失敗人間

@kuro24

第1話

蓼崎鉄男は、歩道の真ん中に続く、黄色い視覚障害者誘導用ブロックの上を歩いていた。

別に目が見えないというのではない。ただ、平坦なアスファルトの上を歩くのではつまらなくなり、凸凹とした新鮮な刺激に足の裏を喜ばせていたのである。

そこに、フッと道徳心のようなものが突然よぎり「改めねばならない」と、模範をよそおいだすのが彼の常であった。

彼はやはり「改めねばならない」と、思ったようで、後ろから追い越そうとする自転車やランナーや早歩きの人が居ないかを、振り返って確認してから左に寄った。なぜ左に寄ったかと言うと、すぐそこの三〇メートル程先の交差点を左に曲がる予定だから、インに寄ったまでのことである。

まさにその三〇メートル程先の交差点からバアさんが出てきて、蓼崎の方向にノソノソと歩き出した。

このまま前進すればぶつかるので、どちらかが避けねばならない。蓼崎はこういう時「気の利かねえババーだな、また後ろ振り返って自転車来ないか確認してから方向を変えなきゃならないじゃないか」などと考えて、イライラしだすのである。そして、すれ違う頃には、唾でも吐きかけてやろうかと思うほどに、バアさんを憎むのである。


蓼崎は、三十六歳のニートである。

身長一六五センチ体重五五キロの、男にしては小柄な体型。顔はスネ夫に似ていると昔よく言われたが、彼にはその自覚は全く無かった。一昨日、近場の美容院に行き、お任せで切ってもらったら、髪型までスネ夫にされてしまい、この時に初めて自覚が芽生え始めたのである。服装は派手を嫌い、かといって地味過ぎるのも惨めな気持ちになるので、その中間を狙った。派手過ぎず、地味過ぎず、かといって何処か個性というかセンスを感じさせる。彼はその様なファッションを目指してしたのだが、残念ながらそのセンスは希薄なようで、派手過ぎを揶揄われた過去の苦い経験が、ボンヤリと彼を「どちらかと言えば地味」の路線へと誘った。


彼は、今年の二月まで他県で工場勤務をしていたが、期間満了を機に地元に帰ってきた。

失業給付はあと一回で終わるというのに、全く次の仕事が見つかる気配がない。というより、探す気がない。

それというのも、前の前に働いていた他県の工場から封筒が届いていて、同封の返信用ハガキに必要事項を記載して送ると、面接も履歴書も無しでまたその工場で働けるからだ。彼は、またここで働けばいいと思っていたのだ。

ものぐさな彼は、しばらく封筒をあけず放置していた。おかげでハガキの提出期限は一週間も過ぎていた。急いで投函しに行って、「これで事なきを得た」と安心して、また平日の昼間に彼はフラフラしているのであった。

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