アイリス・マギア ―天使と悪魔の恋から始まる虹色魔法―

真白流々雫

~プロローグ~

 ――色。

 この世界における《色》の定義は、存在価値そのものとっても過言ではない。なぜなら、人は生まれながらに魔法を使うことができるが、其の者が持つ魔力まりょくはその者が持つ色によって大きく左右されるからである。

 

 人が授かる代表的な色は虹の七色と云われており、その中でも創造神そうぞうしん色精霊しきせいれい御名みなのもとに授かった地水火風ちすいかふう四元素よんげんそを象徴する御名色みないろ――四色よんしきは特に優れているとされた。


 ――火の精霊《イグニス》を象徴する、赤。

 ――水の精霊《アクア》を象徴する、青。

 ――地の精霊《テラ》を象徴する、黄。

 ――風の精霊《アエル》を象徴する、緑。


 より純粋に、鮮明な色をしている者ほどその身に宿す魔力が大きいとされ、事実、国の勢力争いのために幾度となく繰り広げられてきた過去の大戦において、良くも悪くも名を上げ、歴史書にその名が記されているのはこの四色に匹敵する色彩を持つ人間たちばかりだった。

 故に人々は――、

 色こそ力。

 色こそ個性。

 色こそ価値。

 それらを世界のことわりとし、神が創造せしめた世界のルールであると声を大にして唱えてきた。それらはやがて人々の信仰の象徴としてその血に強く根付いて行き、色を規範として社会が構築されていった。

 当然、始めは人々の反感を大いに買ったが、そんないにしえおしえに異議を唱える者は時代の推移とともに声を潜めていった。


 そうして人は、今まさに生まれた――その瞬間から、己の存在価値を他者によって決定付けられてきた。


 やがて、その訓えは色を持たない者への差別を生んだ。

 人は生まれた瞬間に色を授かる。しかし中には生まれ持った魔力が不十分であるためにその者の色がくすみ、虹の七色にすら染まれないことがあった。そうした御名色みないろを持たない人は、「神に恵まれなかった存在」と揶揄され、同種属である人だけでなく、あらゆる種族からその存在を追われた。


 やがて彼らは、色無き者――《無色レクサス》と呼ばれるようになった。


 そして、この世界には忘れてはならない二つの御名色みないろが存在する。

 それは天使と悪魔、二対の存在を象徴する色。

 白と黒。

 天魔色と呼ばれる二つの色は、


 白は――何よりも尊い存在である天使の色。

 黒は――最も醜悪な存在である悪魔の色。

 

 これら天魔色は、人の身では決して授かることはない、絶対的な色である。

 なぜなら人とは住む世界を分かつ二種族の力は絶大であるが故に。

 その色を持つ使者と契約を交わすことで、例え力を持たぬ無色の者であったとしても、絶対的な力を得られる程であった。


 人間はそれら絶対的な力を前にしたとき、其の者の真価が問われる。

 外見の色は、其の者の心根まで染めるわけではない。見かけは綺麗な色に染まっていたとしても、決して心まで染まったわけではない。

 なぜなら心の色を決めるのは、神でも、精霊でも、他者ですらない。

 己自身だからである。


 ♪


 アルクス――コルムバ連邦南東部、メリディエスとの国境線上に跨る巨大都市。

 街の中央部には、北に連なるモノケロス山脈から南のマーテルマレ大洋に注ぐ巨大河川――ポルフィルン川が流れている。二つの国はこの川を境界線として国を分かち、両国を繋ぐ大橋は不干渉地帯として制定されている。

 現在は休戦状態が続いてはいるが、このアルクスの地は二国間における戦線の最前線であり、最重要防衛拠点でもあった。

 そして、その日――。

 コルムバ連邦側の街の一角で、歴史を揺るがすほどの大きな変革が訪れた。


「天使様……天使様がお目覚めになったぞ!」

 建物内で誰かが声をあげた。それを口火に、一堂に会していた武装兵たちが次々に歓声をあげる。

「これで憎きメリディエスを打ち滅ぼせる!」

「天使様が我が国を勝利へ導いてくださるからな!」

「神様が我々に希望を与え給うたのだ!」

 兵士たちが歓喜に叫ぶ中、奥の祭壇で天使と呼ばれた少女が徐々に意識を覚醒させていった。


 少女は自らが横たわる宝座ほうざに手を突き、その小柄な体を起こした。それからきょろきょろと周囲を見渡す。


(ここは――っ! 声が出ない……!?)


