第36話 どこにいるんですか?
一宮雨莉は、美咲さんの前で良い子を演じ過ぎて、本音を言い出せなくなってしまったのかも知れない。
しかし、美咲さんのこの様子からして、一宮雨莉が裏でどれだけ嫉妬と不安に苛まれていたのか全く気付いていない。
百舌谷夫婦の一件で、不安の一端くらいは伝わって、それもあって美咲さんは一宮雨莉を籍に入れると決断したのだろうけれど、きっとそれ以上にあいつは追い詰められていたのだと思う。
一宮雨莉は俺と美咲さんを信じていると言った。
それは、この入籍によって自分が美咲さんにとっての唯一無二の存在になれると心から信じているからだろう。
だが、当の美咲さんはどうだ? 本当にそう思っているのか?
さっき、俺が美咲さんを受け入れる素振りを見せていたら、美咲さんはどうするつもりだったのだろう。
もしかしたら、すばるの想い人を探るために鎌をかけただけかもしれないけれど、それだけとも言い切れない。
そう考えると、中島かすみや、稲葉の見方の方が正しいような気もしてくる。
「美咲さん、雨莉は……」
本気で美咲さんのただ一人の生涯の伴侶となれると信じている。そう言いかけて俺は口をつぐんだ。
これは、俺が勝手に先走って言っていい事じゃない。
まずはそれを一宮雨莉が言うべきなんだ。
そして、その時こそ俺が援護射撃をすべきなのだ。
「……ものすごく寂しがり屋なんですよ!」
「知ってるわ。いつも私と一緒にいたがるもの。そこが可愛い所なのだけど」
苦し紛れに、俺が言おうとした事をものすごくマイルドにして伝えれば、美咲さんは俺の言葉に頷きながら、惚気るように答える。
なんだろう、この間違った事は言っていないはずなのに決定的に認識が噛み合っていない感は。
俺は戦慄に近いものを感じながら、恐る恐る美咲さんに尋ねてみた。
「GPSで居場所探られたり、盗聴器仕掛けられたりって、美咲さんの中ではどういう扱いなんですか……? その、嫌だなとか、思わないんですか?」
「うーん、一緒にいない時、相手が今何してるのかな~って、気になる事あるじゃない? だから、雨莉にそういう趣味があっても、できるだけ私も付き合ってあげたいなって思ってるよ」
……なんか、そういう趣向のプレイみたいになっている。
いや、この辺は当事者である美咲さんが良いと言うのなら、外野の俺がとやかく言う事ではないのだろう。
「美咲さんも、雨莉の事が気になったりするんですか?」
「そりゃしょっちゅうあるよ~美味しいもの食べたり、面白いものみた時とか、雨莉ならどんな反応するかな~とか考えちゃう。形は違うけど、雨莉もそんな風に思ってくれてるなら、特に嫌とは思わないかな」
俺の質問に、美咲さんは柔らかく笑いながら、随分と的外れな答えを返してくる。
もしかしたら、その認識のズレのおかげで、二人は今まで上手くやってこれたのかもしれない。
「そういえば、霧華ちゃんの家で、実は私もお返しに雨莉の携帯に盗聴アプリ入れてたって話したでしょ? そしたらあの後ね、雨莉がGPSアプリの使い方も教えてくれたの。これからはいつでも確認してくれていいって言って」
思い出したように美咲さんが話す。
それは、そういえば、で済むような軽い話なのだろうか。
「え、じゃあ、最近は美咲さんと雨莉でスマホでお互いの様子をしょっちゅう探り合ってるんですか?」
「うーん、でもあんまり起動してないのよね。だってすぐまた会えるし」
やり方は教えてもらったんだけど、と美咲さんはバッグからスマホを取り出す。
「そうですか……」
「せっかくだから今、雨莉がどこにいるのか調べてみましょうか」
美咲さんの、のほほんとした様子に俺が脱力しているのを他所に、美咲さんはついでとばかりにスマホをいじりだした。
「あら、結構近くにいるのね…………」
一宮雨莉が近くにいるらしい。という情報に若干ビクビクしながら、俺は美咲さんの様子を伺っていたのだが、しばらく美咲さんはフリーズしたように画面を見つめて黙ったままだった。
「……」
「美咲さん、雨莉は今、どこにいるんですか?」
不思議に思い、俺は尋ねてみた。
「うーんと…………ラブホ?」
困ったように首を傾げて発せられた美咲さんの言葉に、部屋の空気が凍った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます