第10話 完全に俺のせい

 優奈との話を終えた俺は、そのまま優司の部屋に向かい、ドアをノックした。

 中から入ってくれという声が聞こえてドアを開ければ、どろヌマの原稿をペン入れしていたらしい優司がこちらを振りむいた。

 優司に促され、俺は優司が座っている椅子の前のベッドに腰掛ける。


「今日は相談の前にちょっと報告があるんだ。僕、この前すばるさんにプロポーズしてきた」

 優司が真剣な様子で話し始める。


 うん、知ってる。と心の中で思いつつも、俺は落胆を隠せない兄を装いながら大きなため息をついた。

「優司、なんでそんな事になってるんだ……俺、あいつの事諦めろって言ったよな……?」

 それは俺の心からの言葉だった。


 本当に、どうしてこんな事になっているのか。


「確かにすばるさんが男だった事には驚いたし、諦めようとも考えた。でも、それでもどうしてもすばるさんの事ばっかり考えちゃうんだ」

 悩ましげに優司は言う。


「それに、今までのすばるさんの振る舞いや反応を考えると、やっぱり中身は女の人にしか思えないんだ。前に兄さんの事が好きだった事もあるし、性自認は女で間違いないと思う」


 いや、男だよ。

 女の子が好きな一般的な男だよ。


 真面目な顔して考察する優司に俺は心の中でつっこんだ。

 今までの経緯を考えると、とても言えないどころか、真実を話した所で信じてもらえない可能性さえあるが。


「それで、僕も自分なりに性同一性障害とか、日本における同性カップルの扱いとか、色々調べたんだ」

 やめろ、そんなシリアスな感じにするな。

 俺はただ趣味で女装コスプレをしていただけであって、本当に女になりたい訳じゃないんだ。


 優司はパソコンをいじって性転換手術やら戸籍上の性別の変更手順だとかのページを出してくる。

「今の日本の法律では同性同士だと結婚できないし、戸籍上の性別を変更するにしても保険が効かない性転換手術をする必要があって、金銭的にもすぐには難しいと思う」


 思っていた以上に弟が具体的にすばると結婚するための方策を考えていて、俺は戦慄した。

 更には病院や手術に必要な費用についてもまとめている。

 どうすんだよコレ……。


「……えっと、確認なんだけど、そもそもお前と朝倉って付き合ってたっけ?」

「付き合ってないよ」

「だよな。色々と、話が一気に飛躍し過ぎじゃないか……?」

 話を戻しつつ、俺はやんわりと優司に先走り過ぎだろと指摘する。


 こわい。

 このままだと本気で女にされそうでこわい。


「今まで僕は、すばるさんを好きって気持ちだけで動いていたけど、この前兄さんにすばるさんは男って以外にも、もっと重いものを背負ってるって教えられて気付いたんだ。この程度の覚悟ができないようじゃ、ちゃんとすばるさんに向き合った事にならないんじゃないかって」


 直後発せられた優司の言葉に、俺はめまいがした。

 こいつをここまで思いつめさせたの俺かよ……というか、そもそもすばる自身も俺なので、言い逃れの余地無く完全に俺のせいなのではあるが。


 というか、普通ここまで言われたら諦めないか? なんで覚悟を決めて茨の道を進もうとしてるんだよ……とは思うが、恐らくこの盲目的なまでの好意こそが恋というものなのかもしれない。

 ここまでの感情を他人に対して持った経験は俺には無いので、言い切る程の自信はないが。


「別に、今すぐすばるさんとどうこうなりたい訳じゃ……なくもないけど、とにかくすばるさんに僕の意思表示をしておきたかったんだ。それで、すばるさんに頼ってもらえるような人間になりたい」


 固い決意をしたような顔で優司は言う。

「すばるさんが男でも、何か特別な事情を抱えていても、僕はやっぱりすばるさんに僕の隣にいて欲しいと思う」

 内心どう説得したら良いのかパニック状態になっていると、ガチャリ、と音がしたかと思うと、勢いよくドアが開いた。


「今の話、本当なの!? すばるさんが男の人だって!!」

 振り向けば興奮した様子の優奈がいて、俺は今すぐこの部屋から逃げ出したい衝動に駆られた。


 まあ、優奈が部屋に入ってきてすぐにものすごい勢いで俺の両肩をがっしりと掴んだので無理なのだが。

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