 宝座ほうざの両隣でキャンドルの炎が揺らめき、少女の驚愕の表情を浮かび上がらせた。

 少女は声を発したつもりだったのだが、出てこなかった。否、正確に言えば声を発している感覚は確かにある。しかし耳まで届いて来ない。まるで空気を震わせている感触がない。

 真っ先に耳が聞こえなくなったのかと疑ったが、聴力を失ったわけではないということは、さきほどからひっきりなしに聞こえてくる人のざわめきによって既に証明されている。

 少女は唾を飲み、宝座の上から疑念の目を周囲へと向ける。

 そこは、さながら西洋の教会の中のような内装だった。多くの列柱が並ぶアーケード構造で、縦、横、高さのすべてが少女のいるチャンセルからは見通せないほどに広く、距離があった。壁の高い位置にはステンドグラスのクリアストリーが見え、辿っていくと、ちょうど背後にはバラ窓があった。そこから、月明かりが少女のいる祭壇へと降り注いでいる。

 まるで神聖なものと邂逅したような錯覚を抱かせる神秘的な建築様式が魅せる演出に、少女は思わず息を呑んだ。自分がその信仰に身を捧げていたのであれば、まず間違いなく手を合わせて祈っていたことだろう。

 どれくらいの時間、そうしていただろう。誰かの笑い声がして、少女は我に返った。見惚れている場合ではない。ここは見知らぬ土地。ましてや自分は捕らわれの身かもしれないのだ。

 誰かの囁き声が、壁や天井に反響して聴こえてくる。地下にいるような、独特な響きだ。空気もどこかひんやりとしていて、やや肌寒い。

 宝座の上から降りて、目の前にある鉄柵へと近付いた。

 そこから眼下に覗ける身廊には、入口の方へ向かって何本もの太い束ね柱が立ち並び、首が痛くなりそうな高さにあるドーム状の天井からは鎖によって豪華なシャンデリアが幾つも垂れ下がっている。その煌びやかな光がだだっ広い教会内をまんべんなく照らし出していた。

 少女がいるチャンセルから、一番奥――入口横に立っている兵士の表情までハッキリと見えた。

 眼下に臨む兵士たちは、身廊を縦断するように置かれた長机の上に並んだ料理を、同じく平行に並んだ椅子に座り無心に頬張っていた。時折、何人かが少女の方を見て何かを話している様子が見受けられるも、教会内は歓談にどよめいており、音の反響も相俟ってよく聞き取れなかった。兵士たちは皆一様に、見知った顔とはかけ離れた堀の深いつくりをしており、そのことからここが生まれ育った故郷でないことはすぐに察せる。だが、兵士たちが話す言語は少女と共通していた。

 ここはどこなんだろう……?

 近くに見張りは居なかった。それもそのはず、少女がいるチャンセルは元来、聖職者以外は入ることを許されない、神聖な場所だ。

 では何故、自分がそのような場所に寝かされていたのか……。

 少女がいるチャンセルは身廊よりも数段高い位置にあり、低い鉄柵で仕切られているが、歩いて数歩の距離に下へ降りるための階段を発見した。

 べつに手錠や足枷をされているわけではない。視界奥には入口の扉が見える。

 少女がキョロキョロと視線を巡らせ、逃げ出す算段をしていると、ガチャンと近くで鉄柵が音を立てた。

 少女の体がビクンと跳ねる。

 見ると、一人の兵士が鉄柵に腕を乗せ、骨付き肉を食らいながら少女をじーっと見つめていた。下卑た表情、下品な食べ方を敢えて見せつけてくるような振る舞いに、少女は不気味さを感じてすぐさま目を逸らした。それから視界の隅で様子を窺うが、その兵士は一歩も動こうとはせず、ずっとこちらを見つめてくる。

