第30話 問題しかない

 頭に浮かんだのは、とあるアイドルが逆恨みしたファンに重症を負わされたという内容のニュースの数々だった。


 危害の矛先や理由は結構まちまちだったが、それで家族や知り合いにまで危害が及ぶケースもあったはずだ。

 つまり、最悪俺や鰍だけでなく、周りの人間にも被害が及ぶかもしれない。


 そう考えた瞬間、背筋が凍るような思いがした。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。


「でも、そのために稲葉を隠れ蓑にするのは、ポイ捨てされたタバコの火をガソリンで消火しようとするようなものだにゃん」

「あながち間違っているとも言えない所が辛いな……」

 随分と斬新な例えだが、妙に納得してしまう自分がいる。


「それと、美咲さんはすばるの事を女の子だと思っているって事で間違いないにゃん?」

「そうだけど?」


「稲葉と別れたなんて言ったら、詳しく話を聞かせて欲しいとか言われてそのまま口説かれるかもしれないにゃん。その場合、雨莉にも刺される可能性が出てくるにゃん」


 先程と同じように真面目な顔で言う中島かすみに、俺は首を傾げた。

「いやいや、流石にそれはないだろう。だって近々一宮は稲葉の家に養子に入るし、結婚式の準備だって進めてるんだぞ?」


対して中島かすみは、ため息をついて首を横に振った。

「だから本気で雨莉から刺されかねないにゃん」

「待てって、流石にそこまで来たら美咲さんも落ち着くだろ。少なくとも新婚の間くらいは……」


 しかし、そんな俺の言葉も呆れた様子の中島かすみに遮られる。

「……将晴、とりあえず自分の性別が今まで美咲さんにバレていないのは、雨莉がずっとくっ付いて見張ってたからだという事位はさすがに知っておいた方がいいにゃん」


「え」

「すばるは……というか将晴はガードがゆるゆる過ぎて、多分美咲さんと完全に二人きりになったら即効で性別がバレるにゃん。実技的な意味で」

 ため息混じりに中島かすみが言う。


「でも、それなら逆に美咲さんの好意も薄れるんじゃないか?」

 俺が指摘すれば、中島かすみは神妙な顔で静かに首を横に振った。


「多分、そうなるとは思うにゃん。ただ、美咲さんが万が一にも新たな扉を開いてしまった場合はどうしようもないにゃん」

「いや、でも美咲さんは女の子が好きなのであって……」


 そうはならないだろ、と俺は反論するが、中島かすみはそうとも言い切れないのだと言葉を続ける。


「美咲さんは女の子が好きではあるけど、一応そのせいで子供を作れないのは両親に負い目を感じてるにゃん」


「あの、それはつまり……」

 嫌な予感というか、嫌な推測が浮かんだが、正直それはあんまり考えたくない。


「見た目がこんなに可愛いなら、将晴と子供を作るのはあり、みたいな事を言い出す可能性も、美咲さんなら十分にありえるにゃん」


 そうなったら完全に詰むじゃねーか。

 と、俺は自分の中で結論を出す。


 もし美咲さんがそんな事言い出したとしたら、多分俺がそれを受け入れるかはあまり問題じゃない。

 それが一宮雨莉の耳に入った時点で試合終了である。


 絶句する俺を他所に、中島かすみは話を続ける。

「何かあったら将晴の事は鰍が全力で守るとは言っても、鰍の知らない所で即死だと、さすがに手の打ちようが無いにゃん」


「……」

「大丈夫。だからこそ今のうちにちゃんと打てる手は打っておくにゃん」

 言葉をなくす俺に、中島かすみはニッコリと笑ってサムズアップをした。


 その笑顔に何か不穏な物を感じつつ、恐る恐る俺は中島かすみに尋ねた。

「具体的には……?」


「今から一真さんの部屋に行って話つけてくるにゃん」

「え? は!? 知らない男の部屋に一人でなんてダメだろそんなん!」


 全く予想しなかった訳ではないが、一番避けたかった展開に、思わず俺は声を上げた。

 中島かすみがあの一真さんと二人きりとか、ダメだろ絶対!


「…………じゃあ、一真さんをすばるの部屋に呼んで、二人で話すにゃん。すばるの次の彼氏としては、現状では一真さんが一番適任にゃん」

 中島かすみは代替案を出してきたが、そもそも俺が真に抗議したいのはそこじゃない。


「というか、なんで一真さんが適任だと思うんだよ?」

 くらくらする頭を押さえながら、中島かすみに尋ねる。



「すばる周辺の人間関係をある程度把握していて、すばるが男である事も知っている。加えて今すばるが稲葉を捨てて誰かと付き合うとなった場合、一番違和感のない人物にゃん。ぽっと出の男だと方々から怪しまれるにゃん」


 指を折って理由を数えながら、いかに一真さんがすばるの彼氏役にふさわしいかを中島かすみが俺に説明する。


「いや、そうだけど……」

「それに、そういうことにしておけば、一真さんもしずくちゃんに対して顔が立つから相手にも悪い話ではないにゃん」


 条件だけで言えば確かに適任だし、多分一真さん本人もこの話に乗ってくるだろう。

 しかし、その場合、当然中島かすみと一真さんの繋がりを復活させてしまう事になる。


 二人がどんな関係だったのかは知らないし、本当に顔見知り程度だったかもしれないが、それでも中島かすみと一真さんとの交流の機会ができるのは好ましくない。


 二人の間にうっかりロマンスが生まれてしまってからでは遅いのだ。

 そうなったら俺は一真さんに勝てる自信がない。

 ここはなんとか考え直してもらわなければ。


「というか、あの、一真さんはちょっと問題があるというか……」

「大丈夫! 鰍がちゃんと一真さんと話を付けるにゃん」

「大丈夫じゃない! 何も大丈夫じゃない!!」


 俺が何とか口を挟めば、中島かすみは何を思ったのか、得意げに胸を張った。

 頼もしい限りだが、できればその頼もしさは別の機会に取っておいてほしい。


 その後二時間に渡る説得の末、何とか俺は鰍の一真さんを表向きの彼氏にしようという提案は何とか阻止した。


 しかし、話を終える最後の中島かすみの言葉が、

「まあ、そこまで切羽詰っているわけでもないし、これは今すぐじゃなくて大丈夫にゃん」

 だったのに不安を感じる。


 今すぐでもそうじゃなくても、全く大丈夫じゃないし、問題しかない。

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