背骨折れたぞ、376ヶ所くらい!」

「それぐらい平気平気」

 ふざけんなよ小娘 、376ヶ所も折れて平気なわけがないだろ(折れてないけど)

 人に危害を加えておいて朗らかに笑うとは。幼馴染ってもっと犬チックなもんじゃないのか?


『朝から目の前に辛気臭い男が歩いてたら、こっちまで気分盛り下がりですぅ!』

 俺と陽菜子しかいないはずなのに、第三者の声が響く。

『そんな辛気臭い男に気合注入するご主人様はホント慈愛の女神です!』

「喧嘩売ってんのか? 時計女」

 そういって陽菜子の左手首を睨みつけると、腕に巻いた時計が淡く輝き

「ですですぅ!」

 というふざけた掛け声とともに俺の腹に衝撃が走る。

「ゴフッ」

 腹を押さえて呻く俺の目の前には、銀髪でかリボン の女の子が腕を組んで仁王立ちしている。

「おい、陽菜子 。てめぇ、自分の道具に一体どういう教育してんだ」

「ご、ごめんね、渚。こら、リディア! 暴力はダメだって言ってるじゃない!」

 天に向かって唾を吐いてらっしゃる。人の背中を強襲するのも暴力だと思うのですが。

「べー! です!」

 銀髪の女の子は舌を出して俺を挑発した後、先ほどの時計と同じく淡く輝きだす。


『…………』

 主人の手首に戻った腕時計はうんともすんとも言わず無言を貫く。

 お察しの通りさっきの少女がこの時計で、そして陽菜子の付喪神だ。

 それにしても相変わらず生意気な時計だ。リューズぶん回してやろうか?

「ほんとゴメン。普段は気が利く良い子なんだけど、なんでか渚だけにはいつもこんな調子で」

「そうか俺だけか。イケメンですまんな」

 憧れをついつい暴力で表現してしまってるんだな。まったく困った子猫ちゃんだ。

「いいかい子猫ちゃん。昨今は暴力系ヒロインは人気が出ず誰得で終わるから、あまりおススメはできないな。お兄さんに好かれたいなら、素直デレ系がおススメだよ」

『クソ食らえです!』

「………………」

『ご主人様、時間が推してるからこんなゴミ放っておいてさっさと学校に行きましょうです』

 な? 身近にこんな暴力付喪神がいたらマイナスイメージ抱いちゃうでしょ? しょうがないでしょ?

 この前テレビで『付喪神は人間に恩を抱いているから攻撃しない』とかいう論を唱えてた学者は今すぐここに来いよ。その認識ぶち壊してやんよ!

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