 少女は一度、宝座の許へと戻った。動悸が激しくなり、胸に手を宛てて落ち着くまで待った。

 深呼吸してから、顧みる。まだ居る。

 しかし、別に何かをしてくるわけではない。ほかにも何人かの兵士が少女の方へ視線を向けてきたが、敵意を感じるものはひとつもなかった。どちらかというと、同年代の男子が向けてくるような好奇や慈しみの目が多い。中には先ほどの兵士のように下心が籠められたものもあったが、いずれも眺めるだけ。それ以上のことはしてこない。

 柵を乗り越えるか、回り込むかすれば触れられる。だが、誰も一線を越えようとはしない。


(どういうこと……?)


 これではまるで、本当に自分が聖なる存在として崇められているみたいではないか。

 ぐぅ~。

 とりあえずの身の危険はないと安心したせいか、腹の虫が鳴いた。少女は慌てて腹部をおさえ、恥ずかしさのあまり咄嗟に俯く。

 すると、カンカン、と音がした。先ほど少女を見ていた兵士が、柵の上から腕を伸ばして食べかけの肉を揺らしていた。


(えさ……? おにく……食べかけだし……)


 檻の中の動物に餌をやるような低俗な扱いに少女は口を尖らせ、首を左右に振った。

 ――カンカン。

 すると、また別の方から音がした。

 丁度陰が出来ていて顔はよく見えなかったが、今度は皿の上に肉や野菜を綺麗に取り分けたものをプレートに乗せた状態で差し出してきた者がいる。

 少女はその丁寧な盛り付けに感動し、警戒心を忘れて柵に飛び付いた。


「へへへっ、やっぱりな。天使様も腹が減りゃ動物みたいな動きをするってことが証明されたぜ」


 少女の行動を見て、先ほどの兵士が皮肉をぼやいた。少女は思わずむっとした。文句の一つでも言おうかと口を動かしたとき、


「今の台詞、一度だけ聞き逃してやる。とっとと失せろ」


 目の前の男が一蹴してみせた。先ほどの兵士は舌打ちをして、柵から離れていく。


「貴方様のお口に合うと良いのですが」


 そして、甘く低い声が告げた。少女がプレートを受け取ると、その男はすぐに背中を向けて離れて行ってしまう。


――ありがとう。


 聞こえるかどうかは分からない。やはり聞こえないかもしれない。それでも少女は口を動かして、祈った。感謝の言葉が届くように。

 だが案の定、その男に少女の声は届かなかった。反応することも、振り返ることもせずに、男は人混みの中へと消えていく。

 少女は宝座の上にプレートを乗せ、一緒に乗せられていた銀器を手に取った。

 いただきます。

 心の中で念じてから、見たこともない肉と野菜とパンのような塊を眺めてから、おそるおそる口許へ肉を運び、一口かじる。

 ……美味しい……!

 やや冷えては居たが、味も食感もローストビーフのようだった。少し濃い目のソースがかけられて、上品で濃厚な味が口の中に一気に広がる。続いて緑色をした、レタスのような野菜を口へ運ぶ。瑞々しい食感に、噛むたびにシャリシャリと音がする。期待通りの味に、少女は頷いた。

 見た目は一風変わっているが、味は知っている食べ物とほとんど変わらない。パンのような塊も、フランスパンのように皮が少し硬いだけで、中身は食パンのように柔らかかった。味も問題ない。

 やはりここは、近所のどこかなのだろうか……。

 そう考えていた時だった。


「おお、麗しき天の一族の乙女よ!」


 どこからともなく声が響いてきた。

 ざわついていた場が次の瞬間には、嘘のように静まり返っていた。

 異常な展開に少女は食事を中断し、鉄柵に駆け寄った。

 男が居た。

 中央に敷かれた赤い絨毯の上を、両手を左右に広げながらゆっくりと、少女の許へと歩いてくる。周りにいた兵士たちの視線がひとつ、またひとつとその男へと注がれていく。そして入口側にいた兵士から順に、波打つように起立していく。


