第29話 来ちゃったにゃん

 さて、一真さんにどう問いただしたものか……そう考えながらマナーモードになっていたスマホを取り出してみると、中島かすみからラインのメッセージが届いていた。


『今日、すばるの家に行っても良いかにゃ?』


 今の時刻は午後一時過ぎ、メールが来たのは約三十分前だ。

 すぐに俺は大丈夫だと返信する。


 一体なんの用だろう? そう考えた直後、先日、中島かすみにしつこく一真さんについて聞いてしまった事を思い出した。

 あの事で怒っているのだろうか。


 まさかその事で別れ話を切り出されたりはしないだろうか、と嫌な考えばかり浮かんでくる。

 ぐるぐるとそんな事を考えていると、

『じゃあ、今から行っても大丈夫かにゃ?』

  という返事が来た。


 行きにかかった時間と、車に乗ってからの時間を考えれば後十五分もすればすばるの家に着くだろう。

『今ちょっと家を出てるけど、一時半以降なら大丈夫』

 と返せば、了解した。という内容のスタンプが送られてきた。




 予定通り家に着いた俺は、早速部屋を掃除しだした。

 普段から綺麗にしているので、そんなに散らかってはいないが、やっぱり変な物が落ちていないかと心配になってしまう。


 アパートの俺の部屋は掃除も結構適当だが、すばるの部屋は、せっかくなのでと俺の理想の女の子の部屋をイメージしているので掃除や整理整頓にも自然と力が入る。


 すばるの方の部屋は一真さんを始め、来客が多いというのもあるが。

 ……考えれば考える程に一真さんにすばるの生活を侵食されている気がする。


 しかし、そうすると連鎖的に中島かすみとの関係が気になってくるが、俺は大きく首を横に振って意識を切り替える。

 やめよう、中島かすみが特に何も無いと言うのなら、そうなのだろう。


 一真さん以上に接点のあったはずの稲葉はそんなに気にしないのに、一真さんだと気になるというのも、多分単純に俺の劣等感からだ。


 稲葉も一応見た目はイケメン風だし、実家は金持ちだが、散々情けない姿を見てきているので、そこまでの危機感を感じないのだと思う。


 だけど、一真さんは別だ。

 欠点らしい欠点もあまり見つからないし、いざその気になったら狙った獲物は逃がさなそうな気がする。


 ようするに、俺は一真さんに中島かすみが取られるのではないかと勝手に気を揉んでいるだけだ。

 それに、そもそも一真さんは自分の仕事をしているだけだ。


 しずくちゃんへの申告だって、今までの俺の行動から見てしずくちゃんがこう言い出したら、こんな風に言い出すだろう。という計算があっての事かもしれない。

 実際文言はかなり引用させてもらった。


 とにかく、二人は今も交友関係がある訳ではなさそうだし、どうせ連絡先も知らないだろう。

 今後一真さんに中島かすみを近づけさせなければ良いだけの話だ。

 そう考えるとだんだん気持ちが落ち着いてきた。


 とりあえず、中島かすみがいつ来るかはわからないので、もう格好はすばるのままでいいだろう、と姿見の前で身だしなみを整える。


 カジュアルロリィタな半袖ワンピースに、手元は手首から手の甲まで覆うフリルのついたカフス風のブレスレットで隠している。

 自分で言うのもなんだが、今日のは自信作だと思う。


 鏡に映る自分の姿をみて思うのだが、女装した場合は、美咲さんが送ってきてくれる宣伝用のメルティードールの服もあるし、自分で用意するにしても種類は豊富だ。


 しかし、男の格好をする場合、普段着何を着ていいのかわからない。

 男の時はラフな格好ばっかしていたし、俺の周りの男共は明らかに俺とは体格が違うために全く参考にならない。


 あれ、これ実はかなりやばくね?

 もし、いつか男の格好でデートしようってなった時、俺何を着ればいいんだ??

