―二人―

 ブリーフィングルーム。

 補給および新型機の搬入作業も終わり、補給艦とも別れて新たな任務――即ち、その新型機の試験――のために、『アカツキ』は巡航速度で指定された宙域へと進発していた。

 格納庫では新型機の初期設定や、追加装備品、現役機達オルドガーダーの補充物品の整理などで手一杯だろうが、ブリーフィングルームはそういった喧噪とは無縁である。

 そして――


「本日付でアカツキ機兵戦隊に配属となりました、セレヴィ・ハウゼン准尉です。よろしくお願いします!」


 格納庫で出会った、兵士にはまったくもって見えない少女が、それはもう元気はつらつと自己紹介をしていた。

 ショートカットのややくすんだ金髪に、スカイブルーのくりっとした瞳が印象的といえば印象的か。着られている感がたっぷりの制服の胸元にはしっかりパイロット徽章がある一方で、他の記念章の類いが見当たらないことから、軍歴はやはり短いのだろう。

「へぇ、ちぃっとばかし足りないけど可愛いじゃねぇの」

 当の本人には聞こえない声で呟くのは、第3小隊のフレックだ。

「ほぅ、お前そういう趣味か。艦長に報告しねぇとな、こりゃぁ」

「お前こそ、いきなり手を出したって噂じゃねぇかトガミ中尉殿ぉ?」

「あれはあっちが勝手にぶつかってきただけだっつーの」

「ホントかー?」

 こそこそと言い争う二人の頭に、パァンと小気味よい音が二連続で響く。見上げれば、今しがた二人を叩いたバインダーを、今度は縦で構えている戦隊長の呆れ顔。

「いい加減にしておけお前ら。いつまでもハイスクールのガキではあるまい」

「……失礼しました、戦隊長」

「……スんませんっした」

 テキトーに謝罪したフレックの頭をもう一度(今度は縦で)はたいたあと、戦隊長は新入り――ハウゼン准尉の横に並び直る。准尉はフレックが痛がってる様子におろおろしていたが、周囲が全く気にしてない事に気付くと、半ば諦めた顔で気を付けの姿勢に戻った。

 ――こうして見るとほとんど親子か何かだな。

 その並びの異様さに失礼な感想を抱きつつ、トガミは戦隊長へ視線を向ける。

「先に通達した通り、艦隊司令部……というか技術開発研究部の命令で本艦は新型試作機の試験運用にあたることになった。それに当たり、部隊編制の一部を変更する」

 戦隊副長がメインモニターの表示を変える。予想通りだがほとんど編成は変わらず、テスト小隊が新たに追記、定数不足となった第2小隊を欠番とし、そのままテスト小隊に組み込まれた形だ。まぁ恐らく、自分と准尉以外はアグレッサーや観測要員だろうとトガミは推測する。

 淡々と戦隊長や戦隊副長が説明する傍ら、席につくよう命じられ隣席に来た少女をトガミは見る。真剣そのものの眼差しで戦隊長の話を聞くところは本当にハイスクールかジュニアハイの子供ガキそのものだったが、その真剣さは良いな、と思う。

 その後は、今後の試験メニューやその際の編制等を示達し解散となった。


 ***


 機兵戦隊の隊員には居ないが、艦の乗員には少なからず女性ウェーヴは居るし、当然居住区は分けられている。そしてこれも当然、原則異性の居住区にはお互い立入禁止だ。色々面倒な問題に発展するのは目に見えているからである。

 で、ある。のだが。


「あ、トガミ中尉」


 鈴の鳴るような声が、あろうことか自室の中から響いてくる。数瞬固まり、即座に自動扉を閉める。あれ? なんて声が聞こえた気もしたが無視だ。

 そしてすかさず扉の横のネームプレートを確認する。

 間違いなく、自室だ。士官用の二人部屋を、隊長が単独部屋で端数になるのを良いことに一人で使っている我が個室。ネームプレートも己の名前のみ。

 それを確認して再度自室の自動扉を開く。


「おかえりなさいです、トガミ中尉」


 まだ居た。

 トガミは眉間を指で押さえながら、壁から展開するチェアにちょこんと座る小さな珍客に唸るように訊ねる。

「………………なんでここに居るんだ、ハウゼン准尉」

 若干トゲがある声音になるのも致し方ないだろう。

 男性用居住区の、スクランブルの利便から格納庫に程近いパイロット用エリアのど真ん中である。

「はい! これからの試験に当たって色々とお聞きしたいことがありまして!」

 それに対して、溌剌と、なんの後ろ暗いところもない満面の笑顔で言い放つ少女。

「だからってここがどこか分かってんのかお前は!?」

「? 中尉の個室ですよね。大丈夫です、そういうやましい気はありませんから」

 それはそれで傷つくんだが、と思いつつ盛大にトガミはため息をついた。

(……俺の方にそれがあったらどうすんだよ、イヤ無いが!)

「???」

「ともかく! 相談があんなら待機室なり食堂なりブリーフィングルームなり有るだろうが」

「……あ、本当ですね。……すみません」

 申し訳なさそうにセレヴィは縮こまる。本当に思い至ってなかったようだ。

「まぁ、良いが。次からはそうしてくれ……ていうかどうやって入ったんだお前」

「え、あ、えぇとですね。フレック中尉にトガミ中尉のお部屋を尋ねた時に一緒にキーコードを……」

 うん、あいつ今度殴ろう。据わった目で瞬時に決意する。

「中尉?」

「いや、いい。とりあえず、そうだな……食堂でいいか。ここだと妙な噂が立っちまう」

「あ、はい!」

 フレックが既に噛んでるのなら手遅れかも知れないが、いつまでもこの状況という方がヤバい……食堂までの道のりで誰か面倒な奴に出会さないことを祈りつつ、二人は部屋をあとにした。



「ところで、お前さん年齢としいくつだ?」

「女性に年齢を聞くとは、中尉もなかなか鬼畜ですね……?」

「いや、どう見てもガキンチョにしか見えねぇつうか、人を鬼畜呼ばわりするんじゃねえよ」

「アハハハ、すみません。ちょっと言ってみたかったもので」

「んで?」

「そうですねー……一応、お酒は飲めますよ」

「……マジか」

「マジです」

「マジかー」

「北米地方の基準は超えてますんで」

「いや、そうは見えねぇわ」

「んふふ、若く見てもらってるという事で解釈しておきますね中尉♪」


 そんな、どうでもいい話を交えながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偵察空域 三色 @tricolor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る