「長らく待ち焦がれておりました。御身が我が故郷、パトリア・エ・スペスに降臨される今日という日を」


 まるで舞台俳優のような大袈裟なしゃべり方で、聞いたこともない言葉を粒立てながら、コツコツと足音を響かせ行進するその男は、軍服のような黒い制服を着込んでいた。肩や胸には勲章や徽章を幾つも身に着け、軍部に詳しくない少女が見ても彼が偉い人物であることはすぐに分かった。

 ほどなくして、その男の人相も徐々にハッキリと見えるようになってきた。

 ブロンドの髪、鼻の下には画に描いたような巻き髭と洒落た顎鬚も生やしている。顔には年季の入った皺があり、その男の貫禄をより一層深いものにしていた。

 威風堂々と花道を歩くその男性が目の前を通り過ぎると、兵士たちは統率のとれた動きでその場にひざまずいていく。

 男に敬礼をとっているのかと思ったが、その考えは誤りであるとすぐに気付かされることとなる。

 男は階段をのぼりきると、上にあったはずの目線をすぐに沈ませた。


我が天使ユア・エンジェル。御身が神より授かりしその輝かしいアルブスをお目にかかることが出来、誠に光栄至極に御座います」


 少女の目の前で、兵士たちが平伏ひれふすその御仁が片膝を突いていた。そして男はその状態のまま、深く頭を下げる。


わたくしはコルムバ連邦軍総統、インシグナス・ウルティオスに御座います。貴方様のお力をお貸し賜った暁には、連邦諸国を統一し、一国の主と為りましょう」


 男はインシグナスと名乗り、流麗な動作で少女の手を取り、手の甲に唇を宛てがった。


(ふぇっ!? ちょ――っ!)


 咄嗟の出来事に、遅れて反応するしかなかった。少女は男――インシグナスを直視できず、視線をあちこちへと泳がせる。

 見ず知らずの男性ではあったが、気分を害した訳ではなかった。というのも、とても自然な流れで、下心を感じさせるようないやらしさが微塵もなかった。自国では見られないが、海の向こうの男性がそういった挨拶をすることは知っている。

 いや、むしろ年相応にダンディなルックスと紳士的な態度に、一瞬だけドキっとしてしまった――のを隠すための所作として、少女は努めて平静を装おうとしたが失敗した結果だった。

 インシグナスは少女の初心な反応は気にせず、跪いたまま言葉を紡いだ。


「来る聖日せいじつ。貴方様と私の、婚礼の儀を執り行わせていただきたく存じます。然るべき手順が必要であれば、貴方様の流儀に合わせると致しましょう」

(え、婚礼……って、結婚!?)

「もしも誓いの言葉が御必要とあらば、貴方様がお望みとあらばこのインシグナス、誠心誠意紡がせていただきましょう。すべては御心のままに――」

(ちょ、ちょっとぉ!?)


 突飛な申し出に意を唱えるべく、少女は必死に声を出そうと試みた。

 だが少女の声は一切届かない。


(きゃっ!?)


 インシグナスがいきなり立ち上がったかと思うと、再度少女の手を取ると、今度は瞬時に抱き寄せた。急接近する距離にドキっとしてしまう。

 そしてインシグナスが指を鳴らした次の瞬間――少女が今まで着用していた制服が、白妙の装束へと変貌した。

 肩から下に向けて、服の繊維がまるで分解されたように小さな粒となって一度宙に舞い上がったかと思うと、瞬時に接着していく――かと思いきや、気付いたときにはまったく異なる生地へと変わっていたのだ。

 手品か。否、それは手品の領域を遥かに超越した奇跡の力――魔法。

 少女はまるで魔法少女が変身するが如く、衆目に晒されながら束の間の衣装チェンジをしてのけた。

 魔法が足元まで到達する頃には、白い衣装の裾がふわりと舞い上がり、いつの間にか自分がある儀式の衣装を身に付けていることに気付かされる。


(ウェディングドレス……っ!?)

