第四話 現実は小説よりも『突然』なり
それは唐突に起きた。
「やっべ、忘れ物した…」
終業式ももう明後日となり、学校中がすでに春休みムードになっているある日の放課後。俺はやる予定だった宿題を教室に忘れてしまったことに気がつき、学校に戻ってきていた。
双葉に関してはあのデート以来心はすっかりと晴れ、あらゆるしがらみから解き放たれたような気分でいる。今は俺って幸せだなと身に染みて感じながら、彼女と話すことができている。それはそれでちょっと頭おかしい気がしないでもないけれど。
春休みが近いこともあって、最近はずっと気分がいい。忘れ物をしてしまってもなぜか笑いが出てしまう。今でも教室にスキップで向かっているくらいだ。やっぱり頭がおかしくなってしまっているのかもしれない。
目的地である二年一組の前へとたどり着くと、教室の中から誰かの喋り声が聞こえてきた。どうやら、俺には気がついていないらしい。
だからと言ってなにかあるわけでもないので、俺は教室前に置かれているロッカーの中からさっさと宿題を取って帰ろうと動いた。
出席番号がそこそこ早い俺はロッカーの位置が必然的に教室の扉に近くなる。そのため、聞こうとしたわけでもなく、俺はその話の内容が聞こえてきてしまった。
「そういえば、武野と双葉、付き合ったんだよねー」
「うん、よかったよね。双葉、ずっと前から武野のこと好きって言ってたし」
中には二人の女子がいるらしく、それも双葉の友達らしい。それにしても、双葉が俺のことを昔から好きだったって本当だったんだな。疑ってたわけじゃないけれど、改めてそう思う。
思わずニヤリとしてしまい、口の端が吊り上ったままになってしまう。他の人から見たら、俺は一人でニヤニヤしている気持ち悪いやつに見えるんだろうけど…うれしいんだから仕方がない。
双葉が俺のことをどう思っているのか、もう少し詳しく知ることができる顔知れない。そんな邪まな考えが頭に過ってしまい、下品だと思いながらも、俺は静かに扉の前で聞き耳を立てた。
俺が話を聞いているとは露知らず、その二人は楽しそうに話を続けた。
「でもさ、知ってる? あの噂」
「え? なになに?」
含みあり気なその一言に、もう一人が興味津々な様子で聞き返していた。俺も気になる、いったいどんな噂なんだ?
一人は溜めるだけ溜めて、なおも含みのある声で言った。
「双葉、もう武野のこと好きじゃないんだって」
「え!?」
「…………え?」
驚いた女子と同じセリフを、しかし全く異なった驚き方で小さく零した。
俺の理解が追い付いていないうちに、話は盛り上がっていく。
「なんでなんで!?」
「それは知らないけど…思ってたのと違ったとかじゃないかな?」
「そっかあ、あんなに好きって言ってたのにね」
根拠はない、それはつまり本人が言っていた確証がないってことだ。それで、なんだただの噂だと割り切ることができればそんなに幸せなことはない。しかし、俺はそうもいかなかった。
なんで?
どうして?
ただそれだけしか考えることができない。考える余裕がない。
なにか、機嫌を損ねるようなことをしてしまったのか?
それとも、もう愛想を尽かされてしまったのか?
わからない、どうにもわからない。
なんで?
どうして…?
それは本当に唐突な事だった。小説のようにきれいな流れがあるわけでもなく、突然に、なんの脈絡もなく。
今はとにかく、双葉と話したい気持ちでいっぱいだった。
会ってちゃんと、話をしたかった。
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