第3章 大丈夫?

第15話 性別間違ってないか?

 実家に泊まった翌日の朝、俺は目が覚めていたが、特に何をするでもなく自分の部屋でごろごろしていた。


 朝起きて、何もしないでごろごろしてるだけで、勝手に朝ごはんが用意されているってすばらしい。

 一人暮らしも気楽ではあるが、実家に帰るとこういう所が嬉しくてついつい甘えてしまう。


 そうして俺がエアコンの効いた部屋で布団に包まりつつ、ささやかな幸せを満喫していると、スマホの着信音が聞こえた。

 この音はすばるのスマホだ。

 スマホを取り出して画面を見れば、中島かすみの名前が表示されている。


 身体を起し、恐る恐る電話を取ってみれば、

「お願い、何にするか決めたにゃん」

 と、中島かすみは前置きも無く、いきなり本題を話しだした。


 やっぱりか、とは思いつつも、一気に俺の心拍数が上がった。

 百舌谷夫妻の一件があって以降、まだ数日しかっていないのだが、あれ以降全く中島かすみから音沙汰が無かったので、それがまた恐かった。


「そうか……どんな事だ?」

 なるべく平静を装って中島かすみに尋ねてみる。


「将晴には、鰍のになって欲しいにゃん」


 一瞬、中島かすみの言葉が理解できなかった。

 彼女? 今彼女って言ったか? それはあれか? 恋人的な意味での彼女なのか?

 いや、この文脈でそれ以外の意味は俺には思いつかないけども。


「………………なんか、性別間違ってないか?」

 予想外の中島かすみの申し出に、俺はそう返すのがやっとだった。


「まあ、彼氏でも良いけど、一緒に出かける時はすばるの格好でお願いしたいにゃん」

「お、おう…………えっ?」

 それはつまり、朝倉すばるとして中島かすみと付き合う、という事でいいのだろうか? だから彼女?


 一応、中島かすみはアイドルなので、男と二人で出歩くのは問題があるのかもしれないが、そもそも、コイツはどういう目的で俺にこの申し出をしてきているんだ?


 俺は今、人生で初めて、鈴村将晴として女の子に告白されている、はずなのだが、いまいちその実感が沸かないばかりか、中島かすみが何をしたいのかわからない。

 頭が追いつかない。


「将晴は今、恋人も好きな相手もいないって言ってたにゃん。それとも、鰍が恋人だと不満かにゃ……?」

「いや、不満は無いけど、お前はそれで良いのかというか、どうしてそうなったというか……」


 確かに俺は今、好きな相手も付き合っている相手もいない。

 中島かすみには親近感を抱いているし、付き合うのは全くやぶさかではない、というか、むしろウエルカムではあるのだが、俺で良いのか?


「別に嫌なら断ってもいいにゃん。ただしその場合、将晴は一度した約束を後から反故にするような人間なのだと、鰍はその事を一生胸に刻んで生きていくにゃん」

「い、嫌とは言ってないだろ! その、俺は別に、良いけど……」


 思わず俺が言い返せば、

「じゃあ、決定にゃん! これからよろしくだにゃん!」

 電話の向こうで弾んだ声が聞こえた。


「あ、ああ、よろしく……」

 俺は勢いに押されてそう答え、電話を切った後静かにスマホの画面を見た。

 通話が終了し、通常の待ちうけ画面が表示されている。


 彼女ができた。


 俺の事情も知っていて、相談もできる、可愛い彼女が。

 時間が経って、だんだんと状況に感情が追いついてきた俺は、さっきとは違う意味で心拍数が上がった。


 消灯して真っ黒になった画面には、しまりのないにやけ顔をした俺が映っている。

 一体どんな無茶な要求をされるのかと内心冷や冷やしていたが、まさかこんな事になろうとは。


 どうせ中島かすみの事だから、今の俺の状況を知って、面白そうだとか思って告白してきたのだろう。


 だけど、だとしても、付き合ってもいいと、本当にそう思ってなければこの提案はしてこないはずだ。


 中島かすみは俺の女装コスプレ趣味だとか、モデルの事とか、稲葉の彼女のフリをしていることだとか、全て知った上でこの提案をしてきている。


 それは、俺の存在を肯定して受け入れてくれているような気がして、それだけでどうしようもなく嬉しかった。


 そんな時だった。

 パタパタと階段を上がってくる足音が聞こえて、部屋のドアがノックされた。


「お兄ちゃーん、あさごはんできてるよ~」

 優奈の声だった。


 俺は優奈に今起きると返事して、布団から出た。

 結局、その後俺は家族で朝食を食べて、すばるの家に帰るまで、気持ちが変に浮ついてほとんど上の空だった。


 父さんや春子さん、優司は怪訝そうな顔をしていたし、優奈は

「何かいい事があったのね。今度聞かせてね。テキストでもいいからね」

 と、妙にニヤニヤしていたが、今の俺には些細な事だった。




 最近ではすばるとして活動する事が多くなってしまったため、本来俺が一人暮らししているアパートにはほとんど帰っていない。


 一人暮らししている家に帰ろうとして、無意識に足が向かうのは、すばるの部屋の方だ。

 最後にアパートに戻ったのはいつだったか、確かまだ二週間は経っていないと思うが……。


 朝倉すばるという存在が、俺の生活にここまで食い込んでくるようになって、もうすぐ一年近くなる。

 そう思うと、妙に感慨深いものがあった。


 実家からすばるの部屋に直で戻った俺は、ドアを開けてそのまま寝室のベッドへとダイブした。


 それにしてもまさか、生まれてこのかた、ずっと女子と浮いた話のなかった俺に、こんな展開が待ち受けていようとは。


 女装コスプレを本格的に始めた頃には、半ば諦めていたので、まさか今になって彼女ができるなんて思っても見なかった。


 彼女、そうか、今の俺には彼女がいるのか……そう思うとそれだけで妙にこそばゆい気分になりつつ、俺はすばる用のスマホを取り出す。


 出かける時は女装で、とは言われたが、それはつまり、恋人同士なのだから当然だけれど、これからは二人でデートしたりもする訳で、どうしよう、何着て行こうと今からそわそわしてしまう。


 今までも一緒に出かけたり家に泊まったりだとかはしてきたが、付き合っているとなると当然別の意味合いもおびてくる。


 つまり、今度鰍の部屋に泊まる事になったとして、もう女の子の匂いのする部屋着に包まれながら、ドキドキしつつ一人ソファで寝る必要も無い。

 

 そう考えると、いやがおうにでも期待が高まってしまうのは仕方のない事といえよう。


 どうしよう、何か連絡でも入れてみようか、早速デートに誘ってみたり……。

 いや、いきなりそれも下心が丸見えだと引かれないだろうか。


 まあ、今は一緒に出かけるだけでもかなり緊張すると思うので、ただ話すだけで全然良いのだが。


 そんな事を一人悶々と考えていると、すばるのスマホが鳴った。

 心臓を跳ね上がらせつつも、期待して画面を見れば、一真さんからだった。


 少しがっかりしながら電話を取る。

 軽い挨拶を交わした後、一真さんが言った。


 「実は、すばるさんの耳に入れておいた方が良さそうな事がありまして。少々話が込み入っているので、直接会って話せたら一番いいのですが……」


 電話口から既にめんどくさそうな気配が漂っている。

 浮ついた気分から一気に現実に引き戻された俺は、一真さんを部屋に招いてさっさと用件を聞いてしまうことにした。

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