632文字の世界「咳払い」

ストーカーされていると気づいたのには、奇妙なきっかけがあった。

どこからとなく咳払いが聞こえるのだ。

人の多い場所では気づかなかったが、ふとした瞬間耳打ちするように聞こえてくるのだ。

初めはあまり気にしていなかったが、決定的なことが起きた。

その夜、私は普段通らない道を歩いていた。その方が近道だったのだ。

静かな住宅街に、その咳払いはやたら大きく聞こえた。

驚いて振り返ると、人影が慌てた様子で家の角に消えた。

私は恐ろしくなり、家まで走って帰った。誰か確かめる余裕などなかった。

思い出してみると、咳払いのタイミングは人気がなかったり、一人でいるときだけに聞こえてきた。

もしやあの人影はストーカーではないのか?

真っ青になって両親に訴えると、たびたび家の付近をうろついている不審者を目撃していたという新事実が明らかになった。

推測はいよいよ事実として受け入れられ、こうしてはいられないと警察に相談したが、お約束の民事不介入とやらに追い返された。

こうなったら強行手段だ。

私たちは友人に協力してもらい、ストーカーを捕まえることにした。

簡単なことだ、咳払いのタイミングで振り返り、挙動不審な者を探せばいい。

この方法でストーカーはあっけなく捕まり、自分がストーカーだと認め、警察に引き渡されることとなった。

これにて一件落着、万事解決。





だが一つ、不思議なことがあった。

ストーカーは自分は咳払いなどしていないと言っているらしいのだ。


それが本当だとして、はたしてあの咳払いは誰のものだったのか。


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