 唐突に自分のファッションについての恐ろしい事実に気付いて薄ら寒くなっていると、インターフォンが鳴った。


 中島かすみだった。

 ロックを解除してマンションに迎え入れる。


 そわそわしながら玄関の前で待機する。

 妙に時間が長く感じられて、心臓の音がうるさい。


 やがて玄関の呼び鈴が鳴った。

 緊張しながらドアを開ければ、笑顔の中島かすみが立っていた。


「来ちゃったにゃん」

「い、いらっしゃい……」

 若干どもってしまったが、俺はそのまま中島かすみを部屋に迎え入れる。


「将晴、今、とっても面白い事になってるにゃん!」

 そして家に入った直後の中島かすみの第一声がそれだった。

 随分と目を輝かせて、ニッコニコの眩しい笑顔を向けてくる。


「稲葉から聞いたにゃ~ん。今日は稲葉としずくちゃんと食事会って聞いたから、休みだったし絶対すぐに話聞きに行こうって決めてたにゃん! 思ったより早く終ったみたいだけど、何かあったのかにゃん!?」


 セリフのうえでは心配しているようだが、実際の所は目をキラキラさせながら全ての語尾に音符でもつきそうなテンションで中島かすみは俺に詰め寄ってきた。

 ……とりあえず、フられる心配はなさそうである。


 それから俺は中島かすみに麦茶を出しつつ、先程の中華料理屋での出来事を話した。

「つまり、将晴は稲葉と別れるにゃん?」

 中島かすみはきょとんとした顔で俺に尋ねてくる。


「まあ、しずくちゃんとくっつく良い機会だと思ったし……お前は面白くないだろうけど」

「いや? むしろ稲葉ざまあって思ってるにゃん」

「ざまあって、稲葉となんかあったのか?」

 予想外の中島かすみの発言に少し驚く。


「うーん、この前稲葉から将晴と付き合うことになったって本当かっていうのと、できれば表向きはすばるは稲葉と付き合っている状態にして欲しい、みたいな内容の電話が来たにゃん」


 中島かすみはわざとらしく腕を組みながら、稲葉との電話の内容を話した。

 まあ、稲葉としてはそう言うだろう。

 俺の事を気にかけていたのは以外だったが、むしろ中島かすみ以上に危険なのはお前だと言いたい。


「でも、俺達の関係を公表する訳にもいかないし、むしろ鰍的にはその方が面白いんじゃないのか?」

「面白そうだけど、それ以上になんかイラッとしたから、とりあえず稲葉はしずくちゃんに美味しく頂かれたらいいと思ったにゃん」

 頬を膨らませ、拗ねたように中島かすみが言う。


 可愛い。


「なんでイラッとするんだ?」

「鰍は自分で方策を考えたりするのは好きだけど、他人の考えた作戦をそのまま実行するのはつまらないにゃん」

 いかにも中島かすみらしい理由に、納得しかけた時だった。


「それに……将晴は鰍のだにゃん」

 ちょっと頬を染めながらなおも拗ねた様子で言う中島かすみに、一気に自分の顔が熱くなっていくのを感じる。


「あの、ということは、鰍も、その……」

 俺の、なんて言おうとしたが、途端にどうしようも恥ずかしくなって言葉が途切れてしまった。

 その結果訪れた沈黙に居たたまれなくなり、やっぱりいまの無しで! と俺は言おうと口を開く。


「……そういうことにゃん」

 恥ずかしそうに目を逸らしながら言う中島かすみに、

「はい……」

 としか返せなかったヘタレが俺だ。


 なんだコレ、さっきから緊張のせいなのかドキドキしっぱなしだし、手汗が酷いし、ものすごく恥ずかしい。

 世のカップル達はこんな空気の中イチャついていたのか? なんて奴等だ……。


「でも、万全を期すのなら、将晴のためにも表向きの彼氏は用意しておいた方がいいかもしれないにゃん……」


 突然の恋人らしい雰囲気に俺が何をしていいのかわからず現実逃避をしていると、いつの間にかいつもの調子に戻った中島かすみが考え込むように言った。


「どういうことだ?」

「将晴、鰍のファンは、ライトなファンが大勢というより、一部の熱狂的なファンがとんでもない額を鰍のために出して応援している形にゃん」


「つまり、例えば将晴が男で、鰍と付き合っているという内容を週刊誌に書かれて騒ぎになったとして、すぐに否定できるような材料がない場合、最悪鰍のファンに刺されるかもしれないにゃん」

「えっ」

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