「それは我が国でも最高の機織り職人に織らせた、最高級のドレスで御座います。とてもよくお似合いです。その身に宿す白がよく映えて」


 ドレスに夢中になっていると、インシグナスが少女に甘言を囁いた。


「その美しい白き髪には相応しい衣装をと思い、僭越ながら手配させていただきました。お気に召しましたでしょうか、天使エンジェル?」


 まるで愛を囁くような男の言葉に、少女は無意識のうちに退いた。


(なんで……意味が解らないよ……! だって、私はまだ結婚できる年じゃないのに……っ! それにどうやってドレスを……。ひょっとしてこのオジサン、ロリコンなの!?)


 次から次へと理解の追いつかない事象が飛び込んでくる。

 頭がこんがらがりそう……ううん、既にこんがらがってるよっ!

 やはり少女の声は届いていないのか、意図的に距離をとった少女の猜疑心に満ちた瞳の真意など一切意に介さず、インシグナスは右手を己の胸に宛て、告げた。


「ご安心ください。今宵貴方様にはその余興として、私が指揮するコルムバ連邦軍による、最高の勝利を献上致しましょう」


 何がご安心くださいなのか、少女にはさっぱり分からなかった。

 少女はもはや自失したまま、事の顛末を眺めるしかなかった。

 インシグナスは真っ直ぐに少女を見つめたまま鞘から剣を抜き放った。

 そして、勢いよく床へ突き立てる。

 その刹那、床の上に光の幾何学模様が展開されたかと思うと、彼の目の前にホログラム映像が幾つも現れた。映像には、無数の点――兵士たちが整列している様子が映し出されている。

 そして、インシグナスは先ほどの甘いささやきとは打って変わり、威厳に満ち溢れた声で高らかに宣言した。


「こちらインシグナス・ウルティオス総統。パトリア・エ・スペスの意をその身に宿す同志たちに告げる! 此度、此の地に白き天使が舞い降りた。敵地で発見したが同志諸君の活躍により救出し、今は私の眼前で座しておられる――これが何を意味するか、同志諸君らはもうお気付きだろう。神は我々に、自らの御意志で御加護を与え給うたのだ! その寵愛に満ちた存在――確固たる揺るぎない力を与えてくださったのだ! なればこそ、我々はこの意に報いなければならないっ! 己が故国、己が同志たちの為、我々が為すべきことは唯一つ……! 希望を与え給うた未だ天に御座す神の許へ届けるためにッ! コルムバに舞い降りし天使に勝利を捧げようではないか――ッ!!」

「オォーッッ!!」

 インシグナスが拳を天高く掲げると、同時に教会内だけでなく映像の中からも雄叫びがあがった。

 兵士たちの雄叫びが収まりそうなタイミングで、インシグナスは命じた。


「我が意、我が心、そして我が同志たちへ、インシグナス・ウルティオスの名において命じる。――全軍、メリディエスに侵攻を開始せよッッ!!」


 戦争の開幕を。


「オォーーッッ!!」


 兵士たちが再度雄叫びをあげ、ぞろぞろと外へと出ていく。先ほどまで教会内で談笑しながら食事をしていた兵士たちの姿は、もうどこにもない。

 そこには血を滾らせ、異国の民を屠るべく駆け出す獅子の群れがあるのみ。

 舞台上の演出でも、冗談でも、夢でもない。これは現実リアルだ。

 とんでもない場面に出くわしてしまった……。

 少女は隅で縮こまりながら、眼下で駆け出していく兵士たちを眺めた。


(なに、これ……いったいどうなってるの……? どこにいるの……? ソラ――)


 両手を合わせ、その場に居ない者の名を心の中で呼ぶ。

 そんな少女の前に、インシグナスの掌が差し出される。

 彼は少女に、歓迎の言葉をたむけた。


人界オルビスへようこそ、我が天使ユア・エンジェル

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